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「婚約破棄したい」「それな」
後編
しおりを挟む「コレット……」
「ダミアン……」
ダミアンの唇がどんどん私に近づいて……
「きゃーーーー、無理ぃいいい!!」
「それなーー!!」
「何でじゃぁぁあああ!!」
三人分の絶叫が会場に響いた。
危ない、今のは危なかったわ!! 私、心臓が破裂して死ぬところよ!!
「うう、やっぱりキスもできない私たちに、世継ぎを求められても無理……! 婚約破棄するしかないんだわ……!」
「それな……!」
「キスくらいさっさとすればええだろうが!!」
「陛下、不純!」
「それな!」
「うっせーわ!」
ああ……このままではいけない。
この国の王子は、ダミアン一人しかいないの。
なぜならば、王妃様はダミアンを産んだ予後が悪くて亡くなっている。そのあと陛下は、新たに王妃を迎えることも、愛妾を持つこともしなかったから。
ダミアンは、絶対に子どもを残さなければいけない立場。でも私が相手だと……それができない……!
「いやもう、おぬしらええから結婚してしまえ」
「そんな、無理です陛下!!」
「父上は、我が家系が途絶えてもかまわないと?!」
「いや、それは困るが……」
陛下はうーんと考えたあと、閃いたというようにニヤリと笑った。
「ではコレット、わしの妃となれ」
「……え?!」
「父上……?!」
私が……陛下の妃に……
「いやよ、こんなクソジジイ!!」
「それな!!」
「おぬしら、覚えとれよ?」
陛下はクソジジイらしく、下卑た笑みで私の肢体をねぶるように見ている。
「これでも四十二歳、まだまだ現役じゃからなぁ……ダミアンに子ができんならば、わしが直々に子作りするしかあるまいて」
「い、いや……!」
「これ、国王命令。コレットとわし、結婚」
「……!!」
「コレット…………!」
ああ、そんな……
ダミアンとの婚約破棄後は、誰の元にも行かないって決めていたのに……
国王命令じゃ、逆らえない……!
「うう、こんな腐れ外道と結婚なんて!!」
「コレット!」
「今、国王を腐れ外道と言ったか?」
「父上! 加齢臭のオッサンがこんな可愛いコレットと結婚したいだなんて、あんたは虫ケラ以下のクズ男だ!!」
「いい加減、泣くぞわし」
「ダミアン、あなたのお父様に嫁いでしまう私を許して……!」
「コレット、君が悪いんじゃない……そうだ、もうあんな父上は殺してしまおうそうしよう」
「待て待て待て待てい!」
私のために、陛下の抹殺まで考えてくれるだなんて……!
もう、ダミアン……好き。
「ではおぬしらに、選択肢を与えてやろう! わしとの結婚か、ダミアンとの結婚、どちらの国王命令がよいのじゃ!!」
「ダミアンよ!」
「即答! わかっとったわい!」
なぜか疲れている陛下をよそに、私たちは見つめ合う。
やっぱりダミアンの瞳はきれいで、他の誰よりも優しい。
「コレット……やっぱり俺は、君を誰にも渡したくはない。そして君以外の誰も迎えたくはないんだ」
「ダミアン……」
「キスひとつできない不甲斐ない俺だが……コレットのことを誰より愛しているのは、この俺だ」
愛、している……。
その言葉を聞いた途端、私の胸の中は大きく膨らんでいく。
「俺のくだらないギャグに全力で笑ってくれて、時にはずっこけてくれる君が好きだ。一生コレットを笑わせていたい。怪我や病気をしたら寄り添っていたい。こんなにも優しく、広く深い心を持った人が俺の婚約者であることが、どれだけ誇らしく嬉しかったか、君は知らないだろう?」
ダミアンの真剣な瞳に、吸い込まれてしまいそう。
「君の母上が亡くなった時、俺は誓ったな。ずっとそばにいると。君を見守ると。──その時から、ずっと言えなかったことがある」
「なんです……?」
「君を、一生愛していく……コレットには言えなかったが、俺は君の母上とそう約束していたんだ……!」
「ダミアン……!」
もうダメ……我慢していた涙が、勝手にするすると落ちていってしまう。
「今まで不安にさせてすまなかった……! 怖かったんだ……一方的な俺の想いを押し付けるようで……コレットに嫌われてしまったらどうしようと……! だから、婚約破棄を言い出されたときも、反対できなかった……君がそれを望んでいるならと……」
まさか……ダミアンも私と同じだったの……? 怖くて、言い出せなかっただけ……?
「ダミアン……私もちゃんと言えばよかった……あなたを、誰よりも愛していると……!」
「コレット……!」
「ごめんなさい、もう二度と婚約破棄したいだなんて言わないわ! どうか、一生私をそばにおいてほしいの」
「当たり前だろ……! 俺だって二度と、婚約破棄を承諾したりなんてするもんか……!!」
「ダミアン!!」
ダミアンが私を包んでくれる。今まで手を繋ぐくらいが関の山だったというのに……。
私の想いがダミアンに伝わり、ダミアンの想いが私に入ってくるのがわかる。
これが……しあわせ、ということなのかもしれない。
「なんじゃこの茶番は」
陛下の言葉に、招待客の『それな!』という心の声が聞こえた気がしたけど、気にしないわ。今はこの、愛しい人の腕の中に包まれていたい。
「おぬしら、もう今すぐ結婚せい。これ、国王命令」
「今すぐ結婚?! 嬉しい!」
「それな!」
「うるさいわ」
そう言っている陛下も、なんだか嬉しそうで。
「お集まりの皆々様よ、これよりこの社交パーティーは、我が息子ダミアンと公爵令嬢コレットとの、婚姻のパーティーと相成った!」
ずっと私たちをサーカスの猿のように見ていた出席者たちから、わぁああと大きな歓声が上がった。
音の振動を感じるだけで、なぜか気持ちが昂ぶってくる。
「どうしよう、ダミアン……」
「どうした、コレット」
「今なら私、あなたとキスできちゃいそうよ!」
「それな!」
ダミアンの瞳が優しく微笑む。
私も、自然と頬が上がっていく。
「大好き、ダミアン」
「それな」
私たちはフフッと微笑むと、お互いに唇を乗せ合った。
陛下の「やれやれ」という声と、母と王妃様の〝おめでとう〟という声が、聞こえた気がした。
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