106 / 115
第三章 若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
106◉ユリア編◉ 02.おしごと
しおりを挟む
ディートフリートがやってきた翌日、ユリアーナは朝の仕事を終わらせてから新居に引っ越すことになった。
荷物もそれほど多くなく、ディートフリートと二人でやると数往復で終わった。
家具も備え付けなので、買い足すものはほとんどない。
荷解きをして衣装棚に服を掛けていると、後ろからディートフリートが顔を寄せて覗き込んできた。
「服が少ないね。もう少し増やしてもいいんじゃないかな」
地味なワンピースが数着と、仕事着だけ。それも新しいものはひとつもない。清潔さを心がけてはいるが、ディートフリートの隣に並んで似合うものとは言えなかった。
もう恋愛などすることもなかったし、服やアクセサリーに気を使って色気を出す必要もなかったからだ。けれど今は、ディートフリートに可愛いと思われたかった。おしゃれをして、楽しみたい。
「ディーは、どんな服が好みですか?」
「そうだな、ユリアーナの着る物ならなんでも素敵だけど……昔はよく、ワインレッドのドレスを着ていたね。もう一度見てみたいな」
「今の私に似合うかしら……」
「似合うよ。その髪の色にも、絶対に」
後ろから優しく抱きしめられて、少女のようにドキドキとしてしまう。
昨日は夕方の忙しい時間帯に働きに戻り、そのまま宿の一室に泊まったので、まだ男女の関係には至っていない。
おそらくは今夜、ようやく結ばれることとなるだろう。それとも今なのだろうかと胸を高鳴らせる。
一つしかないセミダブルのベッドが、すぐそこで今か今かとユリアーナたちを待っているようにすら見えた。
どうしようと身を固くしていると、ゆっくりとディートフリートは離れていく。ほっとすると同時に、少し残念な気持ちも含まれた息を吐き出した。
「さて、そろそろ忙しい時間帯に入るんじゃないかな?」
「あら、もうそんな時間でした?」
時計を見るともう午後四時を指していた。
昨日もこの時間から忙しくなるからと、宿の方に戻っていたのだ。それをディートフリートは気にしていてくれた。
「じゃあ、すみませんが行ってきます。夜は遅くなると思いますが、必ずこちらに帰ってきますから」
「僕も一緒に行っていいかな?」
ユリアーナが外に出ようとすると、ディートフリートに後ろから声を掛けられる。
「ディーも?」
「宿で、料理人募集の張り紙をしていたよね」
「え? ええ」
「僕を雇ってもらえないかな」
その言葉にユリアーナは目を広げる。コトリ亭の厨房はおかみであるケーテが取り仕切っているが、彼女はその昔、貴族の元で働く料理人だったので味にうるさい人だ。人手がたりないのに料理人がなかなか決まらないのは、ケーテのお眼鏡にかなう人がいなかったからである。
もちろん、ディートフリートがいい物を食べて育ったのは知っているが、それと料理の腕前は別物だ。
「ディーは料理なんてしたことがないでしょう?」
「いや、するよ。僕の趣味なんだ。ユリアーナと別れたあとからのね」
にこにこと嬉しそうに笑うディートフリート。そんな趣味があったなんて、考えもしていなかった。
王族は普通、料理なんてものはしないだろう。もしかしたらこの日のために習っていたのかもしれないと思うと、ユリアーナの胸は熱くなった。
「ありがとう、ディー……」
一度離れていた体を、今度は自分から密着させる。
はしたないかもしれないと思ったが、もうこちらは二十三年も前に貴族から離れているのだ。ディートフリートだって、今は一般人という身分。
そっと腰に手を回されたかと思うと、体を押し上げられて唇が奪われた。
ふわふわ揺れるような居心地にうっとりしていると、少し離れたディートフリートは照れたように破顔している。
「行こうか。ケーテさんもユリアがいないと困っているだろう」
ディートフリートは少し顔を赤くしたまま、ユリアーナの手を取ってくれた。
「続きは、夜にね」
そんな風に言われて、やはり今晩結ばれるのだと確信する。もちろん嫌なわけではない。むしろ、何度夢見てきたことかわからない。
けれども、やはり初めて経験することというのは緊張するものだ。
ユリアーナとディートフリートは、そのまま手を繋いでコトリ亭まで歩いていく。
ディートフリートの温かさを感じる手は、嬉しくも気恥ずかしい。いい歳をした男女が手を繋いでいるのを見て、周りはどう思っているだろうか。
思えば、手を繋いで歩くなど初めての経験だったとふと気づく。
チラリと見上げると、彼の顔は少し強張っているようで。ディートフリートも緊張しているのかと、ユリアーナは笑ってしまった。
「……ふふっ」
「どうした? ユリア」
「すみません、嬉しくて」
心のままを伝えると、ディートフリートは目を細めて、優しく微笑んでくれる。
その顔を見るだけで、胸がきゅうきゅうと鳴き声を上げた。体からほかほかとしたものが溢れ出てきて、緩む顔を止められない。
そんな状態でコトリ亭に入ると、チェックインのお客でごった返していて、ユリアーナは慌ててケーテに近寄った。
「あ、ユーリ……じゃなくて、ユリア! すまないね、夕飯の準備に入りたいんだ。こっちを頼むよ!」
名前は、偽名のユーリをやめてユリア呼びにしてもらった。まだまだ慣れるまでには時間が掛かりそうだったが。
「おかみさん、ディーが料理人としてここで働きたいと言っているの」
「え? 王さんが? できるのかい?」
「ディートで構いませんよ。料理の腕と、舌には自信があります」
キリッと前を見据えて宣言する姿にくらりとなりつつも、ユリアーナは溢れた客を捌いていく。
そんなユリアーナを横目に、ディートフリートは厨房に連れられて行った。
厨房は、今から夜の九時くらいまでノンストップで忙しい。大丈夫だろうかと気になりつつも、ユリアーナは己の仕事をこなした。様子は見に行けなかったが、今日の料理は軒並み評判がよかったのでほっとする。
九時になって落ち着いたところで、ようやく宿の者の夕飯になった。
ディートフリートの作った賄い料理はいつもより豪華で、一般庶民の感覚を得るには少し時間が必要だろう。けれどおかみのケーテは、ディートフリートの作る料理をいたく気に入ったようだ。
ユリアーナは、ディートフリートの料理がここまでの物だとは思っていなかった。王城で食べていた頃の味と遜色なく、素直に感心する。
「美味しいかい、ユリア」
「ええ、とっても。びっくりしました」
正直な感想を告げると、ディートフリートはユリアーナに褒められて鼻高々といった感じで、嬉しそうに笑っていた。こういうかわいいとろは昔から変わっていないなと頬を緩めて料理を味わった。
結局ディートフリートは、コトリ亭の料理人として採用してもらった。
すべての後片付けを終えて、宿でお風呂に入らせてもらってから家路に着く。いつもは宿の一室に泊まっていたが、今日からは家があるのだ。
夜の街はもうひっそりと静まりかえっていて、月は綺麗だが暗くて少し怖い。
自分でも気づかぬうちにディートフリートに寄りそってしまっていて、優しく肩を抱かれた。
「ディー……」
「お疲れ、ユリア」
「ディーもお疲れ様でした。慣れない仕事で大変ではなかったですか?」
「そうだね。こんなにずっと立ちっぱなしということがないから、さすがに疲れたよ。宿の仕事というのは、思った以上に大変だね」
ははと笑うその顔は、疲れたと言う割には嬉しそうで、ユリアーナは少し安心する。
「ユリアは明日、朝六時に行かなければいけないんだろう? 大丈夫かい?」
「慣れてますから」
朝食はユリアーナとケーテの二人で準備できるので、ディートフリートの出勤時間は十一時からになった。そして午後二時まで働いてもらい、四時から十時までという変則シフトである。
ユリアーナは朝六時から夜の十時まで、早ければ九時終わりだ。でも一人で帰るのは怖いので、ディートフリートの手伝いをして一緒に帰ることになるだろう。
「就労時間が長すぎる。どうにかして改善していかないと、ユリアが倒れてしまうよ」
ああしてこうしてとブツブツ言っている姿は、きっと王であった頃と変わらぬ姿だろう。頼もしい限りだ。
この人がいる限り、コトリ亭も、そしてこの町も繁栄していく……そんな予感がひしひしとした。
家に帰るともう十一時近くなっていて、疲れているディートフリートにハーブティーを淹れてあげた。
もうお風呂は二人とも済ませている。あとはベッドに、入るだけ。
飲み終えたカップを流しに持っていき、それを洗いながらユリアーナはゆっくり深呼吸した。
いよいよだ。四十歳になって、いよいよ。
どれだけ深呼吸しても深呼吸しても、胸の鼓動はドキドキと高鳴るばかり。
嬉しい気持ちの方が大きいはずなのに、何故か手は震えている。
でも、ディートフリートなら。
ずっと、ディートフリートだけに捧げたいと思ってきたのだ。
それが今夜、ようやく叶う。齢四十にして初めてを、やっと捧げられる。
初めては痛いとも聞くし、怖くもあったが、ユリアーナは覚悟を決めた。
こんなに嬉しい夜は、他にないはずなのだから。
心を決めたユリアーナは寝室に続く扉を開ける。
そのベッドの上にはディートフリートがすでに横たわっていて、ユリアーナの心臓は極限状態にまで跳ねた。
「ディ、ディー……」
震える声で呼びかける。押し倒されてもいいように、無駄な力は抜いておく。
「ユリ……ア……」
「……ディー?」
くう、という寝息が聞こえてきた。
顔を覗くと、口を少し開けてくうくうと空気を移動させていた。
「寝て……る?」
少し頭を撫でてみるも、反応はない。そんなディートフリートの姿を見て、ユリアーナは少し吹き出した。
一世一代の決心をして、押し倒されたときの想像までしたというのに、相手は熟睡している事実に笑えてしまったのだ。
「ふふっ。今日は忙しかったものね」
こんなに長時間立ちっぱなしで働くことは、今までなかっただろう。
疲れていても仕方がなかった。
「ディー……今日はいいけど、次はちゃんと……ね?」
ユリアーナはディートフリートのこめかみにそっと唇を落とすと、その隣に滑り込み、同じベッドで眠ったのだった。
荷物もそれほど多くなく、ディートフリートと二人でやると数往復で終わった。
家具も備え付けなので、買い足すものはほとんどない。
荷解きをして衣装棚に服を掛けていると、後ろからディートフリートが顔を寄せて覗き込んできた。
「服が少ないね。もう少し増やしてもいいんじゃないかな」
地味なワンピースが数着と、仕事着だけ。それも新しいものはひとつもない。清潔さを心がけてはいるが、ディートフリートの隣に並んで似合うものとは言えなかった。
もう恋愛などすることもなかったし、服やアクセサリーに気を使って色気を出す必要もなかったからだ。けれど今は、ディートフリートに可愛いと思われたかった。おしゃれをして、楽しみたい。
「ディーは、どんな服が好みですか?」
「そうだな、ユリアーナの着る物ならなんでも素敵だけど……昔はよく、ワインレッドのドレスを着ていたね。もう一度見てみたいな」
「今の私に似合うかしら……」
「似合うよ。その髪の色にも、絶対に」
後ろから優しく抱きしめられて、少女のようにドキドキとしてしまう。
昨日は夕方の忙しい時間帯に働きに戻り、そのまま宿の一室に泊まったので、まだ男女の関係には至っていない。
おそらくは今夜、ようやく結ばれることとなるだろう。それとも今なのだろうかと胸を高鳴らせる。
一つしかないセミダブルのベッドが、すぐそこで今か今かとユリアーナたちを待っているようにすら見えた。
どうしようと身を固くしていると、ゆっくりとディートフリートは離れていく。ほっとすると同時に、少し残念な気持ちも含まれた息を吐き出した。
「さて、そろそろ忙しい時間帯に入るんじゃないかな?」
「あら、もうそんな時間でした?」
時計を見るともう午後四時を指していた。
昨日もこの時間から忙しくなるからと、宿の方に戻っていたのだ。それをディートフリートは気にしていてくれた。
「じゃあ、すみませんが行ってきます。夜は遅くなると思いますが、必ずこちらに帰ってきますから」
「僕も一緒に行っていいかな?」
ユリアーナが外に出ようとすると、ディートフリートに後ろから声を掛けられる。
「ディーも?」
「宿で、料理人募集の張り紙をしていたよね」
「え? ええ」
「僕を雇ってもらえないかな」
その言葉にユリアーナは目を広げる。コトリ亭の厨房はおかみであるケーテが取り仕切っているが、彼女はその昔、貴族の元で働く料理人だったので味にうるさい人だ。人手がたりないのに料理人がなかなか決まらないのは、ケーテのお眼鏡にかなう人がいなかったからである。
もちろん、ディートフリートがいい物を食べて育ったのは知っているが、それと料理の腕前は別物だ。
「ディーは料理なんてしたことがないでしょう?」
「いや、するよ。僕の趣味なんだ。ユリアーナと別れたあとからのね」
にこにこと嬉しそうに笑うディートフリート。そんな趣味があったなんて、考えもしていなかった。
王族は普通、料理なんてものはしないだろう。もしかしたらこの日のために習っていたのかもしれないと思うと、ユリアーナの胸は熱くなった。
「ありがとう、ディー……」
一度離れていた体を、今度は自分から密着させる。
はしたないかもしれないと思ったが、もうこちらは二十三年も前に貴族から離れているのだ。ディートフリートだって、今は一般人という身分。
そっと腰に手を回されたかと思うと、体を押し上げられて唇が奪われた。
ふわふわ揺れるような居心地にうっとりしていると、少し離れたディートフリートは照れたように破顔している。
「行こうか。ケーテさんもユリアがいないと困っているだろう」
ディートフリートは少し顔を赤くしたまま、ユリアーナの手を取ってくれた。
「続きは、夜にね」
そんな風に言われて、やはり今晩結ばれるのだと確信する。もちろん嫌なわけではない。むしろ、何度夢見てきたことかわからない。
けれども、やはり初めて経験することというのは緊張するものだ。
ユリアーナとディートフリートは、そのまま手を繋いでコトリ亭まで歩いていく。
ディートフリートの温かさを感じる手は、嬉しくも気恥ずかしい。いい歳をした男女が手を繋いでいるのを見て、周りはどう思っているだろうか。
思えば、手を繋いで歩くなど初めての経験だったとふと気づく。
チラリと見上げると、彼の顔は少し強張っているようで。ディートフリートも緊張しているのかと、ユリアーナは笑ってしまった。
「……ふふっ」
「どうした? ユリア」
「すみません、嬉しくて」
心のままを伝えると、ディートフリートは目を細めて、優しく微笑んでくれる。
その顔を見るだけで、胸がきゅうきゅうと鳴き声を上げた。体からほかほかとしたものが溢れ出てきて、緩む顔を止められない。
そんな状態でコトリ亭に入ると、チェックインのお客でごった返していて、ユリアーナは慌ててケーテに近寄った。
「あ、ユーリ……じゃなくて、ユリア! すまないね、夕飯の準備に入りたいんだ。こっちを頼むよ!」
名前は、偽名のユーリをやめてユリア呼びにしてもらった。まだまだ慣れるまでには時間が掛かりそうだったが。
「おかみさん、ディーが料理人としてここで働きたいと言っているの」
「え? 王さんが? できるのかい?」
「ディートで構いませんよ。料理の腕と、舌には自信があります」
キリッと前を見据えて宣言する姿にくらりとなりつつも、ユリアーナは溢れた客を捌いていく。
そんなユリアーナを横目に、ディートフリートは厨房に連れられて行った。
厨房は、今から夜の九時くらいまでノンストップで忙しい。大丈夫だろうかと気になりつつも、ユリアーナは己の仕事をこなした。様子は見に行けなかったが、今日の料理は軒並み評判がよかったのでほっとする。
九時になって落ち着いたところで、ようやく宿の者の夕飯になった。
ディートフリートの作った賄い料理はいつもより豪華で、一般庶民の感覚を得るには少し時間が必要だろう。けれどおかみのケーテは、ディートフリートの作る料理をいたく気に入ったようだ。
ユリアーナは、ディートフリートの料理がここまでの物だとは思っていなかった。王城で食べていた頃の味と遜色なく、素直に感心する。
「美味しいかい、ユリア」
「ええ、とっても。びっくりしました」
正直な感想を告げると、ディートフリートはユリアーナに褒められて鼻高々といった感じで、嬉しそうに笑っていた。こういうかわいいとろは昔から変わっていないなと頬を緩めて料理を味わった。
結局ディートフリートは、コトリ亭の料理人として採用してもらった。
すべての後片付けを終えて、宿でお風呂に入らせてもらってから家路に着く。いつもは宿の一室に泊まっていたが、今日からは家があるのだ。
夜の街はもうひっそりと静まりかえっていて、月は綺麗だが暗くて少し怖い。
自分でも気づかぬうちにディートフリートに寄りそってしまっていて、優しく肩を抱かれた。
「ディー……」
「お疲れ、ユリア」
「ディーもお疲れ様でした。慣れない仕事で大変ではなかったですか?」
「そうだね。こんなにずっと立ちっぱなしということがないから、さすがに疲れたよ。宿の仕事というのは、思った以上に大変だね」
ははと笑うその顔は、疲れたと言う割には嬉しそうで、ユリアーナは少し安心する。
「ユリアは明日、朝六時に行かなければいけないんだろう? 大丈夫かい?」
「慣れてますから」
朝食はユリアーナとケーテの二人で準備できるので、ディートフリートの出勤時間は十一時からになった。そして午後二時まで働いてもらい、四時から十時までという変則シフトである。
ユリアーナは朝六時から夜の十時まで、早ければ九時終わりだ。でも一人で帰るのは怖いので、ディートフリートの手伝いをして一緒に帰ることになるだろう。
「就労時間が長すぎる。どうにかして改善していかないと、ユリアが倒れてしまうよ」
ああしてこうしてとブツブツ言っている姿は、きっと王であった頃と変わらぬ姿だろう。頼もしい限りだ。
この人がいる限り、コトリ亭も、そしてこの町も繁栄していく……そんな予感がひしひしとした。
家に帰るともう十一時近くなっていて、疲れているディートフリートにハーブティーを淹れてあげた。
もうお風呂は二人とも済ませている。あとはベッドに、入るだけ。
飲み終えたカップを流しに持っていき、それを洗いながらユリアーナはゆっくり深呼吸した。
いよいよだ。四十歳になって、いよいよ。
どれだけ深呼吸しても深呼吸しても、胸の鼓動はドキドキと高鳴るばかり。
嬉しい気持ちの方が大きいはずなのに、何故か手は震えている。
でも、ディートフリートなら。
ずっと、ディートフリートだけに捧げたいと思ってきたのだ。
それが今夜、ようやく叶う。齢四十にして初めてを、やっと捧げられる。
初めては痛いとも聞くし、怖くもあったが、ユリアーナは覚悟を決めた。
こんなに嬉しい夜は、他にないはずなのだから。
心を決めたユリアーナは寝室に続く扉を開ける。
そのベッドの上にはディートフリートがすでに横たわっていて、ユリアーナの心臓は極限状態にまで跳ねた。
「ディ、ディー……」
震える声で呼びかける。押し倒されてもいいように、無駄な力は抜いておく。
「ユリ……ア……」
「……ディー?」
くう、という寝息が聞こえてきた。
顔を覗くと、口を少し開けてくうくうと空気を移動させていた。
「寝て……る?」
少し頭を撫でてみるも、反応はない。そんなディートフリートの姿を見て、ユリアーナは少し吹き出した。
一世一代の決心をして、押し倒されたときの想像までしたというのに、相手は熟睡している事実に笑えてしまったのだ。
「ふふっ。今日は忙しかったものね」
こんなに長時間立ちっぱなしで働くことは、今までなかっただろう。
疲れていても仕方がなかった。
「ディー……今日はいいけど、次はちゃんと……ね?」
ユリアーナはディートフリートのこめかみにそっと唇を落とすと、その隣に滑り込み、同じベッドで眠ったのだった。
10
あなたにおすすめの小説
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる