「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

文字の大きさ
27 / 173
「婚約破棄したい」「それな」

前編

しおりを挟む
 

「婚約破棄したい」
「それな」

 私の呟きに、この国の第一王子であり婚約者のダミアンが完全同意した。

「ダミアンとキスなんてできない」
「それな」
「子作りとか死ねる」
「それな」

 私たちはハッとして、お互いの顔を見やる。

「コレット」
「ダミアン」

 こくんと頷いた私たちは、ガチッと手を握り合ってニヤリと笑ったのだった。




 ***




「というわけで、コレット・エミルフォーク公爵令嬢! 君とは婚約破棄だ!」
「ええ、承りましてよ!」
「こらこら、待て待て待てぇぇええい!!」

 私たちの大立ち回りに、国王が慌てて割って入ってくる。

「何が〝というわけで〟じゃ! おぬしら、社交の場でいきなり何をぬかしとるか! 気でも狂ったか!」
「人前で婚約破棄すれば、結婚せずに済むかと思って」
「ねー」
「ねー」
「ねーじゃねーわ! 済むか!」
「済まないのか?!」
「済まねーわ!」

 陛下のツッコミが冴え渡る。
 あー、やっぱだめよねぇ。なんとなくそんな気はしていたけど!

「一体お互いの何が不満なんじゃ、言うてみぃ」

 陛下ってまだ四十ちょいの割には、おじいちゃんみたいな喋り方するのよね。
 威厳を保つために、わざとやっているんだっけ。

「コレットに不満? 不満ねぇ……ない!」
「ないのに婚約破棄!? バカなの、わしの息子?!」
「まぁまぁ陛下、そう怒らずに」
「コレット、おぬしもわしを怒らせている要因のひとつじゃからな!?」
「えー、心外~」
「いや、気づけ?!」

 頭の血管が浮いているけれど、切れちゃわないかしら? 国王様って大変よね。

「とにかく、どうして婚約破棄をしたいのか、まずは理由じゃ。コレットはダミアンの何が不満なのじゃ」
「ダミアンの? んー、強いて言うなら……す、好きって言ってくれないところ……」
「ん? 今なんと言った? ボソボソせんとはっきり言わんか」
「もう、陛下ったらわかってるくせにぃっ!」
「いやわからんわ!! ぐほっ! こら、叩くでない!!」

 ああ、めっちゃくちゃ勇気出して言ったのに、どうしてわかってくれないの!

「コレット……俺、好きって言ってよかったのか……?」

 やだっ、ダミアンの方に聞こえちゃってた?!
 ああ、恥ずかしい……!
 ダミアンは潤んだ瞳でこっちを見ていて、私は勇気を出して言葉を振り絞る。

「だってダミアンったら、一緒にいてもいつも笑い話ばかりで」
「それな」
「好きって言ってくれたら、関係も進むはずなのに」
「それな!」

 ああ、胸がどくんどくん鳴ってる。
 言って……くれるの? ダミアンは、本当に私のことが好きだったの?
 私、いつも、不安で……。

「コレット……す、す、好きだ!!」

 言った!!

「でも!!」

 逆接!!

「俺はコレットと婚約破棄したい」
「それな!」
「いや待て、コレットまで同意するな! 何でそうなるんじゃああああ!!」

 陛下ったら、すぐぶちキレるんだから。目の玉が半分飛び出しちゃってるわ。

「だって陛下……! 私、ダミアンとキスなんてできない!」
「それな!」
「何でじゃ! 好きなんじゃろう?!」
「好き過ぎてできない!」
「それな!」
「いや、意味がわからんのだが?!」
「陛下は不純の塊ですから!」
「それな!」
「ひい! とんだとばっちり!!!!」

 ふらふらとした陛下は、それでも一瞬にして切り替えて、キリッとした目を私たちに向けた。

「わかった」
「わかってくれましたか?! じゃあ私とダミアンは晴れて婚約破棄を……」
「おぬしら、今ここでキスせい」
「それな! ……え!?」

 思わず同意したダミアンが、目をおっ広げて陛下を見た。

「父上と?」
「んなわけあるか! ダミアン、お前とコレットでじゃ!」

 それな! とは言えません!!
 だって、ここは社交パーティーの会場。全員、私たちに大注目しているというのに!!
 どうしてみんな、私たちを見ているの?? ちゃんと交流を図ってくださいな!

「父上、それはさすがに……!」
「そうです、陛下! こんなところで……」
「キスせよ。これ、国王命令」
「横暴だわ……!」
「それな……!」

 ああ、なんてこと……
 でも国王命令じゃ逆らえない。

「ダミアン……」
「コレット……」

 ダミアンが私をじっと見ている。
 まさか……本当にするつもりなの?

 私、本当は憧れていた。
 恋人同士がするキスに。
 ダミアンとキスすることを考えると、私の胸はいつも破裂しそうになる。

 ダミアンは、いつも優しかった。
 王妃教育を受けて疲れている私を、笑わせては和ませてくれた。
 風邪をひいた時には、うつることも気にせず毎日お見舞いに来てくれた。そのあと、あなたが風邪をひいて私がお見舞いに行ったけれど。
 ダミアンのくだらないギャグでずっこけて怪我をしてしまった時には、この世の終わりみたいな顔をして私を抱き上げ、医者のところまで運んでくれた。
 私たちは、たくさんたくさん一緒に過ごしたわ。
 あなたの寝顔も知っているし、鼻をピクピクさせて目を開けたまま眠るあなたを、本当に愛おしく思ってるの。

 そしてダミアンは、私の母が亡くなった時にはこう言ってくれた。

 『コレットの心が癒えるまで、ずっとそばにいる。君の母上がそうしていたように、俺はずっと君を見守るよ』

 涙が止まらない私に、背中をさすりながらそう言ってくれたダミアン。
 私が、どれだけ、どれだけ嬉しかったか知らないでしょう……?
 母を亡くした悲しみから立ち直れたのは、あなたが根気よく私に寄り添ってくれたから。
 花が綺麗だと言っては花園に連れ出してくれて、湖畔が綺麗だと言っては外に連れ出してくれた。
 朝日を浴びれば前向きになれるからと、わざわざ海まで行って見せてくれたわね。

 『コレット、君は素晴らしい女性だよ。どんな困難にも打ち勝てる強さを持っているんだ』

 そう言って、私を過大評価してくれたけど……心から思っていることが伝わってきて、私は嬉しかった。

 ……大好きだったの、ダミアンのこと。

 恥ずかしくて、ずっと言えなかったけど……。

 そして、怖かったの。
 私たちは所詮、利害で結ばれただけの婚約者同士。
 嫌われていないのはわかってる。でも好きかと聞かれたら、きっとそうじゃない。
 婚約者を大切に扱うのは、王族の義務だから。あれもこれも、好きという気持ちからじゃないと思うと、悲しみが止まらなくて。
 一言も好きだと言われたことがなかったから、私はどんどん臆病になった。
 性教育をダミアンと一緒に受けて、キスや子作りの仕方を学んでも、いろんな意味で無理だった。

 だって、好かれていないと思ってたから。
 私だけがダミアンを好きすぎて、キスなんかしたら心臓麻痺で死んじゃうって思ったから!
 子作りなんてホント、恥ずかしすぎて一瞬で死ねるから!!
 だからもう、婚約破棄するしかなかったのよ!!

 でも、ダミアンは私のことを好きと言ってくれた。
 そして今、目の前のダミアンが少しずつ私に迫っている。

 ああ、とうとう私……キス、しちゃうんだわ……!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『婚約者を大好きな自分』を演じてきた侯爵令嬢、自立しろと言われたので、好き勝手に生きていくことにしました

皇 翼
恋愛
「リーシャ、君も俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけて自立したらどうだ?正直、こうやって話しかけられるのはその――やめて欲しいんだ……周りの目もあるし、君なら分かるだろう?」 頭を急に鈍器で殴られたような感覚に陥る一言だった。 彼がチラリと見るのは周囲。2学年上の彼の教室の前であったというのが間違いだったのかもしれない。 この一言で彼女の人生は一変した――。 ****** ※タイトル少し変えました。 ・暫く書いていなかったらかなり文体が変わってしまったので、書き直ししています。 ・トラブル回避のため、完結まで感想欄は開きません。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?

なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」 顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される 大きな傷跡は残るだろう キズモノのとなった私はもう要らないようだ そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった このキズの謎を知ったとき アルベルト王子は永遠に後悔する事となる 永遠の後悔と 永遠の愛が生まれた日の物語

処理中です...