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三章
22、結んでくださいますか
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店員さんが、紙に包んだサンドウィッチを持ってきてくれる。
アレクが選んだのは、たっぷりの野菜とハムを挟んだもの。それとゆでたエビのサンドウィッチ。エビには玉ねぎとピクルス、それにゆで卵を刻んだソースが掛けられていて、とっても美味しいんだって。
「ここでお買い物することがあるの?」
「持ち帰りだけは。さすがに女性客が多いので、中で食べることはありませんね」
「そうなの……」
仕事を終えた後のアレクのことは、わたしは本当に知らないんだわ。
「そろそろ夕食の時間かもしれませんね。戻りますか?」
えーっ。もっとアレクと一緒にいたいのに。
でも、王宮の外にいたらアレクがお仕事状態になっちゃうから、確かに戻った方がいいのかも。
さっきまで照れていたアレクは、気を取り直したのか、もう落ち着いていた。
大人だものね、切り替えが早いのね。
「そういえば、アレクと二人でデートをしたことがないわ」
「そうでしたか? マルティナさまがお出かけの時は、常にご一緒していますが」
もう、そういうのじゃないの。
アレクはお仕事として、わたしといるんでしょ。そうじゃなくて……。
はっと閃いた。そうよ、デートに誘われないのなら、わたしから誘えばいいんだわ。
お店を出る頃には、すでに辺りは宵闇に包まれていた。
お酒を飲んでいる人が多いみたいで、あちらこちらの店に明かりが灯り、にぎわった声が聞こえてくる。
「アレクはお酒は飲まないの?」
「酔っていては、姫さまに何かあった時に対応できませんから」
「……もしかして、わたしの為に我慢しているの?」
「王宮で食事に招かれた時に、供される葡萄酒などはいただきますよ?」
え、でも。酒場っていうのかしら、お店にいるおじさん達は大きなジョッキでお酒を飲んで、騒いでいるわ。
うちで出される葡萄酒や林檎酒なんて、あの人達が飲んでいるのに比べたらちょっぴりよ。
「大丈夫ですよ。私は酒よりも姫さまの方が好きですから」
「え? ええっ?」
わたし達は川にかかる橋へと進んだ。
今は通りに馬車も走っていない。だから、ほんの囁くような声でも、はっきりと聞こえたの。
なのにアレクったら、わたしが問い返したと勘違いしてしまったみたい。
「酒に酔うのも、人によっては楽しいのかもしれませんね。ですが、私は姫さまとご一緒する方が楽しいんですよ」
ああ、だめ。そんな風に言葉を重ねないで。
立ち止まったアレクは、少ししゃがみ込んでわたしの顔を覗きこんだ。
子どもの時はしゃがみこまないと、顔の高さにならなかったのに。
今は少しだけ身長が近づいたの。
「姫さまと一緒にいられる時間は、私にとって何にも代えがたい宝物なんです」
アレクは胸のポケットから、するりと何かを取り出した。
それは、かつて……もう十年近くも前にアレクにあげたわたしのリボンだった。
お気に入りの水色のリボン。
今、目にするまでは存在すら忘れていたのに。
「アレク、ずっと持っていてくれたの?」
「ええ、姫さまがくださった物ですから」
「……その、押しつけてしまったのかもしれないのに?」
緊張して、たどたどしい言葉になってしまう。
少し雲が出てきたみたいで、星はあまり見えない。通りに沿ってオイル燈がともり、その灯りが点々と水面で揺らいでいる。
まるでわたしの気持ちみたいに、心許ない。
子どもの頃はあんなにも傍若無人にアレクに甘えることができて、それが当たり前だったのに。
一緒にいる時間が長くなればなるほど、迷惑だったんじゃないかしらとか、無理して付き合ってくれているんじゃないかしら、とか不安になってしまう。
「結んでくださいませんか」
「アレクの髪に?」
素直に問いかけると、アレクは突然吹きだした。
「いえ、私の髪に結んで似合うのでしたら構いませんが。人が振り返りますよ」
それもそうね、と考えているとアレクが左手を差し出してきた。
手首に結ぶということなのね。簡単、簡単。
「あれ? どうして左右の長さがこんなにも違うの? あ、縦になっちゃった」
何度結びなおしても、蝶々みたいなぶぶんが縦になってしまう。
これはもしかして、ずっとメイドにリボンを結んでもらっていたから? もしかして、わたしって不器用なの?
アレクが選んだのは、たっぷりの野菜とハムを挟んだもの。それとゆでたエビのサンドウィッチ。エビには玉ねぎとピクルス、それにゆで卵を刻んだソースが掛けられていて、とっても美味しいんだって。
「ここでお買い物することがあるの?」
「持ち帰りだけは。さすがに女性客が多いので、中で食べることはありませんね」
「そうなの……」
仕事を終えた後のアレクのことは、わたしは本当に知らないんだわ。
「そろそろ夕食の時間かもしれませんね。戻りますか?」
えーっ。もっとアレクと一緒にいたいのに。
でも、王宮の外にいたらアレクがお仕事状態になっちゃうから、確かに戻った方がいいのかも。
さっきまで照れていたアレクは、気を取り直したのか、もう落ち着いていた。
大人だものね、切り替えが早いのね。
「そういえば、アレクと二人でデートをしたことがないわ」
「そうでしたか? マルティナさまがお出かけの時は、常にご一緒していますが」
もう、そういうのじゃないの。
アレクはお仕事として、わたしといるんでしょ。そうじゃなくて……。
はっと閃いた。そうよ、デートに誘われないのなら、わたしから誘えばいいんだわ。
お店を出る頃には、すでに辺りは宵闇に包まれていた。
お酒を飲んでいる人が多いみたいで、あちらこちらの店に明かりが灯り、にぎわった声が聞こえてくる。
「アレクはお酒は飲まないの?」
「酔っていては、姫さまに何かあった時に対応できませんから」
「……もしかして、わたしの為に我慢しているの?」
「王宮で食事に招かれた時に、供される葡萄酒などはいただきますよ?」
え、でも。酒場っていうのかしら、お店にいるおじさん達は大きなジョッキでお酒を飲んで、騒いでいるわ。
うちで出される葡萄酒や林檎酒なんて、あの人達が飲んでいるのに比べたらちょっぴりよ。
「大丈夫ですよ。私は酒よりも姫さまの方が好きですから」
「え? ええっ?」
わたし達は川にかかる橋へと進んだ。
今は通りに馬車も走っていない。だから、ほんの囁くような声でも、はっきりと聞こえたの。
なのにアレクったら、わたしが問い返したと勘違いしてしまったみたい。
「酒に酔うのも、人によっては楽しいのかもしれませんね。ですが、私は姫さまとご一緒する方が楽しいんですよ」
ああ、だめ。そんな風に言葉を重ねないで。
立ち止まったアレクは、少ししゃがみ込んでわたしの顔を覗きこんだ。
子どもの時はしゃがみこまないと、顔の高さにならなかったのに。
今は少しだけ身長が近づいたの。
「姫さまと一緒にいられる時間は、私にとって何にも代えがたい宝物なんです」
アレクは胸のポケットから、するりと何かを取り出した。
それは、かつて……もう十年近くも前にアレクにあげたわたしのリボンだった。
お気に入りの水色のリボン。
今、目にするまでは存在すら忘れていたのに。
「アレク、ずっと持っていてくれたの?」
「ええ、姫さまがくださった物ですから」
「……その、押しつけてしまったのかもしれないのに?」
緊張して、たどたどしい言葉になってしまう。
少し雲が出てきたみたいで、星はあまり見えない。通りに沿ってオイル燈がともり、その灯りが点々と水面で揺らいでいる。
まるでわたしの気持ちみたいに、心許ない。
子どもの頃はあんなにも傍若無人にアレクに甘えることができて、それが当たり前だったのに。
一緒にいる時間が長くなればなるほど、迷惑だったんじゃないかしらとか、無理して付き合ってくれているんじゃないかしら、とか不安になってしまう。
「結んでくださいませんか」
「アレクの髪に?」
素直に問いかけると、アレクは突然吹きだした。
「いえ、私の髪に結んで似合うのでしたら構いませんが。人が振り返りますよ」
それもそうね、と考えているとアレクが左手を差し出してきた。
手首に結ぶということなのね。簡単、簡単。
「あれ? どうして左右の長さがこんなにも違うの? あ、縦になっちゃった」
何度結びなおしても、蝶々みたいなぶぶんが縦になってしまう。
これはもしかして、ずっとメイドにリボンを結んでもらっていたから? もしかして、わたしって不器用なの?
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