若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

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第三章 若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

108◉ユリア編◉ 04.結婚式

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 眠りから覚めると、目の前にはディートフリートの顔があった。
 ぎゅっと抱きしめられたままの素肌は密着していて、彼の体温が伝わってくる。
 くうくう寝息を立てているディートフリートの顔を見ていると、ユリアーナの口角は自然と上がっていった。

「ふふ……っ」

 漏れてしまう笑い声。昨夜のことを思い出すと、嬉しいような照れ臭いような、不思議な感情が体内を駆け巡る。
 ユリアーナはたまらなくなって、こつんとディートフリートにおでこを当てた。

「おはようございます、ディー」

 その声で、ディートフリートを夢の世界から戻してあげられたらしい。彼は目を半分開けると、ほやりと天使にくすぐられたように笑った。

「ん……ユリア……おはよう」

 まだ寝ぼけ顔のディートフリートがたまらなくかわいい。
 くすくすと笑っていると、彼は徐々に目が覚めてきたようだ。

「残念。またユリアの寝顔を見損ねたな」
「ふふ。私はたっぷり見させてもらいました」
「ずるい」
「ん」

 ディートフリートは仕返しとばかりにユリアーナの唇を奪っていく。朝から深いキスを施され、脳内は溶けるように熱くなる。

「っ、はぁ、ディー……」
「昨日は最高だったよ。ユリアの知らない顔をたくさん見られた」
「や、やだ、忘れてください……恥ずかしいですからっ」
「じゃあ、今晩も見せてくれるかい?」

 ずるいのはディートフリートの方だ。
 とろけるような笑顔で言われたら、イエスとしか言えないではないか。

「私だってディーの顔を、胸に焼き付けますよ?」
「あはは。いいよ、光栄だ」

 にこにこ顔で喜んでいるディートフリート。恥ずかしがっている様子がないのが、どこか悔しくて、ユリアーナは口を尖らせた。

「じゃあ、今晩の約束」

 ディートフリートに頭を抱えられるようにして、ユリアーナはまた唇を奪われてしまう。

 そうしてユリアーナは、この日も次の日もそのまた次の日も。ずっとずっと、ディートフリートの愛を一身に受け続けるのだった。




 ***




 ディートフリートがエルベスの町に来て三ヶ月が過ぎた。

 ユリアーナは姿見を前に、そっと胸を押さえる。

 純白のドレスに身を包んだ己の姿に、胸を高鳴らせるのはおかしなことだろうか。

 齢十の頃から、ずっと夢見続けてきた姿。
 もちろんここは王都ではないし、結婚式のパレードなんかもない。小さな町の、小さな結婚式。
 十代の頃に思い描いていたものとかけ離れてはいたが、愛する者と結婚できるという幸せをユリアーナは噛み締めた。

「時間だよ、ユリア!」

 コトリ亭の女将、ケーテが呼びに来てくれる。
 着付けをしてくれた女性に礼を言って、ユリアは教会の控室をあとにした。

「ユリア」

 部屋を出ると、タキシード姿のディートフリートが笑顔でユリアーナを迎えてくれる。
 ずっと王として振舞ってきた彼のその服の着こなし、そして立ち居振る舞いは、くらりと気を失いそうになるほど、さまになっていて男らしい。

「すごく……すごく綺麗だ。ユリアーナ」

 ユリアーナがディートフリートを見ていたのと同じように、ユリアーナも愛する人にくまなく見られている。嬉しくはあるが、熱い視線を浴びて、心の中はどこか落ち着かない。

「じっと見られると恥ずかしいです……こんなドレスが似合う年ではないですし……」
「似合っているよ。ユリアーナの気品がそうさせるんだ」
「そんな、私などよりディーの方がよっぽど……」
「二人とも、それくらいにしとかねーと、みんな待ちくたびれてますって!」

 ディートフリートの元護衛騎士が、ユリアーナたちを見て楽しそうに笑っている。
 兄のような存在のルーゼンに言われたディートフリートが照れ臭そうに笑っていて、ユリアーナも思わず微笑んだ。

「じゃあユリアにディート、扉の前に立って!」

 ケーテに促されて、教会の扉の前に立つ。スマートに上げられたディートフリートの肘に、ユリアーナは手を流した。
 そうしてディートフリートを見上げると、彼もユリアーナに向いていて視線が交わる。

「行こうか、ユリア」
「はい」

 パイプオルガンの高鳴りに合わせて、扉が開かれた。
 小さな教会内は幾人もの町人で埋め尽くされていて、音楽と共に迎えてくれる。
 その狭いバージンロードを、ユリアーナたちはゆっくりと進んだ。
 神父の前まで来ると、婚姻の誓約書にサインを交わし、事前に用意してくれていた指輪の交換がなされる。
 左手の薬指に、なんの飾りもないシンプルなリング。
 ディートフリートがこの三ヶ月間働いて、自分で稼いだお金で買った物だ。生活もあったし、高価と呼べる物ではないかもしれない。
 それでもこのリングを薬指につけてもらった時、ユリアーナの涙は溢れそうになった。

「それでは、誓いの言葉を」

 神父に促され、まずはディートフリートがよく通る声を上げた。

「ディートフリートはユリアーナを妻とし、病めるときも健やかなるときも時を共にし、この命ある限り愛し続けることを誓います」

 ディートフリートが滞りなく定型文を述べ、今度はユリアーナが誓いの言葉を声に出す。

「ユリアーナはディートフリートを夫とし……」

 そこまで言うと、鼻がツンと痛みを持った。
 凛と告げるつもりだったのに、万感の想いが募りすぎたのか、言葉がうまく出てこない。

「ユリア……」

 心配そうなディートフリートを見上げると、情けないことに涙がころんと転がってしまった。
 色々あった。ここまで、本当に色々と。
 ディートフリートはきっと、それ以上に色んなことがあったに違いない。待つしかできなかったユリアーナとは違う、たくさんの苦労が。
 それでも困難に打ち勝って頑張ってくれたディートフリートのことが、心から愛しい。

「ディー……私は、あなたが大好きです。なにがあっても、もう二度と離れたくありません。不惑の私を娶ってくれてありがとう……これから私がおばあちゃんになっても、ずっとずっと一緒にいてください。ディー、愛しています……」

 勝手に溢れ出てくる言葉は全部本心で。
 ユリアーナの言葉を聞いたディートフリートは、目を潤ませながら微笑んでくれる。

「わかっているよ、ユリア。今の君は本当に素敵だけど、不惑を過ぎた君はもっと素敵になっている。だから僕は君に夢中になるんだ。いくつになっても」

 そう言うとディートフリートはユリアーナのヴェールをそっと後ろへと流した。

「愛しているよ。ずっと一緒にいよう。幸せになろう。それは、僕の願いでもあるんだから」
「ディー……!」

 神父が誓いのキスを、という前に、ディートフリートに唇を奪われた。
 教会内がわっと盛り上がり、祝福の声がいつまでも響く。
 ユリアーナとディートフリートは、その歓声の中で、もう一度キスを交わしたのだった。
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