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四章
6、図書館へ
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家庭教師が貸してくれた本を彼女に返したわたしは、次なるロマンス小説を求めて図書館へ行くことにした。
――姫さまにお貸しした本には続編がありますが。
――そうなの? 読みたいわ。
――私は購入していないので、お貸しできないのです。評判が賛否両論で。
それは余計に気になるわ。図書館にあるかしら。
アレクはいつものように、わたしの隣を歩いている。
澄んだ秋風が、黄色に染まった並木の葉をかさりと揺らす。
馬車で出かけてもよいのだけれど。気候のよい時期なので、歩くのも悪くない。帽子を目深にかぶっていれば、王女であることもばれないし。
石畳に伸びる影は夏の頃よりも長く、輪郭もくっきりとしていない。
少し早足でわたしが進むと、影の長さがアレクと同じになる。でもすぐに追いつかれてしまうから、やっぱり元通りになってしまう。
「書名を伝えれば、使用人が借りてきてくれるでしょうに」
「うん、まぁ。散歩ついでにね」
「運動ですか。それはよい心構えですね」
そりゃあね、メイドに遣いを頼んで「ロマンス小説を借りてきてほしいの」とは、さすがに言えないもの。恥ずかしいじゃない。
「それにね、こうして歩いているといろんなことが分かるわ」
「ほぉ、たとえば?」
帽子のつばの下から、ちらりと辺りを見まわした。
あまりロマンス小説の本を借りることに話題を振って欲しくないから、ついつい口が普段よりも軽くなる。
「えーっとね、石畳が朽ちて崩れている部分があるでしょう? 馬車も危ないし、人だってつまずくわ。そういうのは実際に街を見て回らないと分からないでしょう?」
とっさに思いついた言葉なのに、アレクは立ち止まってわたしを凝視した。まるで珍しい動物でも見かけたみたいに。
通りを歩く人達が、アレクを振り返りつつ進んでいく。
「立派におなりです、姫さま」
「はい?」
「最近の姫さまは、本当にしっかりなさっておいでです」
え? なんで感動しているの? 口から出まかせよ。
アレクは琥珀色の瞳を、午前のまばゆい日差しにきらめかせている。
まるで涙もろい人のように、もしくは子どもの成長を喜ぶ父親みたいよ。
「ごめんなさいっ」
「なぜ謝るのです? 褒めているのですよ」
ほんの数秒も良心の呵責に耐え切れず、わたしは謝った。
褒めなくていいから、申し訳なくなるから。お願い、わたしをそんなきらめく瞳で見つめないでぇ。
マルティナは、そんないい子じゃありません。むしろ悪い子です。
「違うの。今のはとっさに思いついた……嘘って程じゃないけど。その、本当は蔵書の目録じゃなくて、自分の目で見て本を借りたくて」
ああ、しどろもどろになってしまう。
アレク、呆れちゃったかな? 呆れたよね。
「嘘だったんですか?」
「嘘だけど、嘘じゃないです。石畳のことは、お父さまにお伝えするから。その……」
むしろ、どうして信じるの? わたしがそんな真面目じゃないって、知ってるでしょ?
わたしは上目遣いでアレクを見つめた。
よく「マルティナ姫は大きくなりましたね」とか「どんどん背も高くなりますね」といろんな人から言われたけれど。物心ついた頃も今も、ずっとアレクを見上げている気がする。
むしろ肩車や抱っこされていた頃の方が、アレクよりも高い位置にいたかも。
「あの、怒ってる?」
「怒りはしませんが。ははーん、察するところ、よほど人に頼むのが恥ずかしい本なんですね。そういえばしばらく読書に凝っていらっしゃいましたよね」
ぎくっ。
すぐに騙されたのに。アレク、意外と察しがいいわね。
わたしは、視線を彼からそーっと逸らした。ああ、トンボが飛んでいるわ。確か「魔女の針」とも言って、嘘をつくと口を縫いつけに来るんだった。
わたしは慌てて両手で口を押えた。
道の端の草の上を呑気そうに飛んでいるトンボと、わたしの様子を交互に見たアレクが目を細める。
「光栄ですよ。他人に頼むのが恥ずかしい本でも、私になら平気なのですね」
「もごもご」
「ん? 聞こえませんよ?」
「そういう言い方、やめて……」
わたしは指の隙間からくぐもった声で反論した。
でも、アレクは楽しそうににやにやしている。
「いいんですよ。痩せるための指南書でも……いえ、マルティナさまはほっそりとなさっていますが。或いは最短で成績の上がる方法などでも。お勉強が難しそうですからね」
「どの教科の家庭教師がこぼしたか、だいたい想像がつくわ」
「で、姫さま。どうして伯爵と侍女が恋仲になったら、執事がせせら笑うのですか? 普通は窘めませんか?」
なによ! あの恥ずかしいタイトルをちゃんと覚えてるんじゃない。
もうっ。アレクは何もかも分かっていて、わたしをからかったのね。
わたしは両手をグーにして、アレクの背中をぽんぽんと叩いた。
力いっぱい叩いたのに、アレクったら「痛いですよ」なんて笑いながら言うし。(全然痛そうじゃないわ)結局、わたしの手の方が痛くなってしまった。
――姫さまにお貸しした本には続編がありますが。
――そうなの? 読みたいわ。
――私は購入していないので、お貸しできないのです。評判が賛否両論で。
それは余計に気になるわ。図書館にあるかしら。
アレクはいつものように、わたしの隣を歩いている。
澄んだ秋風が、黄色に染まった並木の葉をかさりと揺らす。
馬車で出かけてもよいのだけれど。気候のよい時期なので、歩くのも悪くない。帽子を目深にかぶっていれば、王女であることもばれないし。
石畳に伸びる影は夏の頃よりも長く、輪郭もくっきりとしていない。
少し早足でわたしが進むと、影の長さがアレクと同じになる。でもすぐに追いつかれてしまうから、やっぱり元通りになってしまう。
「書名を伝えれば、使用人が借りてきてくれるでしょうに」
「うん、まぁ。散歩ついでにね」
「運動ですか。それはよい心構えですね」
そりゃあね、メイドに遣いを頼んで「ロマンス小説を借りてきてほしいの」とは、さすがに言えないもの。恥ずかしいじゃない。
「それにね、こうして歩いているといろんなことが分かるわ」
「ほぉ、たとえば?」
帽子のつばの下から、ちらりと辺りを見まわした。
あまりロマンス小説の本を借りることに話題を振って欲しくないから、ついつい口が普段よりも軽くなる。
「えーっとね、石畳が朽ちて崩れている部分があるでしょう? 馬車も危ないし、人だってつまずくわ。そういうのは実際に街を見て回らないと分からないでしょう?」
とっさに思いついた言葉なのに、アレクは立ち止まってわたしを凝視した。まるで珍しい動物でも見かけたみたいに。
通りを歩く人達が、アレクを振り返りつつ進んでいく。
「立派におなりです、姫さま」
「はい?」
「最近の姫さまは、本当にしっかりなさっておいでです」
え? なんで感動しているの? 口から出まかせよ。
アレクは琥珀色の瞳を、午前のまばゆい日差しにきらめかせている。
まるで涙もろい人のように、もしくは子どもの成長を喜ぶ父親みたいよ。
「ごめんなさいっ」
「なぜ謝るのです? 褒めているのですよ」
ほんの数秒も良心の呵責に耐え切れず、わたしは謝った。
褒めなくていいから、申し訳なくなるから。お願い、わたしをそんなきらめく瞳で見つめないでぇ。
マルティナは、そんないい子じゃありません。むしろ悪い子です。
「違うの。今のはとっさに思いついた……嘘って程じゃないけど。その、本当は蔵書の目録じゃなくて、自分の目で見て本を借りたくて」
ああ、しどろもどろになってしまう。
アレク、呆れちゃったかな? 呆れたよね。
「嘘だったんですか?」
「嘘だけど、嘘じゃないです。石畳のことは、お父さまにお伝えするから。その……」
むしろ、どうして信じるの? わたしがそんな真面目じゃないって、知ってるでしょ?
わたしは上目遣いでアレクを見つめた。
よく「マルティナ姫は大きくなりましたね」とか「どんどん背も高くなりますね」といろんな人から言われたけれど。物心ついた頃も今も、ずっとアレクを見上げている気がする。
むしろ肩車や抱っこされていた頃の方が、アレクよりも高い位置にいたかも。
「あの、怒ってる?」
「怒りはしませんが。ははーん、察するところ、よほど人に頼むのが恥ずかしい本なんですね。そういえばしばらく読書に凝っていらっしゃいましたよね」
ぎくっ。
すぐに騙されたのに。アレク、意外と察しがいいわね。
わたしは、視線を彼からそーっと逸らした。ああ、トンボが飛んでいるわ。確か「魔女の針」とも言って、嘘をつくと口を縫いつけに来るんだった。
わたしは慌てて両手で口を押えた。
道の端の草の上を呑気そうに飛んでいるトンボと、わたしの様子を交互に見たアレクが目を細める。
「光栄ですよ。他人に頼むのが恥ずかしい本でも、私になら平気なのですね」
「もごもご」
「ん? 聞こえませんよ?」
「そういう言い方、やめて……」
わたしは指の隙間からくぐもった声で反論した。
でも、アレクは楽しそうににやにやしている。
「いいんですよ。痩せるための指南書でも……いえ、マルティナさまはほっそりとなさっていますが。或いは最短で成績の上がる方法などでも。お勉強が難しそうですからね」
「どの教科の家庭教師がこぼしたか、だいたい想像がつくわ」
「で、姫さま。どうして伯爵と侍女が恋仲になったら、執事がせせら笑うのですか? 普通は窘めませんか?」
なによ! あの恥ずかしいタイトルをちゃんと覚えてるんじゃない。
もうっ。アレクは何もかも分かっていて、わたしをからかったのね。
わたしは両手をグーにして、アレクの背中をぽんぽんと叩いた。
力いっぱい叩いたのに、アレクったら「痛いですよ」なんて笑いながら言うし。(全然痛そうじゃないわ)結局、わたしの手の方が痛くなってしまった。
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