小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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一章

20、やきもち

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 お父さまのお話はこうだった。

 ヨアキムのお父さまが、わたしのおじいさまに二人をけっこんさせたいって話したんだって。
 おじいさまは、お父さまにそうだんしたらしいの。

――マルティナもヨアキムもまだ子どもです。これから多くの人と出会うでしょう。生涯の伴侶を、周囲の大人が勝手に決めてよいとは思えません。

 お父さまの言葉はやっぱりわたしには、むずかしい。
 でもお父さまは、お母さまとけっこんしたけれど。お母さまはこの国の人じゃないの。
 おとなりの国で、しかも「没落した貴族なの」って言ってたよ。

「ぼくらくってなぁに?」ってお母さまにきいたら。
「ぼつらく、よ。落ちぶれて、貴族じゃなくなったのよ」ってさびしそうに教えてくれた。「でもね、お父さまはお母さまのお家が落ちぶれても気にせずに、好きになってくださったの」って。

 うん、分かる気がする。
 お母さまがきぞくじゃなくなっても、お父さまはお母さまが大すきなの、分かるよ。

――婚約はともかくとして、ヨアキムと今後仲良くなるかどうかは、マルティナに決めさせます。
 
 そう、わたしがしょうらいのことを決めなきゃいけないの。
 これまでぜんぜん考えてもなかったのに? 家庭教師におべんきょうをおしえてもらってるけど。こんやくとか、そういうのならってないよ?

「マルティナ。ヨアキムのことはどう思う?」
「きらい」
「あー、だろうな。好きになる要素はなさそうだ。向こうはマルティナのことを気に入ってるみたいだが」
「ぞうなんですか?」

 とつぜん、口をはさんだのはアレクだった。
 わたしがしがみついてるから、くるしそうな声だったけど。

「どうした? アレクサンドル。『像』がどうした」
「ずびばぜん。お手を」

 首をかしげるお父さまの前で、アレクはわたしのうでをひきはがしたの。
 あーっ。やだっ、はなれないんだから。
 ひっしにしがみついたら、アレクの首をしめちゃった。

「げほ……姫さま、過激すぎです」
「ご、ごめんなさい。つい」
「つい、で殺されそうになっては困ります」

 アレクが落ち着くと、お父さまが「アレク。『像』と『ずびばぜん』が分からないのだが」と尋ねた。

「……殿下、そこはこだわるところではありません」
「えー?」
「話を進めてもよろしいですか? よろしいですね?」
「はい」

 お父さまが、しゅんとしてうなだれた。こういうかるい口のききかたをするとき、ずっと前からアレクとお父さまは仲がよかったのね、と気づく。
 
「まさかヨアキム少年が、マルティナさまに好意を抱いているとは存じ上げませんでした」
「……アレク。お前、素直に育ったな?」
「は?」

 後ろからお顔をのぞきこむと、アレクは目を丸くしてる。
 アレク、すなおなんだ。

「私はそういうのは好まないが。世の中には好いた子に意地悪をする男子がいるらしいぞ」
「意地悪をする意味はあるのですか?」
「気を惹く為らしい」
「はーあ?」

 アレクの声はうらがえった。信じられないことを聞いたって顔をしてる。

「畏れながら。嫌われるような意地悪をして、さらに相手に好いてもらうなど道理が通じません。それとも最近は、そういう新しい趣味というか駆け引きがあるのですか?」
「昔から、あるらしいぞ」
「理解できません」

「だよな。私もだ。わざわざ意地の悪いことをして相手に嫌われて落ち込むのならば、普通に優しくすればいいと思うのだが。効率が悪すぎるよな」
「もしかして殿下と私は、その……一般からずれているのでしょうか」
「私も素直に育ったのだろうなぁ」

 お父さまとアレクは、むずかしいお話をして、おたがいに「うーん」とうなってる。
 
「まって。いじわるするのが、すきってことなら。アレクはお母さまのごえいの女の人にいじわるされてたよ!」
「え?」

 わたしの言葉に、アレクがふりかえる。わぁ、とってもお顔のいちが近い。
 いやん、はずかしい。
 でも、せっかくしがみついてるんだから。このままはなれないの。

「姫さま。あれは好意の裏返しの意地悪ではありません。彼女は誰に対してもああなのです、そもそも底意地が悪い性格なんです」
「いじわるされてうれしくなかったの?」
「なんで、私が嬉しがるんですか」
「ほんとに?」
「本当です。信じてください」

 そっかぁ。よかった。
 ほっとしてたら、なぜだかお父さまがにやにやしてるの。

「ほほー、可愛いやきもちを焼いてもらえてよかったなぁ、アレクさん?」
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