小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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一章

18、すとらいき けっこう

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 ろうかに落ちる色ガラスのきらきらした光。いろんな色があって、まるで宝石みたいできれいなはずなのに。
 今日はぜんぜんそんな風に思えなくて。
 わたしは自分のおへやに入って、とびらをしめた。

 ぱたぱたとかるい足音。きっとお母さま。それにかさなる足音はお父さま。
 いやっ、マルティナはしらないんだから。

 いすをぎぎーっと引っぱって、おもいけどがんばって引っぱって、とびらの前におく。それからベッドのそばのサイドテーブルも。
 ほんとは本だなもおきたかったけど。どうしてもうごかないの。

「マルティナ。開けてちょうだい」
「やっ」
「さっきのヨアキムとの話は……」
「そんなお名前、聞きたくないの」

 お父さまの言葉をさえぎって、わたしは両手で耳をふさぐ。
 その時、いすとサイドテーブルでふさいでいたとびらが、ゆっくりと開いた。

「姫さま。バリケードは感心しません」

 え? なんでアレクがいるの? 足音、きこえなかったよ。
 そうか、耳をふさいでたんだ。

 わたしがひっしの思いでうごかした家具なのに。アレクは片手で両方とものけてしまった。

「殿下のお話は、中座なさらずに最後までお聞きください」
「……はい」

 ちゅうざのいみが、分からないけど。わたしはすなおにうなずいた。
 じゃないと、もっとおこられてしまいそうだったから。
 それくらい、アレクはこわいお顔をしていた。

 こんなこわいお顔のアレクは、はじめて。
 だって、いつもにこにこしてるんだよ? ほかの人はアレクは「ぶあいそう」っていうけど。「ぶあいそう」に見えてるときでも、目がやさしいんだよ?

 おこられちゃうのかな。きらわれちゃうのかな。
 どうしよう「姫さまは、バカでいらっしゃるから。このアレクは、もうおつかえできません」なんて見すてられたら。
 またお父さまのごえいにもどっちゃうのかな。
 このきゅうでんですれちがっても、話しかけてくれないのかな。
 マルティナがころんで、立ち上がってもほめてくれないのかな。

 そんなの……やだ。
 目もとがあつくなって、じわっとなみだがにじんできた。
 とびらのすきまから見えるアレクの顔が、ぼやけてるよ。
 どんなひょうじょうか、分からないよ。

 アレク……アレク。
 わたしは手をぐーにして、あふれてくるなみだをぬぐった。

◇◇◇

 ああ、どうしよう。姫さまが泣いておられる。
 声もなく、忍ぶように。
 そんなにもヨアキム少年との婚約がお嫌なのですか。
 姫さまのお気持ちは、痛いほどよく分かる。
 ですが、クリスティアンさまもマルガレータさまも婚約を無理強いなさるおつもりはないのです。

「妃殿下も心配なさっています。姫さま、お二人が姫さまにとって不利になること、不幸になることを承諾すると思えますか?」
「おもえません」

「では、お部屋に入ってもよろしゅうございますね?」
「よろしゅうございます、です」

 姫さまはバリケードを築いたおつもりだろうが。こんなものは片手で簡単にドアを開くことができる。まぁ、殿下なら両手でないと無理だろうが。

 ぎぎぎっと軋む音を立てながら、私はゆっくりと扉を開いた。一気に開くと、姫さまが驚いてしまわれるから。

「ア、アレクーぅ」
「はい、なんですか。姫さま」

 私が床にしゃがみこむと、姫さまは涙をこぼしながら私の首にしがみついて来た。
 もっと幼い頃から、転んだ時にはすぐにこうして私に抱きついてこられたのだ。
 そうですね。意地悪な相手との婚約話なんて、転んだ時みたいに心が痛いですよね。

 涙を拭って差し上げようとして、今日は仕事ではないのでガーゼのハンカチを用意していないのを思い出した。
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