小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

一章

17、ぜったい、やだ

　お母さまと手をつないだわたしを、お父さまが「マルティナ、おいで。書斎で話がある」とよんだの。
　なんだろう。いつもだったら「ただいまー、マルティナ」とか「お父さまと会えなくて寂しかっただろう？」なんて言って、だっこしてくれるのに。
　けさは、だっこがないの。

　わたしとつないだお母さまのほそい手に、きゅっと力がこもるのが分かった。
　
　ふあんに思いながら、頭の後ろに手をやるとリボンにさわれないの。あ、そうだ。お気に入りのリボンはもうアレクにあげちゃったんだ。

　重いとびらを　しつじが開けてくれて、お父さまとわたしたちはおへやに入った。
「お飲み物をお持ちいたします」っていう　しつじの言葉にも「すぐに終わるからいい」と、お父さまはことわったの。

　どうしちゃったんだろ？
　お母さまといっしょにソファーにすわって、まどべに立つお父さまを見つめる。
　お父さまはため息をついたあと、まゆの間を指でおさえたの。

「マルティナ。ヨアキムは知っているな？」
「うん」
「彼のことをどう思う？」

　どうって……すがたを見たらにげた方がいいとしか。
　しつもんのいみが分からなくて、やっぱりわたしはお母さまを見上げたの。

「あー、そうだな。じゃあ、ヨアキムのことを好きか嫌いかで言えば、どっちかな」
「きらい」
「即答だな」

　お父さまはへにゃってまゆを下げた。そして、どさりと　いすにこしをおろしたの。

「そうだよなー、好きな訳がないよな。私があれくらいの年頃でも、もっと紳士的だったぞ」
「私が、と仰っても。殿下は元々王子さまですよ」
「それもそうだが」

　お母さまの言葉に、お父さまはにがわらいをうかべた。
　
「そう、ヨアキムは王族に名を連ねる少年だ。だが、マルティナの婿には王族でなければならない決まりはない」
「むこってなぁに？」
「ん？　マルティナの夫……えーと、そうだな。結婚相手だ」
「けっこん」

　なに、それ。マルティナ、まだ六さいだよ？　それにどうしてヨアキムがけっこんあいてなの？
　どうしてそんな悪いじょうだんを言うの？

「やだっ」
「マルティナ？」
「ぜったい、やだっ」

　とつぜん立ち上がったから、お母さまの手からわたしの手がはなれて。でも、お母さまがかなしそうなお顔をしてることには気づかなかったの。
　
　だって、マルティナがんばったんだよ。お父さまもお母さまもいないのに、泣かなかったんだよ。もしアレクがいてくれなかったら、朝までさびしくて泣いてたかもしれないのに。
　なのに、そんな大っきらいな子とけっこんしろって言うの？
　ひどい、ひどいよ。

　わたしはおへやのとびらを開けようとしたけれど。重くてうごかないの。
　それでも全身で力をこめてひっぱったら、なんとか開いて。とびらのすきまに体をすべりこませて、ろうかに出た。
　さっきまでお父さまとお母さまに会えてうれしくて、手をつないで歩いたろうか。
　一人きりだと、とっても広くて。もうすぐ夏なのにひんやりとしていた。

「マルティナ。お待ちなさい。まだお父さまのお話は終わっていないの」
「いやっ、きかない」
「お願い、最後まで聞いてちょうだい」

　どんどんお母さまの声が小さくなっていく。「マルティナ、まだ話は終わってないんだ」っていうお父さまの声。
　やだ、やだっ。マルティナ、何も聞きたくないの。