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六章 出会い
2、桃莉の成長
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長い長い交渉の末に、桃莉公主はお使いを引き受けた。
褒美に土月餅をもらうことが条件だ。
土月餅は十二支や人の形を模したもので、餡は入っていない。
「季節外れなのだけどねぇ」と、蘭淑妃は困ったように微笑んだ。
椅子から立ち上がろうとした蘭淑妃は、小さく呻いた。捻挫が痛んだのだろう。
「お母さま。あし、いたいの?」
「ええ。ひねってしまったの。歩くのがつらいわね」
「だからタオリィがおつかいなの?」
再び椅子に腰を下ろした蘭淑妃の顔を、桃莉公主は見上げる。
「タオリィね。ドゥユエビンなくてもいいよ。お母さまのいたいのなおるなら、がんばれるよ」
「桃莉」
蘭淑妃は感極まったのだろう。瞳を潤ませながら、桃莉公主を抱きしめた。
「いいのよ。桃莉が勇気を出して、頑張ってくれるんですもの。土月餅をたくさん作ってもらいましょうね。かわいい犬の形がいいかしら、それとも鳥かしら」
「あのね。タオリィね、ししがいいの。りゅうもとらも、つくってもらってね、がおーってたたかうのよ」
「獅子に龍に虎なの?」
愛らしい面立ちの娘が、意外にも勇壮な趣味をしていることに蘭淑妃は驚いた声で問い返した。
桃莉公主に付き従うのは、侍女頭だ。だが、それでは桃莉は納得しなかった。
「ツイリンもいっしょ」
「いえ。私は皇后陛下の宮には入れませんよ」
宮女でしかない翠鈴が、公主のお供で皇后にお目にかかることはできない。
「でも……」と、桃莉は翠鈴の腰にしがみついた。ままごとという名の泥遊びをしていた桃莉の手は汚れている。侍女が「ひぃ」と短い悲鳴をあげた。
「そういうところなのだけどね」
桃莉と翠鈴から離れる侍女に目を向けて、蘭淑妃が小さく呟く。
「あの『そういうところ』って、どういうところでしょうか」
「いえ、いいのよ。無理をしても続かないから」
結局、主の真意を測ることができなかった侍女は、首を傾げた。
蘭淑妃は知っていた。
外遊びが好きな桃莉の扱いに、侍女たちが困っていることを。
泥で汚れた手で抱きつかれては困るから。侍女たちは、つい桃莉と距離を取ってしまう。
人見知りがきついと言われる桃莉だが。実際のところは、侍女たちが桃莉を敬遠しているのも原因だ。
(わたくしも、もっと気楽な衣裳を着ていたなら。汚れても大丈夫なのだけれど)
きれいに結いあげられた髪に、重いほどに金細工の髪飾りをつけて。少し動くだけでも、シャラシャラと耳の側で音がする。
それに絹の衣裳は、洗うのに細心の注意を払ってもらわなければならない。
(翠鈴のような簡素な服であれば、もっと桃莉と遊んであげられるのに)
宮女を羨むなんて、四夫人としてどうかしている。
それでも、ちゃんと娘と遊んであげたい。他愛もない話で笑いたい。
桃莉はまだ幼いけれど。子供の成長は早い。
(髪飾りの音に邪魔されなければ、桃莉の微かな呟きも、ぜんぶ聞こえるのに)
この子が嫁ぐまでの時間が、どれほどあるのか。
蘭淑妃は、足の痛みを堪えながら立つ。
そっと桃莉の頭に手を置いて、撫でてあげた。
「翠鈴には、途中まで付いていってもらいましょう。外で待っていてもらって、帰りも一緒ですよ」
「それなら、いいよ」
桃莉の声には力がこもっていた。
幼い彼女にとっては、一大決心のはずだ。
褒美に土月餅をもらうことが条件だ。
土月餅は十二支や人の形を模したもので、餡は入っていない。
「季節外れなのだけどねぇ」と、蘭淑妃は困ったように微笑んだ。
椅子から立ち上がろうとした蘭淑妃は、小さく呻いた。捻挫が痛んだのだろう。
「お母さま。あし、いたいの?」
「ええ。ひねってしまったの。歩くのがつらいわね」
「だからタオリィがおつかいなの?」
再び椅子に腰を下ろした蘭淑妃の顔を、桃莉公主は見上げる。
「タオリィね。ドゥユエビンなくてもいいよ。お母さまのいたいのなおるなら、がんばれるよ」
「桃莉」
蘭淑妃は感極まったのだろう。瞳を潤ませながら、桃莉公主を抱きしめた。
「いいのよ。桃莉が勇気を出して、頑張ってくれるんですもの。土月餅をたくさん作ってもらいましょうね。かわいい犬の形がいいかしら、それとも鳥かしら」
「あのね。タオリィね、ししがいいの。りゅうもとらも、つくってもらってね、がおーってたたかうのよ」
「獅子に龍に虎なの?」
愛らしい面立ちの娘が、意外にも勇壮な趣味をしていることに蘭淑妃は驚いた声で問い返した。
桃莉公主に付き従うのは、侍女頭だ。だが、それでは桃莉は納得しなかった。
「ツイリンもいっしょ」
「いえ。私は皇后陛下の宮には入れませんよ」
宮女でしかない翠鈴が、公主のお供で皇后にお目にかかることはできない。
「でも……」と、桃莉は翠鈴の腰にしがみついた。ままごとという名の泥遊びをしていた桃莉の手は汚れている。侍女が「ひぃ」と短い悲鳴をあげた。
「そういうところなのだけどね」
桃莉と翠鈴から離れる侍女に目を向けて、蘭淑妃が小さく呟く。
「あの『そういうところ』って、どういうところでしょうか」
「いえ、いいのよ。無理をしても続かないから」
結局、主の真意を測ることができなかった侍女は、首を傾げた。
蘭淑妃は知っていた。
外遊びが好きな桃莉の扱いに、侍女たちが困っていることを。
泥で汚れた手で抱きつかれては困るから。侍女たちは、つい桃莉と距離を取ってしまう。
人見知りがきついと言われる桃莉だが。実際のところは、侍女たちが桃莉を敬遠しているのも原因だ。
(わたくしも、もっと気楽な衣裳を着ていたなら。汚れても大丈夫なのだけれど)
きれいに結いあげられた髪に、重いほどに金細工の髪飾りをつけて。少し動くだけでも、シャラシャラと耳の側で音がする。
それに絹の衣裳は、洗うのに細心の注意を払ってもらわなければならない。
(翠鈴のような簡素な服であれば、もっと桃莉と遊んであげられるのに)
宮女を羨むなんて、四夫人としてどうかしている。
それでも、ちゃんと娘と遊んであげたい。他愛もない話で笑いたい。
桃莉はまだ幼いけれど。子供の成長は早い。
(髪飾りの音に邪魔されなければ、桃莉の微かな呟きも、ぜんぶ聞こえるのに)
この子が嫁ぐまでの時間が、どれほどあるのか。
蘭淑妃は、足の痛みを堪えながら立つ。
そっと桃莉の頭に手を置いて、撫でてあげた。
「翠鈴には、途中まで付いていってもらいましょう。外で待っていてもらって、帰りも一緒ですよ」
「それなら、いいよ」
桃莉の声には力がこもっていた。
幼い彼女にとっては、一大決心のはずだ。
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