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四章
7、図書館で
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図書館は利用者は多いのに、とても静かだった。
古い本の匂いが、王宮の図書室よりも強く感じる。本のページをめくる音と、さらさらとペンを走らせる音。
足音が響かないか心配で、わたしはそろーっと歩いた。
「蔵書目録はあちらですが」
小声で囁いたアレクが、入り口近くの木の棚を指さした。小さな抽斗が全面についた、大きな棚。
そーっと抽斗を開いてみると、中にはびっしりと色褪せた紙が入っている。
うわ、もしかしてたくさんの抽斗すべてに、同じ紙が入ってるってこと? これって本の冊数と同じってことよね。
「ジャンルごとに分けられていて、著者のアルファベット順で調べるといいですよ。何を借りるか決まっていない場合は、そのまま開架を見てみるといいですね」
「そうなのね」
「借りたい内容を職員に伝えれば、最適なものを見つけてくれます」
それはさすがに、恥ずかしいかも。
わたしは背伸びをして、アレクの耳元に口を寄せた。
「えっとね、ロマンス小説ってジャンルはあるのかしら?」
「……ないですね。おそらくは現代の小説という括りに分類されていると思いますよ。古典小説ではないでしょう?」
「ああ」と何かを納得したように頷くと、アレクは斜め上の抽斗を開いた。
「こちらの作家などいかがでしょうか。姫さまが読んでいらした、伯爵と侍女がうふーんで、執事が乱入する本と同じ作家ですよ」
「べ、べつに、うふーんなんてっ」
思わずわたしの声が大きくなってしまって、アレクが「しー」と人差し指を立てた。
いけないわ。図書館だった。
察しが良すぎるのも問題よね、とわたしは横目でアレクをちらっと見た。
◇◇◇
悔しいけれど、図書館の使い方すら知らないわたしはアレクに教えてもらいつつ開架で本を探した。
小説といっても難しそうなタイトルがずらりと並んでいて。適当に本を開いてみても、論文なんじゃないかしらって思うくらい難解なのもある。こんな真面目なのを読んで、息抜きできるのかしら。
「あったわ」
「よかったですね。足を運んだ甲斐がありました」
あ、しまった。口に出ちゃっていたわ。
慌てて辺りに視線を向ける。幸いなことに、近くの棚にはわたし達しかいなかった。
立ったまま小説を開くと、紙とインクのにおいがした。
ふと顔を上げると、アレクが私の前に立ってにこやかに微笑んでいる。
ちょっと恥ずかしいから、アレクに背中を向ける。だってわたしが手にした続編のタイトルは『うそっ。伯爵が浮気? 侍女の私とは遊びだったの? ああ、どうして執事が私に優しいの?』だったもの。
前作では伯爵と侍女はラブラブだったじゃない。どうして浮気してるの? だめよ、いくら続編でもそんな展開は。それに執事は意地悪なだけだったわ。実は侍女を狙っているなんて許せないわ。
執事が侍女に好意を寄せている描写なんて、ちらっともなかったもの。それともわたしの読解力が足りないせい?
これは家庭教師の先生に相談しなくっちゃ。
わたしの脳内は大騒ぎ。
でもここは図書館だから、口には出せないの。
「姫さま、どうかなさいましたか? 表情が険しいですよ」
「え? そんなことないわ」
「いえ。ほら、眉間を寄せていらっしゃいます」
アレクの長い指が、わたしの眉と眉の間を押した。
なんだか、ぐりぐりされると恥ずかしいわ。
しかも「困りましたね。力が抜けていませんよ」と、さらにぐりぐりされたの。
「あの、楽しい?」
「まぁ楽しいですね。姫さまは体温が高くていらっしゃるから、指先が温まります」
しょうがないアレクね。わたしに甘えているのね。
最近のわたしは、もう子どもじゃないから。昔みたいに気軽に触れられないものね。まったく真面目なんだから。
ふふ、と自然と口許がほころんでしまう。
「何か誤解なさっているでしょう?」
「いいのよ。何も言わなくて」
「……なんだか納得いきませんね」
アレクはそう言うと指を外してしまった。
あー、もっと触れててほしかったのにぃ。
古い本の匂いが、王宮の図書室よりも強く感じる。本のページをめくる音と、さらさらとペンを走らせる音。
足音が響かないか心配で、わたしはそろーっと歩いた。
「蔵書目録はあちらですが」
小声で囁いたアレクが、入り口近くの木の棚を指さした。小さな抽斗が全面についた、大きな棚。
そーっと抽斗を開いてみると、中にはびっしりと色褪せた紙が入っている。
うわ、もしかしてたくさんの抽斗すべてに、同じ紙が入ってるってこと? これって本の冊数と同じってことよね。
「ジャンルごとに分けられていて、著者のアルファベット順で調べるといいですよ。何を借りるか決まっていない場合は、そのまま開架を見てみるといいですね」
「そうなのね」
「借りたい内容を職員に伝えれば、最適なものを見つけてくれます」
それはさすがに、恥ずかしいかも。
わたしは背伸びをして、アレクの耳元に口を寄せた。
「えっとね、ロマンス小説ってジャンルはあるのかしら?」
「……ないですね。おそらくは現代の小説という括りに分類されていると思いますよ。古典小説ではないでしょう?」
「ああ」と何かを納得したように頷くと、アレクは斜め上の抽斗を開いた。
「こちらの作家などいかがでしょうか。姫さまが読んでいらした、伯爵と侍女がうふーんで、執事が乱入する本と同じ作家ですよ」
「べ、べつに、うふーんなんてっ」
思わずわたしの声が大きくなってしまって、アレクが「しー」と人差し指を立てた。
いけないわ。図書館だった。
察しが良すぎるのも問題よね、とわたしは横目でアレクをちらっと見た。
◇◇◇
悔しいけれど、図書館の使い方すら知らないわたしはアレクに教えてもらいつつ開架で本を探した。
小説といっても難しそうなタイトルがずらりと並んでいて。適当に本を開いてみても、論文なんじゃないかしらって思うくらい難解なのもある。こんな真面目なのを読んで、息抜きできるのかしら。
「あったわ」
「よかったですね。足を運んだ甲斐がありました」
あ、しまった。口に出ちゃっていたわ。
慌てて辺りに視線を向ける。幸いなことに、近くの棚にはわたし達しかいなかった。
立ったまま小説を開くと、紙とインクのにおいがした。
ふと顔を上げると、アレクが私の前に立ってにこやかに微笑んでいる。
ちょっと恥ずかしいから、アレクに背中を向ける。だってわたしが手にした続編のタイトルは『うそっ。伯爵が浮気? 侍女の私とは遊びだったの? ああ、どうして執事が私に優しいの?』だったもの。
前作では伯爵と侍女はラブラブだったじゃない。どうして浮気してるの? だめよ、いくら続編でもそんな展開は。それに執事は意地悪なだけだったわ。実は侍女を狙っているなんて許せないわ。
執事が侍女に好意を寄せている描写なんて、ちらっともなかったもの。それともわたしの読解力が足りないせい?
これは家庭教師の先生に相談しなくっちゃ。
わたしの脳内は大騒ぎ。
でもここは図書館だから、口には出せないの。
「姫さま、どうかなさいましたか? 表情が険しいですよ」
「え? そんなことないわ」
「いえ。ほら、眉間を寄せていらっしゃいます」
アレクの長い指が、わたしの眉と眉の間を押した。
なんだか、ぐりぐりされると恥ずかしいわ。
しかも「困りましたね。力が抜けていませんよ」と、さらにぐりぐりされたの。
「あの、楽しい?」
「まぁ楽しいですね。姫さまは体温が高くていらっしゃるから、指先が温まります」
しょうがないアレクね。わたしに甘えているのね。
最近のわたしは、もう子どもじゃないから。昔みたいに気軽に触れられないものね。まったく真面目なんだから。
ふふ、と自然と口許がほころんでしまう。
「何か誤解なさっているでしょう?」
「いいのよ。何も言わなくて」
「……なんだか納得いきませんね」
アレクはそう言うと指を外してしまった。
あー、もっと触れててほしかったのにぃ。
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