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9 友達
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女性は顔を動かして天窓を見上げる。
夕日混じりのキラキラした光が、頭上から降り注いでいた。
「あんな男やめなって、ずっと言ってくれていた。……私、意固地になって、それを無視していたんです。でも、それでも、ずっと言ってくれていた」
「良い友達ですね」
「とっても!」
話をしていて少し元気が出たようで、先ほどよりも女性の声は明るい。
そのことに港はホッとした。
けれど次の瞬間、女性の表情はまた少し陰る。
「……ごめんねって、私も、言えば良かったな」
「連絡、もう取れないんです?」
「ううん、出来なくは、ないけれど……」
「じゃあ、連絡を取ってみましょうよ」
「でも……」
女性は戸惑うように視線を彷徨わせる。
この女性が今後、どういう選択をするのかは、正直、港には予想は出来ない。
港と同じように人生をリタイアするかもしれないし、踏みとどまって再スタートをするかもしれない。
それに関してどうしろとか、こうした方が良いとか、初対面の自分が言える話ではないし、言ったところで彼女の心に留まりはしないだろう。
(だけど友達なら話は別だ)
自分にとって、智の存在がそうであるように。
(全部俺の推測だけど……)
女性がどれだけ邪険に扱っても、その友達は彼女を心配することを止めなかった。
冷たい対応をされたら離れて行くのが普通だろう。
けれど、その友達はそうしなかった。女性を心配して、守りたくて、何とか目を覚まさせようとした――そう考えられる。
(なら、たぶん)
この人が連絡を取ればきっと、受け入れてくれそうな気がする。
もちろんそこに、彼女が言ったように謝罪の言葉は必要だろうけれど。
「偉そうなこと言っちゃいますけど、今なら何でも出来そうな気がしません? だって、ほら……スマホのボタンをぽちぽち押すだけですよ」
ダメ押しとばかりに港はそう続けた。
それをするのには勇気はいる。けれど、携帯電話を指先で押しさえすれば、相手に繋がることができるのだ。
人生をリタイアするために必要な動作と比べれば、天と地ほどの差がある。
「……そっか」
「はい」
「そうかもしれませんね」
「でしょう?」
短いやり取り。
女性は控えめにくすくす微笑んだ。
「そう……そうね。連絡、取ってみます」
「おすすめですよ。俺もやりました。それで久々に会って、酒を飲んで……愚痴に突き合わせちゃいましたけど」
「あら、まぁ」
楽し気に笑う女性の表情に、先ほどまで見えていた悲壮感はない。
最初に見た時は化粧も服も少し派手に見えたが、明るく笑う彼女にとても良く似合っていた。
「ありがとう、えっと……」
「願屋港です」
「素敵なお名前ですね。ありがとう、願屋さん」
女性はそう言うと立ち上がる。
すると、それに合わせて、ふわりと良い香りがした、気がした。
(お香……かな?)
香水もお香も港は疎いが、不快ではない良い香りだった。
「あ、良かったら、水族館、見て行ってください。閉館までまだちょっとあるし、ここ、落ち着きますよ」
「ふふ、そうします。それでは……」
女性は港に向かって頭を下げると歩き出す。
そして、数歩進んだ先で足を止めた。
「願屋さん」
振り向かず、名前を呼ばれる。
「何でしょう?」
「あなたは、まだ、こちらにいてくださいね。私のおすすめです」
「え?」
休憩していてね、ということだろうか。
港は首を傾げたが、女性それ以上は何も言わず、そのまま歩いて行ってしまった。
(そんなに疲れているように見えたかなぁ、俺……こりゃいかん)
客に気付かれるくらい、疲労が濃い顔をしているのは、あまり良くない。
明日からはもうちょっと気を付けて仕事をしよう。
そう思って港は、すっかり冷めてしまった缶コーヒーを飲み干したのだった。
夕日混じりのキラキラした光が、頭上から降り注いでいた。
「あんな男やめなって、ずっと言ってくれていた。……私、意固地になって、それを無視していたんです。でも、それでも、ずっと言ってくれていた」
「良い友達ですね」
「とっても!」
話をしていて少し元気が出たようで、先ほどよりも女性の声は明るい。
そのことに港はホッとした。
けれど次の瞬間、女性の表情はまた少し陰る。
「……ごめんねって、私も、言えば良かったな」
「連絡、もう取れないんです?」
「ううん、出来なくは、ないけれど……」
「じゃあ、連絡を取ってみましょうよ」
「でも……」
女性は戸惑うように視線を彷徨わせる。
この女性が今後、どういう選択をするのかは、正直、港には予想は出来ない。
港と同じように人生をリタイアするかもしれないし、踏みとどまって再スタートをするかもしれない。
それに関してどうしろとか、こうした方が良いとか、初対面の自分が言える話ではないし、言ったところで彼女の心に留まりはしないだろう。
(だけど友達なら話は別だ)
自分にとって、智の存在がそうであるように。
(全部俺の推測だけど……)
女性がどれだけ邪険に扱っても、その友達は彼女を心配することを止めなかった。
冷たい対応をされたら離れて行くのが普通だろう。
けれど、その友達はそうしなかった。女性を心配して、守りたくて、何とか目を覚まさせようとした――そう考えられる。
(なら、たぶん)
この人が連絡を取ればきっと、受け入れてくれそうな気がする。
もちろんそこに、彼女が言ったように謝罪の言葉は必要だろうけれど。
「偉そうなこと言っちゃいますけど、今なら何でも出来そうな気がしません? だって、ほら……スマホのボタンをぽちぽち押すだけですよ」
ダメ押しとばかりに港はそう続けた。
それをするのには勇気はいる。けれど、携帯電話を指先で押しさえすれば、相手に繋がることができるのだ。
人生をリタイアするために必要な動作と比べれば、天と地ほどの差がある。
「……そっか」
「はい」
「そうかもしれませんね」
「でしょう?」
短いやり取り。
女性は控えめにくすくす微笑んだ。
「そう……そうね。連絡、取ってみます」
「おすすめですよ。俺もやりました。それで久々に会って、酒を飲んで……愚痴に突き合わせちゃいましたけど」
「あら、まぁ」
楽し気に笑う女性の表情に、先ほどまで見えていた悲壮感はない。
最初に見た時は化粧も服も少し派手に見えたが、明るく笑う彼女にとても良く似合っていた。
「ありがとう、えっと……」
「願屋港です」
「素敵なお名前ですね。ありがとう、願屋さん」
女性はそう言うと立ち上がる。
すると、それに合わせて、ふわりと良い香りがした、気がした。
(お香……かな?)
香水もお香も港は疎いが、不快ではない良い香りだった。
「あ、良かったら、水族館、見て行ってください。閉館までまだちょっとあるし、ここ、落ち着きますよ」
「ふふ、そうします。それでは……」
女性は港に向かって頭を下げると歩き出す。
そして、数歩進んだ先で足を止めた。
「願屋さん」
振り向かず、名前を呼ばれる。
「何でしょう?」
「あなたは、まだ、こちらにいてくださいね。私のおすすめです」
「え?」
休憩していてね、ということだろうか。
港は首を傾げたが、女性それ以上は何も言わず、そのまま歩いて行ってしまった。
(そんなに疲れているように見えたかなぁ、俺……こりゃいかん)
客に気付かれるくらい、疲労が濃い顔をしているのは、あまり良くない。
明日からはもうちょっと気を付けて仕事をしよう。
そう思って港は、すっかり冷めてしまった缶コーヒーを飲み干したのだった。
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