小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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三章

15、夕方の市場

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 門番に挨拶をして、私とエーミルは宮殿を出た。

「本当に市場についてくるのか?」
「もちろんです。このまま帰ったら、ぼくの口がつるつると滑ります」

 お前、そういう性格じゃないだろ。
 明らかに脅しにもならない脅しなのに、私はエーミルを突っぱねることができなかった。

「……まさか泊まるとか言わないよな」
「え、叔父さまのところに泊まっていいんですか?」

 エーミルは表情をぱぁっと輝かせた。

「無理だな。叔父さんちのベッドは一つしかない」
「ぼく、ソファーでもいいですよ」
「あのな、エーミル。男の一人暮らしだぞ、横になれるような大きなソファーがあると思ってはいけない」
「え、そうなんですか? 普通にあるものだと思っていました」

 びっくりしたように目を丸くするエーミル。
 これだからお坊ちゃんは、世間知らずだな。といっても私も伯爵家の人間なのだが。

 ともかく近衛騎士は全員の家柄がいいので、お坊ちゃんな発言も問題にはならないが。庶民と会話する時には気を付けさせなければならない。
 思いもかけない部分で、嫉妬や妬みを受けることになるのだから。

 しかも、負の感情は厄介だ。この世はもともと格差社会だ、平等などありえない。
 このヴァーリン王国はまだマシなのだが。マルガレータ妃殿下の出身国である隣国は、格差が激しい。
 近隣の国もこの国も、密入国者が増えているという。充分に気を付けなければならない。

 表通りは賑やかで、帰路につく人々でにぎわっていた。
 乗合馬車を待つ人の列を、エーミルは珍しそうに眺めている。
 騎士団は王宮の近くにあるし、基本的には自宅からも徒歩で通える距離だし。徒歩圏外なら伯爵家の馬車に乗るので、乗合馬車が目新しいようだ。
 
「叔父さまは、乗合馬車に乗ったことはありますか?」
「……ないなぁ」

 なんだ、私もエーミルと同じか。
 あまり偉そうなことは言えないな。

 街はいろいろな匂いが立ち込めていた。
 酒場なのだろう、店の前にテーブルと椅子を並べた場所で、男たちが酒を飲んで語らっている。
 酒精と焼いた肉の香ばしいにおいが風に乗って漂ってくる。

 買い物帰りに泉のそばで談笑する婦人たちは、エーミルが通り過ぎると振り返って見つめた。

 うん、我が甥っ子は繊細な美少年だからな。なのに騎士として鍛えてもいるから、彫像のような美しさがある。
 夕風にさらりとなびく銀の髪。体格のいい私と並んで歩いているから、よけいにエーミルのしなやかさが目立つのだろう。
 
 しかし、どちらなのだろうな、と私は腕を組んで唸った。
 ご婦人方の娘さんが、エーミルに見初められればいいのに、だろうか? あるいは、ご婦人方自身が、エーミルに見初められたいのだろうか?
 後者だと、ちょっと怖いな。
 ご婦人方は、明らかにエーミルの母親の年齢だぞ。

 俺には女心は分からないが、分からない方がいいこともある気がする。
 
 木造の店が並ぶ大通りから曲がり、小路を進んで市場へと向かう。
 朝市と夕市、一日二回開かれる市場だ。

 休日には朝市に来ることもあるのだが。勤務日は夕市を訪れることが多い。
 
「やぁ、騎士さま。今日は綺麗な子を連れてますね」

 声をかけて来たのは、果物を扱う露店の主人だった。
 市場の入り口に常に店を出しているので、まず一番に果物を買うのが常なのだ。

「甥っ子なんだ」
「へぇ、似てませんね」
「だろう? 俺もそう思う。この子の母親が美人なのさ。ああ、ベリーをもらおうかな。二人分だから多めに頼む」

「どのベリーにしましょう。今なら苺が旬ですね」
「酸っぱくないかな。砂糖やクリームを掛けた方がいいだろうか」
「騎士さまは平気でしょう? ああ、甥っ子さんのことですね。いい叔父さんですねぇ」
「だといいんだが」

 果物の露店の主人と会話する私を見て、エーミルは口をぽかんと開けている。

「なにか不思議か?」
「叔父さまが、叔父さまじゃないみたいです。普段はもっと丁寧な口調でお話してらっしゃるから」

 うーん、そうかな? 確かに姫さまや王族の方々に対しては、言葉遣いは違うかもしれないが。
 自分では特に気にしたことがないなぁ。

「だって、俺って言いましたよ」
「そうか?」
「そうです、普段は『私』なのに。ぼくも『俺』って言ってみたいです」

 両の拳を握りしめて興奮気味に話すエーミル。少し鼻息が荒くなっていないか?
 まぁ、やめておけ。君に「俺」は似合わないから。

「あと、ぼくも『綺麗』じゃなくて『たくましい』って言われたいです」

 申し訳ないが、想像がつかない。
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