若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

文字の大きさ
107 / 115
第三章 若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

107◉ユリア編◉ 03.初夜に

しおりを挟む
 翌日は、いつもより少し早くに仕事が終わった。
 夜道ではディートフリートが手を繋いでくれて、ユリアーナの心は心地よい風と共にさわさわと揺れている。
 そんな中、月を仰いだディートフリートの口から、王となった者の名前が出てきた。

「フローは頑張ってくれているかな」

 フローリアンは、ユリアーナが王都を離れてから身籠った王妃の子だ。会ったことはもちろんない。

「フローリアン様は、どういう方なのですか?」
「かわいい子だよ。なんにでも一生懸命で明るくて……ちょっとブラコンだけどね」

 そう言いながら照れ笑いするディートフリートがとてもかわいい。きっと、溺愛していたに違いないだろう。

「ディーに弟が生まれていてよかった……」
「そうだね。まぁ、無理を言って母上たちにお願いしたんだけど」
「まぁ、そうなんですか?」
「そうじゃなきゃ、僕はここに来られなかったさ」

 ディートフリートはユリアーナと一緒になるために、できることをすべてやってきたのだろう。

「もし生まれたのが女の子だったら、どうしたんですか?」

 ハウアドル王国では女性の地位は低く、王位継承権など与えられていない。
 そうなったら、もう一人子どもを妊娠するようにお願いしたのだろうか。王妃の年齢を考えると、そう何人も産めないはずだが。

「もし生まれたのが女の子だったら、男女関係なく王位を継承できるようにするつもりだったよ」
「それは……かなり難しいのでは?」

 男性優位のこの国で、女性が王位継承権を得るというのは大変なことだ。
 ディートフリートはその下準備なのか、一般の女性の地位向上の政策も行なっていたが、こちらはうまくいかなかったのか頓挫してしまっている。

「厳しいね。特に貴族の大反対にあった。無理に政策を推し進めようとすると、暴動すら起こりかねない状況だったよ」
「それでその政策は中途半端になってしまったんですね」
「ああ。でもあの頃の政策がきっかけで、王都では女性の地位向上が叫ばれるようになってきた。今は時流が追いついていないが、フローが三十を迎える頃には政策もスムーズに進むようになるだろう」

 現在の王フローリアンは、二十二歳だ。
 つまり、男が生まれていなかった場合、女性の王位継承権が認められるのは今から八年後になってしまったかもしれないということ。
 そうすると、ディートフリートが王族を離脱できる頃には、ユリアーナは四十八歳だったということになる。

「生まれたのが男の子で、本当によかった……」
「そうだね。これ以上待たされたら、僕は限界だったから」
「え?」

 聞き返した瞬間、ディートフリートの唇が降りてきた。そのままあっという間にユリアーナの唇と重なり合い、ゆるやかな口付けが繰り返される。

「ディ、ディー……」
「今日は……いいね」

 断定されるように言われて、ユリアーナはこくりと頷いてみせた。
 暗くて良かった。きっと顔は真っ赤になっていることだろう。
 月明かりに照らされたディートフリートは嬉しそうに微笑んで、またユリアーナの手を握って家路についた。

 寝室の扉を開けるディートフリートの後ろを、ユリアーナもついていく。
 昨日以上に心臓が爆発しそうになり、わずかに足が震えた。

「大丈夫かい」
「もう、頭が真っ白になって倒れそうです」
「倒れないでくれよ。これ以上のお預けは困る」
「昨日は、ディーの方が先に寝てしまったんですよ」

 少し頬を膨らませてみせると、ディートフリートはバツが悪そうに苦笑いした。そんな姿もかわいくてドキドキしてしまうから、困る。

「あはは、お預けをしてしまったのは僕の方だったな」
「もう、本当です」
「そんなにしたかった?」

 ニッと嬉しそうに笑うディートフリート。そんな顔を見せられると、カッと耳が熱くなった。

「も、もう……っ! ディーったら、意地悪ですっ」
「ユリア、かわいい」
「私は四十路ですよ?」
「関係ないよ。ユリアはいくつになっても、本当にかわいい」
「ディーの方が……」

 二十三年前のディートフリートも素敵だったが、今の彼は男の色気が溢れ過ぎている。
 ふっと笑うように目を細められて、頬に手を当てられた。手の温もりを感じてしまっては、今にも息が止まってしまいそうだ。

「そ、それ以上は……もう心臓が持ちません……」
「緊張してる?」
「当たり前ですっ」
「僕も緊張しているよ」
「本当ですか?」
「本当」

 そっと抱き寄せられると目元に唇を落とされた。
 ディートフリートの息が肌に当たる。大きな手がユリアーナの背に流されて、抱き寄せられる。

「あ……っ」

 驚くほどスマートに押し倒されて、ベッドの上からディートフリートを見上げた。

「愛しているよ、ユリアーナ。君が、欲しい」

 真剣なその瞳に吸い込まれそうになる。求めてくれることが、こんなにも嬉しい。

「ディー……私も、あなたが欲しい……」

 耳が燃えるくらいに熱くなった。自分の気持ちを伝えるというのは、こんなにも恥ずかしいものなのかと。
 けれども、きちんと伝えられたことが誇らしくもあった。

「嬉しいよ、ユリア……」

 ディートフリートの揺れる瞳。そういえば、彼は意外に涙もろい人だったことを思い出すと、愛おしさが溢れてくる。

「大好きです……十歳の頃からずっと……今も、そしてこれからも」
「僕もだよ。なにがあっても一緒にいよう。幸せに、生きていこう」

 ぽたり、とディートフリートの涙が落ちてくる。ユリアーナもまた、熱いものが目から流れた。
 ディートフリートの影がユリアーナの顔を覆い、お互いの唇を重ね合わせる。
 満ち足りる、という言葉はこんな時に使うのがふさわしいのだなと思いながら、ユリアーナはディートフリートのすべてを受け入れていた。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...