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第3話 村娘リーナとの出会い
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朝日が差す頃、レオンはいつものように畑の中央に立っていた。
聖樹は今日も青く澄んだ風の中で穏やかに光を放ち、村全体を柔らかく包んでいる。その光は魔物の気配を遠ざける効果でもあるらしく、村人たちは安心して暮らせるようになったと口々に言った。
だが当の本人は、畑を見つめながら小さくため息をついている。
「昨日のカデルとかいう貴族、まだ村に滞在してるんだよな……。」
神樹の調査を名目に兵を連れて泊まり込み。朝も晩も祈ってはメモを取っている。おかげで、レオンとしては落ち着かない日々が続いていた。
どこへ行っても「あ、神の人だ」と囁かれ、ただ野菜を掘り返したいだけだというのに誰も放っておいてくれない。
「もうすっかり“村の英雄”ですね、レオンさん。」
背中から聞き慣れた声が届く。振り返ると、両手に籠を抱えたリーナが立っていた。栗色の髪を結び、白い花飾りを耳に差している。畑の陽射しに反射して、彼女の頬がわずかに紅くなって見えた。
「やめてくれ。英雄とか言われる筋合いないよ。」
「でも事実ですよ?聖樹を呼び出して、村を救ったんですから。」
「俺は何もしてない。勝手に木が生えただけだ。」
「そういうとこがレオンさんらしいです。」
リーナはくすっと笑い、籠を下ろした。中には土のついた野菜と色とりどりの果実。彼女は楽しそうに畑にしゃがみこみ、新しい苗をひとつ取り出した。
「ねぇ、これ、植えていいですか?この辺り、聖樹の光が強くて実りが早いんです。母さんたち、村の特産にできたらってはりきってて。」
「いいよ。俺が少し土を耕す。」
レオンは鍬を手に取り、軽く土を返す。いつものように掌が温かくなり、淡い光が広がった。
その瞬間、リーナの目が見開かれる。
「わ……綺麗……!」
手のひらから広がる光が土に吸い込まれ、黒い大地が見る間にふかふかの肥土に変わっていく。小さな苗の根が輝き、まるで呼応するように葉がぱっと開いた。
「レオンさん、これ、魔法ですか?」
「いや、多分……魔法というより自然現象だ、たぶんな。」
「そんな自然、見たことないです。」
リーナは笑って木の苗に触れる。
その笑顔につい見とれて、レオンは一瞬、鍬を持つ手を止めた。
彼女の頬に風が触れ、聖樹の葉の光が反射してきらめく。あまりに穏やかで、思わず息を呑むほど美しかった。
「……なんか変な顔してません?」
「え、あ、いや、眩しくてな。光が。」
「ふふっ、ごまかしましたね。」
「違うって。」
リーナは楽しそうに笑いながら立ち上がる。籠を抱え、土のついた指先で額の汗を拭いた。
「ねぇレオンさん、畑から少し離れた森に行きませんか?泉があるんです。朝露を集めておくと作物が元気になるんですよ。」
「まあ、そういうのも大事だな。」
かくしてふたりは森へと向かった。
* * *
森は静かで、木漏れ日が小道を織りなしていた。
道すがら、リーナは村の昔話を楽しそうに語る。伝説の聖女や、魔族との古い戦い。どれも子どもたちが歌にして覚えているものだ。
レオンは聞きながら、いつの間にか歩調を彼女に合わせていた。
「リーナはずいぶん物知りだな。いつも村にいるのに、よくそんな話を知ってる。」
「母さんが語り部なんです。夜にみんなを集めて、昔話をしてくれるんですよ。」
「なるほど。」
「レオンさんは、王都の人なんですよね?あっちの話も聞きたいな。」
「……王都の話なんて、たいしたことないさ。偉い人が多くて、息が詰まるところだった。」
その言葉の奥に、過去の残滓がわずかににじんだ。
リーナは何かを感じ取ったのか、しばらく黙ったまま歩いた。
やがて森の奥に、透き通る泉が現れた。水面は鏡のように澄み、覗き込むと二人の顔が淡く揺らぐ。
リーナはしゃがみこみ、水に手を浸した。冷たそうに肩をすくめ、笑う。
「ほら、気持ちいいですよ!」
「……本当に綺麗だな。」
レオンも膝をつき、水をすくう。掌に触れた瞬間、わずかな光が弾けた。水面が淡く光り、波紋が森の影を照らす。
「また光った……!レオンさん、やっぱりこれ、聖なる力なんですよ!」
「違うってば。ただの偶然だ。」
「偶然が続きすぎてます!」
リーナは嬉しそうに笑って、水面に手を這わせた。
だが次の瞬間、彼女の表情が強張る。
「……今、何か動きました。」
レオンが顔を上げる前に、水の底から黒い影が飛び出した。
水飛沫が散り、灰色の体躯が地上に躍り出る。
「ウロコの魔獣か!」
その瞬間、レオンはリーナを腕で庇った。魔獣の爪が勢いよく襲いかかる。
反射的に剣を抜き、振り上げる。鍔鳴りと共に光の軌跡が走った。
一閃。
「ぐあッ!」
魔獣の頭が裂け、鈍い音を立てて倒れた。
血は吹き出さず、代わりに光の粒となって霧散していく。
レオンは剣を見下ろした。刃全体が白金に輝いていた。
「……また勝手に光りやがって。」
「レオンさん、すごい……その剣、神話に出てくる“聖剣”みたい……。」
リーナは恐怖よりも驚きの目で見つめていた。
レオンは剣を納めると、息を吐いて立ち上がる。
「別にすごくなんかない。この辺の魔物は大したことないんだ。」
そう言いながらも、正直なところ自分でも理解できない。
手の感覚が、まるで無限の力が内側に渦巻いているように錯覚させる。
戦うことを望まなくても、力が自ずと敵を屠り、世界がそれを受け入れていく。
リーナがそっと袖を引いた。
「レオンさん……その傷、大丈夫ですか?」
見ると、腕に小さな擦り傷があった。いつの間にか魔獣の爪がかすめていたらしい。
「平気だよ、こんなの。」
しかしリーナは首を振る。
「駄目です。じっとしててください。」
彼女が泉の水をすくい、掌に光を集める。
魔法陣の形が一瞬だけ浮かび、淡い癒しの光が傷口を包んだ。
瞬く間に痛みが消える。
「……リーナ、魔法が使えるのか?」
「ちょっとだけ。母さんに教えてもらったんです。たいした力じゃないけど。」
レオンはしばし見つめた。
自分以外の誰かが光を扱うのを見たのは、異世界に来てから初めてかもしれない。
その優しい光に、胸の奥がほんの少し温かくなる。
「ありがとう。助かった。」
「ふふ、当然です。これでおあいこですね。」
泉のほとりに並んで座り、風の音を聞いた。
水面が金にゆらめき、木々の間から光の粒が落ちていく。
世界全体が少し静まり返り、聖樹の葉のざわめきがここまで届く気がした。
「レオンさん、本当はこの村に来てくれて良かったと思っているんです。」
「俺なんか来ても何も変わらなかったさ。」
「違います。村のみんな、笑って暮らせるようになったんですよ。魔獣だって寄りつかない。それに……」
一瞬、言葉を探すようにリーナは視線を落とした。
「……私も、レオンさんと一緒にいるとなんだか安心するんです。」
その言葉に、レオンは答えを失った。
風が二人の間を通り抜け、リーナの髪が揺れる。
沈黙の中、泉の光が少しだけ強くなった。
「……そう言ってもらえるなら、ここに来た価値はあったのかもな。」
レオンは微かに笑い、リーナも同じように笑った。
その瞬間、遠くで聖樹がわずかに唸り声を上げるように揺れた。
風が止まり、静寂が広がる。
「レオンさん、今の音……?」
「……嫌な予感がする。」
空を見上げると、黒い雲が徐々に広がっていく。
夜でもないのに光が遮られ、冷たい風が森を撫でた。
レオンは剣の柄に手を添えた。
「村に戻るぞ。何かが起きる。」
ふたりは駆け出した。背後で泉の水面が波立ち、再び暗い影が形を取り始めていた。
(続く)
聖樹は今日も青く澄んだ風の中で穏やかに光を放ち、村全体を柔らかく包んでいる。その光は魔物の気配を遠ざける効果でもあるらしく、村人たちは安心して暮らせるようになったと口々に言った。
だが当の本人は、畑を見つめながら小さくため息をついている。
「昨日のカデルとかいう貴族、まだ村に滞在してるんだよな……。」
神樹の調査を名目に兵を連れて泊まり込み。朝も晩も祈ってはメモを取っている。おかげで、レオンとしては落ち着かない日々が続いていた。
どこへ行っても「あ、神の人だ」と囁かれ、ただ野菜を掘り返したいだけだというのに誰も放っておいてくれない。
「もうすっかり“村の英雄”ですね、レオンさん。」
背中から聞き慣れた声が届く。振り返ると、両手に籠を抱えたリーナが立っていた。栗色の髪を結び、白い花飾りを耳に差している。畑の陽射しに反射して、彼女の頬がわずかに紅くなって見えた。
「やめてくれ。英雄とか言われる筋合いないよ。」
「でも事実ですよ?聖樹を呼び出して、村を救ったんですから。」
「俺は何もしてない。勝手に木が生えただけだ。」
「そういうとこがレオンさんらしいです。」
リーナはくすっと笑い、籠を下ろした。中には土のついた野菜と色とりどりの果実。彼女は楽しそうに畑にしゃがみこみ、新しい苗をひとつ取り出した。
「ねぇ、これ、植えていいですか?この辺り、聖樹の光が強くて実りが早いんです。母さんたち、村の特産にできたらってはりきってて。」
「いいよ。俺が少し土を耕す。」
レオンは鍬を手に取り、軽く土を返す。いつものように掌が温かくなり、淡い光が広がった。
その瞬間、リーナの目が見開かれる。
「わ……綺麗……!」
手のひらから広がる光が土に吸い込まれ、黒い大地が見る間にふかふかの肥土に変わっていく。小さな苗の根が輝き、まるで呼応するように葉がぱっと開いた。
「レオンさん、これ、魔法ですか?」
「いや、多分……魔法というより自然現象だ、たぶんな。」
「そんな自然、見たことないです。」
リーナは笑って木の苗に触れる。
その笑顔につい見とれて、レオンは一瞬、鍬を持つ手を止めた。
彼女の頬に風が触れ、聖樹の葉の光が反射してきらめく。あまりに穏やかで、思わず息を呑むほど美しかった。
「……なんか変な顔してません?」
「え、あ、いや、眩しくてな。光が。」
「ふふっ、ごまかしましたね。」
「違うって。」
リーナは楽しそうに笑いながら立ち上がる。籠を抱え、土のついた指先で額の汗を拭いた。
「ねぇレオンさん、畑から少し離れた森に行きませんか?泉があるんです。朝露を集めておくと作物が元気になるんですよ。」
「まあ、そういうのも大事だな。」
かくしてふたりは森へと向かった。
* * *
森は静かで、木漏れ日が小道を織りなしていた。
道すがら、リーナは村の昔話を楽しそうに語る。伝説の聖女や、魔族との古い戦い。どれも子どもたちが歌にして覚えているものだ。
レオンは聞きながら、いつの間にか歩調を彼女に合わせていた。
「リーナはずいぶん物知りだな。いつも村にいるのに、よくそんな話を知ってる。」
「母さんが語り部なんです。夜にみんなを集めて、昔話をしてくれるんですよ。」
「なるほど。」
「レオンさんは、王都の人なんですよね?あっちの話も聞きたいな。」
「……王都の話なんて、たいしたことないさ。偉い人が多くて、息が詰まるところだった。」
その言葉の奥に、過去の残滓がわずかににじんだ。
リーナは何かを感じ取ったのか、しばらく黙ったまま歩いた。
やがて森の奥に、透き通る泉が現れた。水面は鏡のように澄み、覗き込むと二人の顔が淡く揺らぐ。
リーナはしゃがみこみ、水に手を浸した。冷たそうに肩をすくめ、笑う。
「ほら、気持ちいいですよ!」
「……本当に綺麗だな。」
レオンも膝をつき、水をすくう。掌に触れた瞬間、わずかな光が弾けた。水面が淡く光り、波紋が森の影を照らす。
「また光った……!レオンさん、やっぱりこれ、聖なる力なんですよ!」
「違うってば。ただの偶然だ。」
「偶然が続きすぎてます!」
リーナは嬉しそうに笑って、水面に手を這わせた。
だが次の瞬間、彼女の表情が強張る。
「……今、何か動きました。」
レオンが顔を上げる前に、水の底から黒い影が飛び出した。
水飛沫が散り、灰色の体躯が地上に躍り出る。
「ウロコの魔獣か!」
その瞬間、レオンはリーナを腕で庇った。魔獣の爪が勢いよく襲いかかる。
反射的に剣を抜き、振り上げる。鍔鳴りと共に光の軌跡が走った。
一閃。
「ぐあッ!」
魔獣の頭が裂け、鈍い音を立てて倒れた。
血は吹き出さず、代わりに光の粒となって霧散していく。
レオンは剣を見下ろした。刃全体が白金に輝いていた。
「……また勝手に光りやがって。」
「レオンさん、すごい……その剣、神話に出てくる“聖剣”みたい……。」
リーナは恐怖よりも驚きの目で見つめていた。
レオンは剣を納めると、息を吐いて立ち上がる。
「別にすごくなんかない。この辺の魔物は大したことないんだ。」
そう言いながらも、正直なところ自分でも理解できない。
手の感覚が、まるで無限の力が内側に渦巻いているように錯覚させる。
戦うことを望まなくても、力が自ずと敵を屠り、世界がそれを受け入れていく。
リーナがそっと袖を引いた。
「レオンさん……その傷、大丈夫ですか?」
見ると、腕に小さな擦り傷があった。いつの間にか魔獣の爪がかすめていたらしい。
「平気だよ、こんなの。」
しかしリーナは首を振る。
「駄目です。じっとしててください。」
彼女が泉の水をすくい、掌に光を集める。
魔法陣の形が一瞬だけ浮かび、淡い癒しの光が傷口を包んだ。
瞬く間に痛みが消える。
「……リーナ、魔法が使えるのか?」
「ちょっとだけ。母さんに教えてもらったんです。たいした力じゃないけど。」
レオンはしばし見つめた。
自分以外の誰かが光を扱うのを見たのは、異世界に来てから初めてかもしれない。
その優しい光に、胸の奥がほんの少し温かくなる。
「ありがとう。助かった。」
「ふふ、当然です。これでおあいこですね。」
泉のほとりに並んで座り、風の音を聞いた。
水面が金にゆらめき、木々の間から光の粒が落ちていく。
世界全体が少し静まり返り、聖樹の葉のざわめきがここまで届く気がした。
「レオンさん、本当はこの村に来てくれて良かったと思っているんです。」
「俺なんか来ても何も変わらなかったさ。」
「違います。村のみんな、笑って暮らせるようになったんですよ。魔獣だって寄りつかない。それに……」
一瞬、言葉を探すようにリーナは視線を落とした。
「……私も、レオンさんと一緒にいるとなんだか安心するんです。」
その言葉に、レオンは答えを失った。
風が二人の間を通り抜け、リーナの髪が揺れる。
沈黙の中、泉の光が少しだけ強くなった。
「……そう言ってもらえるなら、ここに来た価値はあったのかもな。」
レオンは微かに笑い、リーナも同じように笑った。
その瞬間、遠くで聖樹がわずかに唸り声を上げるように揺れた。
風が止まり、静寂が広がる。
「レオンさん、今の音……?」
「……嫌な予感がする。」
空を見上げると、黒い雲が徐々に広がっていく。
夜でもないのに光が遮られ、冷たい風が森を撫でた。
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