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二章
9、どきどきするの【1】
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お約束の時間が近づいてきた。
わたしはバルコニーに出て、アレクが来るのを今か今かと待っていたの。
お庭に咲いている黄色い小花が一斉に散ったのか、星屑をばらまいたみたいに風に乗る。
「あ、アレク……」
いつもみたいに背筋を伸ばしてまっすぐに歩くアレクの姿が、星屑のようなお花に紛れてしまう。
「アレクー」と呼ぼうとしたのに、バルコニーにも風が吹いてきて。そのせいで、お母さまに梳いてもらった髪が乱れちゃった。
だめよ、ちゃんと髪を整えておかなくっちゃ。
でも、お部屋に戻ったらアレクの姿が見えない。
ああ、どうしよう。普段だったら髪の乱れなんてほとんど気にならないのに。どうして今日に限って、すっごく気になるの?
リボンは大丈夫かしら。頭の後ろだから、見えないわ。
その時、ノックの音がしてわたしは跳び上がりそうになった。
なんでー? さっき庭にいたじゃない。足が速すぎるわよ。
「姫さま、アレクサンドルです。入ってもよろしいですか?」
「待って、まだなの」
「ですが。先ほど妃殿下にお目通りしましたが。すでに用意はできていると仰っていました」
お母さまぁ。用意はできていても心の準備ができてないの。
髪が、リボンが……ああ、どうしよう。どうしたらいいの?
◇◇◇
姫さまのご様子がおかしい。
普段ならば、庭を歩く私の姿を目にしたならばお行儀悪く階段を駆け下りて迎え出てくださるのに。
なぜ今日に限って部屋に入れてくださらないのだ?
はっ。もしかして。
私は頭の中でぐるぐると考えが渦巻いた。
――やっぱり護衛と一緒じゃなくて、自由に散策したいの。アレクってば邪魔。だって堅苦しいんだもの。
そんなことはないです、姫さま。
確かに私は普段は口うるさいかもしれません。ですが、それはマルティナさまに気品ある立派な姫君になっていただきたいからこそ。
愛あるが故の厳しさなのです。
それにいくら平和な国といえども、姫さまをお一人で出かけさせることはできません。
「何でもないから、廊下で待っていて」
「まさかお怪我をなさったのですか? 怒りませんから、開けてください」
「怪我なんてしてないから」
「ではカップを割ってしまわれたのですか?」
「割ってないもの」
扉の向こうから聞こえてくる、いかにも心細そうなか弱い声。
何かを隠していらっしゃる?
廊下は北に面している所為か、足下をひんやりとした風が吹き抜けた気がした。
「姫さま。入りますよ」
「まって、まだだって」
「ですがお約束の時間は過ぎております」
護衛の特権は、主の安全の為ならば主の意思を無視しても良い、というところだ。
何よりも主の安全確保が優先される。
どうやら姫さまは必死にドアを押さえていらっしゃるようだが。私から見れば、あまりにも非力でいらっしゃる。
片手でドアノブを押すと、扉は簡単に開いた。
ずずず、とドアと一緒に姫さまが壁側へと押しやられる。清楚な紺色のワンピースに、白い手編みのレースの衿。とても愛らしいお姿だ。
「準備出来ていらっしゃるじゃないですか」
「……できてるけど、できてないもの」
唇を引き結んだ姫さまが、上目遣いに私を睨みつけてくる。
困りましたね。ご機嫌斜めですか。
どうにも年頃の女の子というのは難しい。
私には兄しかいない上に、騎士見習いの頃から男性ばかりの中で過ごしてきた。近衛騎士団に入ってからは、女性の同僚もできたのだが。性別は関係なく仕事仲間だからな。
ふと、姫さまの頭上に黄色いものが載っているのが目についた。
それを取ろうと手を伸ばすと、姫さまはとっさに後ろに身をよける。
なぜ? 避けられるようなことをしましたか、私は。
指先がつまんだそれは小さな花びらだった。
「お花がついていましたよ」と姫さまに見せると。姫さまは今にも泣きそうに潤んだ瞳で見上げてきた。
わたしはバルコニーに出て、アレクが来るのを今か今かと待っていたの。
お庭に咲いている黄色い小花が一斉に散ったのか、星屑をばらまいたみたいに風に乗る。
「あ、アレク……」
いつもみたいに背筋を伸ばしてまっすぐに歩くアレクの姿が、星屑のようなお花に紛れてしまう。
「アレクー」と呼ぼうとしたのに、バルコニーにも風が吹いてきて。そのせいで、お母さまに梳いてもらった髪が乱れちゃった。
だめよ、ちゃんと髪を整えておかなくっちゃ。
でも、お部屋に戻ったらアレクの姿が見えない。
ああ、どうしよう。普段だったら髪の乱れなんてほとんど気にならないのに。どうして今日に限って、すっごく気になるの?
リボンは大丈夫かしら。頭の後ろだから、見えないわ。
その時、ノックの音がしてわたしは跳び上がりそうになった。
なんでー? さっき庭にいたじゃない。足が速すぎるわよ。
「姫さま、アレクサンドルです。入ってもよろしいですか?」
「待って、まだなの」
「ですが。先ほど妃殿下にお目通りしましたが。すでに用意はできていると仰っていました」
お母さまぁ。用意はできていても心の準備ができてないの。
髪が、リボンが……ああ、どうしよう。どうしたらいいの?
◇◇◇
姫さまのご様子がおかしい。
普段ならば、庭を歩く私の姿を目にしたならばお行儀悪く階段を駆け下りて迎え出てくださるのに。
なぜ今日に限って部屋に入れてくださらないのだ?
はっ。もしかして。
私は頭の中でぐるぐると考えが渦巻いた。
――やっぱり護衛と一緒じゃなくて、自由に散策したいの。アレクってば邪魔。だって堅苦しいんだもの。
そんなことはないです、姫さま。
確かに私は普段は口うるさいかもしれません。ですが、それはマルティナさまに気品ある立派な姫君になっていただきたいからこそ。
愛あるが故の厳しさなのです。
それにいくら平和な国といえども、姫さまをお一人で出かけさせることはできません。
「何でもないから、廊下で待っていて」
「まさかお怪我をなさったのですか? 怒りませんから、開けてください」
「怪我なんてしてないから」
「ではカップを割ってしまわれたのですか?」
「割ってないもの」
扉の向こうから聞こえてくる、いかにも心細そうなか弱い声。
何かを隠していらっしゃる?
廊下は北に面している所為か、足下をひんやりとした風が吹き抜けた気がした。
「姫さま。入りますよ」
「まって、まだだって」
「ですがお約束の時間は過ぎております」
護衛の特権は、主の安全の為ならば主の意思を無視しても良い、というところだ。
何よりも主の安全確保が優先される。
どうやら姫さまは必死にドアを押さえていらっしゃるようだが。私から見れば、あまりにも非力でいらっしゃる。
片手でドアノブを押すと、扉は簡単に開いた。
ずずず、とドアと一緒に姫さまが壁側へと押しやられる。清楚な紺色のワンピースに、白い手編みのレースの衿。とても愛らしいお姿だ。
「準備出来ていらっしゃるじゃないですか」
「……できてるけど、できてないもの」
唇を引き結んだ姫さまが、上目遣いに私を睨みつけてくる。
困りましたね。ご機嫌斜めですか。
どうにも年頃の女の子というのは難しい。
私には兄しかいない上に、騎士見習いの頃から男性ばかりの中で過ごしてきた。近衛騎士団に入ってからは、女性の同僚もできたのだが。性別は関係なく仕事仲間だからな。
ふと、姫さまの頭上に黄色いものが載っているのが目についた。
それを取ろうと手を伸ばすと、姫さまはとっさに後ろに身をよける。
なぜ? 避けられるようなことをしましたか、私は。
指先がつまんだそれは小さな花びらだった。
「お花がついていましたよ」と姫さまに見せると。姫さまは今にも泣きそうに潤んだ瞳で見上げてきた。
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