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第3話 女神との邂逅~封印されし力~
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夜の帳が森を包んでいた。星明かりすら届かない深い森の奥、アレンは崖の遺跡から抜け出して野営の準備をしていた。地面に小石で囲った焚き火台を作り、そこに拾ってきた薪を丁寧に積む。手をかざすと、いつものように小さな火がぽっと灯った。もはや火起こしの技術ではなく、自然に湧き出すような力である。
「少し前まで、火を点けるのにも苦労してたのにな……」
自嘲気味に呟きながら、アレンは焚き火の前に座る。手にした干し肉を齧るも、噛みしめるごとに胸の奥に空虚さが広がる。あれだけ共に旅をした仲間の顔。勇者カイル、聖女リリア、魔法使いセレス、槍使いのリオ。誰もがもう彼を見ない。仲間だったはずなのに、あの日から全てが変わってしまった。
「……いまごろ、あいつらはどうしてるんだろうな」
苦笑が漏れる。だがすぐに首を振って思考を打ち消した。未練を抱いても仕方がない。自分は追放された。それが現実だ。それでも、アレンが生きている限り、前に進むしかない。
そんな決意を胸に、彼は寝袋に体を沈めた。火の揺らめきが彼の頬を照らし、淡い光の残滓が闇の中にゆらゆらと漂う。その光はまるで小さな命のように鼓動していた。
その夜、奇妙な夢を見た。
広大な白い空間に、一人で立っている自分。遠くまで続く水面のような床には、星の光が映り込んでいる。どこからともなく微かな風が吹き、鈴のような音が響いた。
『ようやく……出会えましたね、アレン=ロウズ』
穏やかで美しい声だった。振り返ると、透き通るような衣をまとった女性がいた。長い銀髪が光の粒をまとうように揺れ、その瞳には金色の輝きが宿っている。人ではない。その存在感だけで、アレンは自然と理解する。
「……あなたが、女神……なのか?」
女性は静かに微笑んだ。
『ええ。私はアルメリア。この世界アルディアを見守る存在です。あなたには既に、私の力の一部が流れています』
「やっぱり……あの遺跡で起きたことか」
『そう。あなたが触れたのは、創造の権能の断片。かつて神々がこの世界を築くために用いた力。その名を持つ者は、千年に一人といわれています』
アレンは言葉を失った。そんな大層な存在に自分が選ばれるなんて、信じがたい。村の荷運びと雑用しかしてこなかったただの人間だ。
「俺はそんな器じゃない。偶然、あの場にいたから起きただけだと思う」
アルメリアは首を横に振る。その仕草は慈愛に満ちていた。
『偶然ではありません。あなたの魂は、かつてよりこの世界と共鳴していました。あなたの優しさ――他者のために動く心が、権能に選ばれた理由です』
「優しさ……ね。皮肉だな、追放された雑用係が、選ばれた存在ってわけか」
『人があなたを見捨てたとしても、世界は違いました。あなたを拒まなかった。むしろ、世界はあなたを必要としています』
沈黙が落ちた。アレンは静かにその言葉を噛み締めた。心の奥で小さな火種が灯るような感覚があった。
「……もし俺がその力を使えば、世界を変えられるのか?」
『力そのものは中立です。あなたの想いがそれを導きます。癒すために使えば再生の光となり、憎しみで使えば破壊の炎ともなり得る。創造とは、願いの形なのです』
アレンは拳を握った。自分の中に眠る巨大な力。その重みを実感し始める。だが同時に、恐れも生まれていた。
「俺には、破壊するような願いはない。ただ……守りたいものがある。それだけだ」
『ならばきっと大丈夫。あなたは選ばれた正当な継承者。ですが、あなたの力を奪おうとする者たちも現れるでしょう』
「奪う? 一体誰が……」
『この世界には、もう一つの系譜――“崩壊の権能”が存在します。創造に対となる存在。それは今、魔王と呼ばれる者の血脈に宿っています。あなたとその力は、互いに引かれ合う運命にあるのです』
アレンは顔を上げた。女神の言葉はゆるやかだが、確かな現実感を持って響いた。魔王――勇者たちが倒すために旅立った敵。その存在が、自分と表裏一体であると知り、彼の胸はざわめいた。
「もしその魔王と僕が出会ったら……」
『戦うか、共鳴するか。それはあなたの選択に委ねられます。ですが一つだけ忘れないでください。あなたの力は誰かを傷つけるためでなく、救うためにあるということを』
優しい声が静かに消えていく。空間が少しずつ薄れ、風が止む。アレンは思わず目を閉じた。次の瞬間、まぶたの裏から光が溶けていくように意識が遠のいた。
目を開けると、朝だった。森の鳥の声が響き、焚き火はすっかり消えていた。夢、ではない。胸の奥にあの穏やかな気配が今も残っている。微かに匂う花のような香気すら感じられた。
アレンは立ち上がり、肩を回す。疲れているはずなのに、体の芯が軽い。むしろ力が漲っている。両手を広げると、周囲の草木が風に揺れ、柔らかな光をまとった。それは祝福のような光景だった。
「アルメリア……俺にできることを、やってみるよ」
小さく呟くと、胸の奥で金色の結晶が脈を打つ。これは女神から受け継がれた封印の証だ。力を暴走させぬよう抑える“楔”だと、彼は直感で理解していた。
そのとき、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。複数の足音が地面を蹴っている。気配の方向を見ると、木々の隙間から煙が上がっていた。
「火事……じゃない。あれ、戦ってるのか?」
すぐに腰の袋から短剣を取り出し、音のする方へ走る。視界の開けた草原に出ると、そこには二人の女冒険者がいた。片方は弓を構え、もう片方は傷だらけで地面に倒れている。彼女たちを取り囲むように、灰色の魔獣が三体。
「くそ……ここで終わるのか……!」
叫ぶ弓手の女性。アレンは迷わず地面に手をついた。女神の言葉が脳裏を過る。願いの形が、力を導く。
――守りたい。
その瞬間、地面から光の結晶が咲き、眩い壁が魔獣の進路を塞いだ。魔獣が弾き飛ばされ、吠え声が響く。アレンは立ち上がると、前へ出た。
「大丈夫か!? 逃げられるか!」
「あなた……誰っ!? 一体今の魔法は……!」
「説明はあとだ! こっちは俺に任せろ!」
手をかざす。光が集まり、草原の土が隆起して形を変える。幾筋もの蔦が生まれ、魔獣の体を絡め取った。悲鳴を上げるように暴れたが、すぐにその体は光の粒となって消えた。残されたのは風の唸りと、静寂だけ。
倒れていた冒険者の女がかろうじて息をしている。アレンがその手に触れると、温かな光が流れ、傷口がみるみる癒えていく。彼女は驚きの表情で目を開いた。
「あ、あなたは……治癒師なの……?」
「違う。ただ、ちょっとできるだけだ」
笑って答えるアレンを、弓手の女性は信じられないものを見るように見つめた。だが、敵意はすぐに消えた。むしろ安堵の表情が浮かんでいた。
「ありがとう……あなたがいなかったら、私たちは……」
「礼はいいよ。それより、怪我人を安全な場所に移そう」
二人の女性を支えながら森を抜ける途中、アレンの心には一つの思いが芽生えていた。力を得た今こそ、誰かを助けられる。これこそ、自分が存在する意味。
遠くで陽光が差し込み、木々の間から鳥が飛び立った。その光の中で、アレンは空を仰ぐ。
「俺はもう雑用係じゃない。……この力で、誰かを救うんだ」
その言葉は、風に乗って森の奥へと消えた。だがアルメリアの加護は確かに彼の背に宿り、その光は彼が歩む道を照らしていた。
(次回 第4話「目覚めた“創造の権能”」へ続く)
「少し前まで、火を点けるのにも苦労してたのにな……」
自嘲気味に呟きながら、アレンは焚き火の前に座る。手にした干し肉を齧るも、噛みしめるごとに胸の奥に空虚さが広がる。あれだけ共に旅をした仲間の顔。勇者カイル、聖女リリア、魔法使いセレス、槍使いのリオ。誰もがもう彼を見ない。仲間だったはずなのに、あの日から全てが変わってしまった。
「……いまごろ、あいつらはどうしてるんだろうな」
苦笑が漏れる。だがすぐに首を振って思考を打ち消した。未練を抱いても仕方がない。自分は追放された。それが現実だ。それでも、アレンが生きている限り、前に進むしかない。
そんな決意を胸に、彼は寝袋に体を沈めた。火の揺らめきが彼の頬を照らし、淡い光の残滓が闇の中にゆらゆらと漂う。その光はまるで小さな命のように鼓動していた。
その夜、奇妙な夢を見た。
広大な白い空間に、一人で立っている自分。遠くまで続く水面のような床には、星の光が映り込んでいる。どこからともなく微かな風が吹き、鈴のような音が響いた。
『ようやく……出会えましたね、アレン=ロウズ』
穏やかで美しい声だった。振り返ると、透き通るような衣をまとった女性がいた。長い銀髪が光の粒をまとうように揺れ、その瞳には金色の輝きが宿っている。人ではない。その存在感だけで、アレンは自然と理解する。
「……あなたが、女神……なのか?」
女性は静かに微笑んだ。
『ええ。私はアルメリア。この世界アルディアを見守る存在です。あなたには既に、私の力の一部が流れています』
「やっぱり……あの遺跡で起きたことか」
『そう。あなたが触れたのは、創造の権能の断片。かつて神々がこの世界を築くために用いた力。その名を持つ者は、千年に一人といわれています』
アレンは言葉を失った。そんな大層な存在に自分が選ばれるなんて、信じがたい。村の荷運びと雑用しかしてこなかったただの人間だ。
「俺はそんな器じゃない。偶然、あの場にいたから起きただけだと思う」
アルメリアは首を横に振る。その仕草は慈愛に満ちていた。
『偶然ではありません。あなたの魂は、かつてよりこの世界と共鳴していました。あなたの優しさ――他者のために動く心が、権能に選ばれた理由です』
「優しさ……ね。皮肉だな、追放された雑用係が、選ばれた存在ってわけか」
『人があなたを見捨てたとしても、世界は違いました。あなたを拒まなかった。むしろ、世界はあなたを必要としています』
沈黙が落ちた。アレンは静かにその言葉を噛み締めた。心の奥で小さな火種が灯るような感覚があった。
「……もし俺がその力を使えば、世界を変えられるのか?」
『力そのものは中立です。あなたの想いがそれを導きます。癒すために使えば再生の光となり、憎しみで使えば破壊の炎ともなり得る。創造とは、願いの形なのです』
アレンは拳を握った。自分の中に眠る巨大な力。その重みを実感し始める。だが同時に、恐れも生まれていた。
「俺には、破壊するような願いはない。ただ……守りたいものがある。それだけだ」
『ならばきっと大丈夫。あなたは選ばれた正当な継承者。ですが、あなたの力を奪おうとする者たちも現れるでしょう』
「奪う? 一体誰が……」
『この世界には、もう一つの系譜――“崩壊の権能”が存在します。創造に対となる存在。それは今、魔王と呼ばれる者の血脈に宿っています。あなたとその力は、互いに引かれ合う運命にあるのです』
アレンは顔を上げた。女神の言葉はゆるやかだが、確かな現実感を持って響いた。魔王――勇者たちが倒すために旅立った敵。その存在が、自分と表裏一体であると知り、彼の胸はざわめいた。
「もしその魔王と僕が出会ったら……」
『戦うか、共鳴するか。それはあなたの選択に委ねられます。ですが一つだけ忘れないでください。あなたの力は誰かを傷つけるためでなく、救うためにあるということを』
優しい声が静かに消えていく。空間が少しずつ薄れ、風が止む。アレンは思わず目を閉じた。次の瞬間、まぶたの裏から光が溶けていくように意識が遠のいた。
目を開けると、朝だった。森の鳥の声が響き、焚き火はすっかり消えていた。夢、ではない。胸の奥にあの穏やかな気配が今も残っている。微かに匂う花のような香気すら感じられた。
アレンは立ち上がり、肩を回す。疲れているはずなのに、体の芯が軽い。むしろ力が漲っている。両手を広げると、周囲の草木が風に揺れ、柔らかな光をまとった。それは祝福のような光景だった。
「アルメリア……俺にできることを、やってみるよ」
小さく呟くと、胸の奥で金色の結晶が脈を打つ。これは女神から受け継がれた封印の証だ。力を暴走させぬよう抑える“楔”だと、彼は直感で理解していた。
そのとき、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。複数の足音が地面を蹴っている。気配の方向を見ると、木々の隙間から煙が上がっていた。
「火事……じゃない。あれ、戦ってるのか?」
すぐに腰の袋から短剣を取り出し、音のする方へ走る。視界の開けた草原に出ると、そこには二人の女冒険者がいた。片方は弓を構え、もう片方は傷だらけで地面に倒れている。彼女たちを取り囲むように、灰色の魔獣が三体。
「くそ……ここで終わるのか……!」
叫ぶ弓手の女性。アレンは迷わず地面に手をついた。女神の言葉が脳裏を過る。願いの形が、力を導く。
――守りたい。
その瞬間、地面から光の結晶が咲き、眩い壁が魔獣の進路を塞いだ。魔獣が弾き飛ばされ、吠え声が響く。アレンは立ち上がると、前へ出た。
「大丈夫か!? 逃げられるか!」
「あなた……誰っ!? 一体今の魔法は……!」
「説明はあとだ! こっちは俺に任せろ!」
手をかざす。光が集まり、草原の土が隆起して形を変える。幾筋もの蔦が生まれ、魔獣の体を絡め取った。悲鳴を上げるように暴れたが、すぐにその体は光の粒となって消えた。残されたのは風の唸りと、静寂だけ。
倒れていた冒険者の女がかろうじて息をしている。アレンがその手に触れると、温かな光が流れ、傷口がみるみる癒えていく。彼女は驚きの表情で目を開いた。
「あ、あなたは……治癒師なの……?」
「違う。ただ、ちょっとできるだけだ」
笑って答えるアレンを、弓手の女性は信じられないものを見るように見つめた。だが、敵意はすぐに消えた。むしろ安堵の表情が浮かんでいた。
「ありがとう……あなたがいなかったら、私たちは……」
「礼はいいよ。それより、怪我人を安全な場所に移そう」
二人の女性を支えながら森を抜ける途中、アレンの心には一つの思いが芽生えていた。力を得た今こそ、誰かを助けられる。これこそ、自分が存在する意味。
遠くで陽光が差し込み、木々の間から鳥が飛び立った。その光の中で、アレンは空を仰ぐ。
「俺はもう雑用係じゃない。……この力で、誰かを救うんだ」
その言葉は、風に乗って森の奥へと消えた。だがアルメリアの加護は確かに彼の背に宿り、その光は彼が歩む道を照らしていた。
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