105 / 115
第三章 若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
105◉ユリアーナ編◉01.新居
しおりを挟む
ディートフリートが現れたその日、ユリアーナはケーテの計らいで、仕事を休みにしてもらった。
久しぶりに、二人で足をそろえて歩く。
遠巻きに見ていたディートフリートの騎士はついて来ず、そのまま離れていった。
彼は本当に王ではなくなったのだと実感する。
「まずは、ユリアの母君に挨拶をしたいのだが」
「あ……母は、二年前に風邪を拗らせて、父の元へいってしまいました……」
「そうか……残念だ。苦労したね、ユリア」
ディートフリートの言葉に首を振る。己の苦労など、彼に比べれば、きっと大したことはない。
小さな町では一瞬でユリアーナとディートフリートのことが広まってしまっていたようだ。二人で歩いていると、あちらこちらでおめでとうと声をかけられる。
「ユーリちゃん、よかったねぇ!」
ユリアーナがずっと独身でいたことを心配してくれていた、コトリ亭の常連のおばさんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます、ヘルダさん」
「王様、ユーリちゃんをよろしくお願いしますよ!」
「僕はもう王ではないので、気軽にディートとでも呼んでください。もちろん、ユリアには苦労させた分、幸せになってもらうつもりです」
ディートフリートは嬉しそうに笑っている。その顔を見ているだけで、胸が熱くなる。
「それで、ユーリちゃんはここを出て行くつもりなのかね?」
ヘルダの問いかけに、ユリアーナは黙した。今のところそのつもりはないが、もしディートフリートが出て行くと言えばついていくだろう。隣を見上げると、彼はにこにこ笑っていた。
「いえ、ここに住まうつもりです」
「住む場所は?」
「それはこれから決めるところでして」
「じゃあ、息子夫婦が住んでた空き家があるから、そこに住むかい? ああ、王様だった人にあんな狭い家は失礼か」
ヘルダはすぐに否定するも、ディートフリートは身を乗り出している。
「いいえ、どんな家でもすぐに住める場所があるのはありがたいです。ぜひ」
「本当かい? 家は人が住まなくなると傷んでしまうから助かるよ。先日掃除をしたばかりだから、すぐに住めるよ!」
嬉しそうにそう言ったヘルダは、家に案内してくれた。
二人で暮らすにはちょうどいい大きさの家だが、息子夫婦に子供が二人できたので出て行ったのだという。
それでもディートフリートにしてみれば、狭く感じるに違いない。
母が亡くなって、それからは宿の一室を借りていたユリアーナには十分すぎるほど大きい家だったが。
「なにか不便があったら言っておくれ」
「ありがとうございます。これからお世話になります」
「じゃあね、ユーリちゃん。またコトリ亭に食べにいくよ」
「はい、ありがとうございました。ヘルダさん」
ヘルダが出ていくと、正真正銘の二人っきりになる。昔のように、護衛騎士もここにはいない。
まだ未婚とは言え、もういい年をした男と女である。
嬉しそうに家を見回しているディートフリートを見ていると、勝手に胸が高鳴った。
「楽しいな。新天地というのは、胸が高鳴る」
「あの、私もなるべく早くここに引っ越してこようと思います」
「え?」
「……え?」
ディートフリートの驚いた顔が飛び込んできて、ユリアーナは首を傾げた。
そんなにおかしなことを言ってしまっただろうか。
一拍置いて、ディートフリートが恥ずかしそうに口を開いた。
「そうだよね、一緒に……ごめん、勝手に住まいを決めてしまった。ここに馴染むために、早く住居を決めなきゃと焦りすぎたみたいだ」
顔を赤らめて頭に手を置いているディートフリートを見ると、おかしくてかわいくて、愛が溢れ出してくる。
「ふふ、ディーったら」
「どうする? 違う家がいいなら早目に断って……」
ユリアーナは自然と形作られる笑みをディートフリートに向けた。
ディートフリートと一緒に暮らせるなら、どこだって天国だ。
「いいえ、私もここが気に入りました。この家で……ディーと一緒に暮らしたいです」
「ユリア……」
ディートフリートが目を細めて優しく笑ってくれる。こんなところも、昔とちっとも変わっていない。
愛おしい。この人が、こんなにも。
「結婚式は、挙げるかい?」
優しく微笑むディートフリートの問いに、ドキンと心が鳴る。
昔は、するべきものだと思っていた。
国民の前で華々しく、多くの人々に祝福されて。
けれど今は、もう四十歳だ。ウエディングドレスは少々気恥ずかしい。
それでもまだまだ憧れは、胸の内にくすぶっている。
「あの、私は……」
「僕は見たい。ユリアのウエディングドレス姿を」
「ディー……」
かぁっと顔が熱くなる。ずるい。そんな風に言われたら、断れないではないか。
「わ、私もディーのタキシード姿が見たいです」
「うん、見せてあげるよ」
嬉しそうに笑うディートフリートの耳も、少し赤くなっていて。
やっぱりかわいいひとだなと、ユリアーナはその耳に触れてみる。
誰にも咎められることのない二人だけの空間。二人の新居。
ディートフリートが、まっすぐにユリアーナの瞳を覗き込んでいて。
ユリアーナも、愛する人を見つめ返す。
「だいすきだよ、ユリア」
「ディー……私も、だいすきです」
二人は、本日二度目のキスを存分に味わった。
久しぶりに、二人で足をそろえて歩く。
遠巻きに見ていたディートフリートの騎士はついて来ず、そのまま離れていった。
彼は本当に王ではなくなったのだと実感する。
「まずは、ユリアの母君に挨拶をしたいのだが」
「あ……母は、二年前に風邪を拗らせて、父の元へいってしまいました……」
「そうか……残念だ。苦労したね、ユリア」
ディートフリートの言葉に首を振る。己の苦労など、彼に比べれば、きっと大したことはない。
小さな町では一瞬でユリアーナとディートフリートのことが広まってしまっていたようだ。二人で歩いていると、あちらこちらでおめでとうと声をかけられる。
「ユーリちゃん、よかったねぇ!」
ユリアーナがずっと独身でいたことを心配してくれていた、コトリ亭の常連のおばさんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます、ヘルダさん」
「王様、ユーリちゃんをよろしくお願いしますよ!」
「僕はもう王ではないので、気軽にディートとでも呼んでください。もちろん、ユリアには苦労させた分、幸せになってもらうつもりです」
ディートフリートは嬉しそうに笑っている。その顔を見ているだけで、胸が熱くなる。
「それで、ユーリちゃんはここを出て行くつもりなのかね?」
ヘルダの問いかけに、ユリアーナは黙した。今のところそのつもりはないが、もしディートフリートが出て行くと言えばついていくだろう。隣を見上げると、彼はにこにこ笑っていた。
「いえ、ここに住まうつもりです」
「住む場所は?」
「それはこれから決めるところでして」
「じゃあ、息子夫婦が住んでた空き家があるから、そこに住むかい? ああ、王様だった人にあんな狭い家は失礼か」
ヘルダはすぐに否定するも、ディートフリートは身を乗り出している。
「いいえ、どんな家でもすぐに住める場所があるのはありがたいです。ぜひ」
「本当かい? 家は人が住まなくなると傷んでしまうから助かるよ。先日掃除をしたばかりだから、すぐに住めるよ!」
嬉しそうにそう言ったヘルダは、家に案内してくれた。
二人で暮らすにはちょうどいい大きさの家だが、息子夫婦に子供が二人できたので出て行ったのだという。
それでもディートフリートにしてみれば、狭く感じるに違いない。
母が亡くなって、それからは宿の一室を借りていたユリアーナには十分すぎるほど大きい家だったが。
「なにか不便があったら言っておくれ」
「ありがとうございます。これからお世話になります」
「じゃあね、ユーリちゃん。またコトリ亭に食べにいくよ」
「はい、ありがとうございました。ヘルダさん」
ヘルダが出ていくと、正真正銘の二人っきりになる。昔のように、護衛騎士もここにはいない。
まだ未婚とは言え、もういい年をした男と女である。
嬉しそうに家を見回しているディートフリートを見ていると、勝手に胸が高鳴った。
「楽しいな。新天地というのは、胸が高鳴る」
「あの、私もなるべく早くここに引っ越してこようと思います」
「え?」
「……え?」
ディートフリートの驚いた顔が飛び込んできて、ユリアーナは首を傾げた。
そんなにおかしなことを言ってしまっただろうか。
一拍置いて、ディートフリートが恥ずかしそうに口を開いた。
「そうだよね、一緒に……ごめん、勝手に住まいを決めてしまった。ここに馴染むために、早く住居を決めなきゃと焦りすぎたみたいだ」
顔を赤らめて頭に手を置いているディートフリートを見ると、おかしくてかわいくて、愛が溢れ出してくる。
「ふふ、ディーったら」
「どうする? 違う家がいいなら早目に断って……」
ユリアーナは自然と形作られる笑みをディートフリートに向けた。
ディートフリートと一緒に暮らせるなら、どこだって天国だ。
「いいえ、私もここが気に入りました。この家で……ディーと一緒に暮らしたいです」
「ユリア……」
ディートフリートが目を細めて優しく笑ってくれる。こんなところも、昔とちっとも変わっていない。
愛おしい。この人が、こんなにも。
「結婚式は、挙げるかい?」
優しく微笑むディートフリートの問いに、ドキンと心が鳴る。
昔は、するべきものだと思っていた。
国民の前で華々しく、多くの人々に祝福されて。
けれど今は、もう四十歳だ。ウエディングドレスは少々気恥ずかしい。
それでもまだまだ憧れは、胸の内にくすぶっている。
「あの、私は……」
「僕は見たい。ユリアのウエディングドレス姿を」
「ディー……」
かぁっと顔が熱くなる。ずるい。そんな風に言われたら、断れないではないか。
「わ、私もディーのタキシード姿が見たいです」
「うん、見せてあげるよ」
嬉しそうに笑うディートフリートの耳も、少し赤くなっていて。
やっぱりかわいいひとだなと、ユリアーナはその耳に触れてみる。
誰にも咎められることのない二人だけの空間。二人の新居。
ディートフリートが、まっすぐにユリアーナの瞳を覗き込んでいて。
ユリアーナも、愛する人を見つめ返す。
「だいすきだよ、ユリア」
「ディー……私も、だいすきです」
二人は、本日二度目のキスを存分に味わった。
10
あなたにおすすめの小説
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる