若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

文字の大きさ
89 / 115
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

089●フロー編●80.ずっと一緒に

しおりを挟む
 ツェツィーリアとイグナーツは、オルターユ王国のモワノという街に住んでいるらしい。
 長い旅路を終えてその街に入ったフローリアンとラルスは、見慣れぬ景色にきょろきょろとあたりを見回す。
 街は大きくて人口も多そうだが、周りは山や川などの自然に溢れている。それに海もあるそうで、内陸の国に住んでいたフローリアンたちは胸を鳴らした。

「広い街ですね」

 ラルスはメイベルティーネを胸に抱きながら、ほうっと息を吐いている。
 ハウアドル王国の王都のように広いわけではないが、活気のある賑やかなところだ。

「ここは芸術の街とも言われているって馬車の中で聞いたけど、あちこちで絵を描いたり音楽を奏でたりしてるんだな。すごい」

 目に鮮やかな絵があったり、彫刻が飾られていたり、耳に心地よい音楽が流れていたりして、飽きのこない街だ。
 ラルスが壁一面に描かれた街の地図を見つけて確認したあと、手紙に書かれた住所に向かって歩き始めた。

「フローラ、こっちです」
「わ、待って!」

 振り向いたラルスに手を差し出されて、フローリアンは手を握る。

「迷子にならないでくださいね」
「ラルスの方こそ……!」
「俺、さっきの地図でこの街の道を全部把握したんで」
「相変わらず、ラルスの記憶力はどうなってるんだよ」
「はははっ」

 ラルスは楽しそうに笑っていて、フローリアンは口を少し尖らせてみせた。

「僕はこれだけの街、覚えるのには時間がかかりそうだ」
「もし迷子になっても、必ず見つけ出しますよ」
「……うん」

 優しい瞳になったラルスの手をぎゅっと握る。日の当たる場所でこんなことができる日が来るとは、思ってもいなかった。

「こんな風に街中を歩けるなんて、夢みたいだ」

 少し前までは、考えられないことだった。街がきらきらと光って見えるようで、胸がきゅうっと嬉しさを訴えてくる。

「こ、恋人に、見られてるかな……?」

 目だけで見上げると、太陽の光がラルスを煌めかせる。

「ベルもいるし、夫婦に見られてると思いますよ」
「そ、そっか」
「フローラ」
「ん?」

 ラルスのまっすぐで真面目な瞳に吸い込まれそうになった瞬間。

「ちゃんと式を挙げますから。少しの間、待っていてください」

 真剣な声音に、フローリアンの心臓はどくんと跳ねる。
 みんなに祝福される結婚式。フローリアンが誰より望んでいたことだ。それに気づいてくれていたことが、なによりうれしい。

「うん……待ってる」

 フローリアンはぎゅっと手を握ると、ラルスの腕に密着しながら歩いた。
 そうして街の中をずっと進んでいると、どこからかピアノの音色が耳に入ってくる。

「これ、〝愛しのあなた〟だね。オルターユ王国でもポピュラーな曲なのかな」
「そうかもしれませんね。ダンスも盛んな国のようですし」
「あのね、僕、この曲で……」
「あ、ここですよ、フローラ! ツェツィーリア様の住む家は」
「え?」

 ふと左を見ると、周りに比べて広い庭に煉瓦造りの大きな家が建っている。ピアノが聞こえてくるのは、そこからだ。

「こ……こ? じゃあ、この曲を弾いているのは……」
「フロー様?!」




<i664809|21505>
イラスト/遥彼方さま・星影さき様



 りんと鈴の鳴るような声と同時に、ピアノの音が止まった。
 大きな家の窓から見えるのは、長い銀髪の美しい女性と、背の高い金眼黒髪の男性の姿。

「ツェツィー!!」
「フロー様……フロー様!!」

 ツェツィーリアはその窓から遠ざかったかと思うと、玄関から飛び出してきた。フローリアンも思わず庭に入り込み、駆け寄ってくるツェツィーリアを迎える。

「フロー様……本当にフロー様ですわ……!」
「本物だよ! 僕も国を出てきたんだ」
「ええ!?」

 驚いているツェツィーリアの後ろからイグナーツもやってきた。フローリアンは二人に向かって事の経緯を説明する。

「ハウアドル王国は、兄さまが王位を継いでくれたんだ。僕が女だってこともすべて話した」
「そう……でしたの……そうでしたの……! ようやくフロー様は、女として生きられるのですわね……」

 ツェツィーリアの手がフローリアンの頬を撫でていく。その目からははらはらと涙が溢れ落ちていて、フローリアンも込み上げてきた。

「ツェツィー、僕より先に泣いちゃってるじゃないか……」
「だって、嬉しいのですわ……フロー様が、ようやく、ようやく女として生きられて……こんなに早く再会できるなんて、思っていなかったんですもの!」

 いつか必ず会おうと小指を絡ませてした約束。
 それは、遠い遠い未来の話だと思っていた。
 メイベルティーネが女王となり、フローリアンが退位して……それからのことだと。
 フローリアンが女に戻るのも、ラルスと正式に夫婦になるのも、ツェツィーリアと会えるようになるのも。

「僕も、こんなに早く願いが叶うなんて思ってなかった……会えて嬉しい……嬉しいよ、ツェツィー!」
「フロー様ぁ……っ」

 わっと声を上げると同時に、抱き合いながら涙を流した。ひっくひっくと二人してしゃくり上げる。
 さんさんと降り注がれる日差しが今までの苦しみを消すように、優しく温めてくれた。
 しばらくして少し落ち着くと、そっと離れたツェツィーリアが少し微笑みを見せる。

「これからは、ずっと一緒にいられるんですの……?」
「うん……ツェツィーたちさえ良ければ、近所に住みたいよ」
「今、隣が空き物件でしてよ!」
「え? 本当に?」
「フロー様から見れば、小さな家だとは思いますが……」
「構わないよ、執務室くらいの大きさがあれば、そこで充分事足りてたんだから。ねぇラルス、ツェツィーたちの家の隣でもいい?!」

 後ろを振り返ると、ラルスが微笑みながら「もちろん」と頷いてくれて、フローリアンとツェツィーリアは手を取り合って喜んだ。


しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

処理中です...