小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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二章

10、どきどきするの【2】

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 アレクがわたしの頭を触ろうとしたから、とっさに避けてしまった。
 どうして? 彼に頭を撫でてもらうのなんて、小さい頃なら当たり前のようにしてもらっていたわ。
 なのに、今日はそれが耐えられなくて。

「お花がついていましたよ」

 ああ、どうしよう。アレクが困った顔をしてる。わたし、失礼なことをしたわよね。
 なのにアレクは傷ついた風でもなく、花びらをてのひらに載せてじっと見つめている。
 深い琥珀色の瞳がとても優しい。

 大好きなアレクなのに、こんな態度を取りたくないのに。心とは裏腹な態度なんて取りたくないのに。
 
「お怪我もなさそうですし、何かが割れたようでもありませんね。安心しました」
「……ごめんなさい」
「何を謝ることがありますか?」

 アレクの声は穏やかだった。大人だから、わたしみたいに慌てふためいたり、訳の分からない感情に振りまわされることがないのね。
 こぼれそうになる涙をぐっとこらえて、わたしは首を振った。

 彼を誘ったのはわたし。一緒にお出かけしたかったのはわたし。
 なのに、こんな失礼な態度を取ってはいけないわ。

 きゅっと瞼を閉じて首を振り、次に瞼を開いた時には笑顔を浮かべる。
 
「ね、アレク。このお洋服、変じゃないかしら」
「とてもお似合いですよ」
「でも、地味かしらって思うの」
「いいえ、そんなことはございません。瞳の色と髪のリボンと洋服が同系色でまとめられていて、たいそうお美しいです。姫さまの愛らしさがよく引き出されています」

 褒められて、なんだかもぞもぞとしてしまう。
 さっきの笑顔は、頑張って作った笑顔だったけど。今はほっぺたが緩んで、にやけてしまう。

「本当に可愛らしいですよ」
「う、うん」

 あまりにも恥ずかしくて、わたしはアレクに背中を向けた。

「信じておられませんね? 姫さまは、私にとっては世界で一番お可愛くていらっしゃるのですから」
「ありがとう……」
「まだ言葉が足りませんか? そうですね、最近は愛らしさと聡明さを併せ持っていらっしゃいますね。お悩みになることも多そうですが。それもまた感受性が鋭い証拠ですよ」

 もうやめてー。
 嬉しすぎて、恥ずかしすぎて。駄目になっちゃいそう、人として。
 アレクの言葉が温かすぎて、バターみたいにてろんと溶けちゃうよ。
 頬に両手を当てると、案の定ほわっと熱くなっていた。

「少しリボンが斜めになっていますね」とアレクがリボンの位置を直してくれる。
 結ぶのは、わたし同様苦手みたいだけど。

「姫さま。もしかしてお召し物を気になさっていたのですか? それで私に入って来てほしくないと?」
「……うん」

 わたしは頷いた。嘘じゃないけど、本当でもない。
 でもね、この妙な気持ちを説明する言葉がないの。
 
 もう十二歳だから、小さい頃みたいにアレクにだっこしてってお願いできない。
 あの頃は、あんなに遠慮なくアレクに甘えられたのに。大きくなってもっと大人になりたいって願っていたのに……幼い頃のように自然に振る舞うことができない。
 もう何が正解か分からないの。

◇◇◇

 火を焚く湖畔までは、王宮から歩いてもそう遠くないから。わたし達は馬車には乗らずに、暮れかかった道を歩いた。

 夏の夜はとてもとても長いから、透明に澄んだ夕暮れの紫や薄紅の空が夜中まで続く。道の両側にすっと伸びた森の木々は、まるで影絵のように黒い。
 轍の間に草が生えて、そこからぴょんと緑のバッタが跳び出した。

「私が小さい頃は、こういう虫をよく捕まえていましたよ」
「捕って、どうするの?」
「観察ですかね。あとは綺麗な鳴き声の虫……声といっても翅をこすり合わせた音なんですが、それを聞くために屋敷に持って帰ったりしました」

 アレクがぽつりぽつりとお話してくれる。
 低い位置の太陽に照らされた彼の顔は、普段よりも彫りが深く見える。

「アレクが子どもって、想像つかない」
「でしょうね。姫さまがお生まれになる前から、殿下にお仕えしておりますから。ですが、私も最初から大人だったわけではありませんよ」
「バートみたいに小さかったの?」
「さぁ? 二歳の頃の体格は自分では覚えていませんね」

 わたしの知っているアレクは、ずっと大人だったわ。
 もしわたしとアレクの年が近かったら、それでも仲良くなれたのかしら?
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