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光と影が交差する芽吹きの章
35.不穏な誘い
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魔晶石鉱脈の公表が終わった直後、広間は一拍遅れてざわめきに包まれた。
「辺境伯家の専有権が、正式に……」
驚き、計算、疑念、羨望――さまざまな感情が、囁きとなって天井の高い空間を漂っていく。
私とダリウス様の周囲にも、無数の視線が集まっていた。
先ほどまでの「辺境」「貧乏」「厄災」という囁きは、いつの間にか色を変え、「魔晶石」「鉱脈」「価値」という言葉に塗り替えられている。
けれど、その視線の温度は決して好意だけではない。
むしろ、値踏みされている感覚の方が強かった。
私のすぐ隣に立つダリウス様は、表情を変えずに前を見据えている。
その横顔が、ほんの少しだけ遠く感じられた。
会議の場で、どれほどの言葉と圧を受け止めてきたのか――想像するだけで、胸の奥が締めつけられる。
やがて、玉座に座していた国王陛下が、ゆっくりと立ち上がった。
杖に縋りながらも、背筋は伸びている。
その動きに、ざわめきは自然と静まっていく。
「本日は、皆に知らせるべき慶事が重なったな」
陛下の声は弱々しいが、どこか晴れやかだった。
「魔晶石の新たな恵み、そして春の訪れ。これを祝い、今宵の舞踏会を始めよう」
祝祭を告げる言葉に、空気が切り替わるのを感じた。
先ほどまで張りつめていた緊張が、少しずつ華やぎに溶けていく。
「後は、皆と王子たちに任せよう」
そう言い残し、陛下は侍従に支えられながら退出していく。
深々と下げられた頭の列の向こうで、第一王子アルベルト殿下と、第二王子サイラス殿下が並び立つ姿が見えた。
少し緊張した様子で笑みを浮かべる第一王子アルベルト殿下と、端正で冷ややかな第二王子サイラス殿下の、金髪金瞳が並んでいる。
主が去った広間に、音楽の準備を告げる気配が広がる。
舞踏会が始まる――そのはずなのに、私の胸はまだ、静かな波立ちを残したままだった。
ふと――嫌な、感じがした。
振り返る。
公爵家当主、エドムンド・シェリフォード――義父が、こちらへ歩み寄ってくるのが視界に入った。
その歩みはゆったりとしていて、いかにも祝意を携えているように見える。
けれど、私の身体は反射的に固くなっていた。
緊張を悟られてはならないと、ユフェミアの講義を思い出すのに、強張った顔からどうしても力が抜けてくれない。
「辺境伯殿。魔晶石鉱脈の発見、まことに慶賀すべきことですな」
丁寧で、非の打ちどころのない口調。
王宮という場にふさわしい、完璧な挨拶。
「恐れ入ります」
ダリウス様が一歩前に出て、同じく儀礼的に応じる。
その声色は変わらない。淡々としていて、感情の揺れを一切含まない。
私は、わずかに遅れて礼をした。
視線を上げた瞬間、義父と目が合いそうになり、思わず呼吸が浅くなる。
――もう、この人を怖れているわけではない。
けれど、身体が覚えてしまっている。何もしていないのに、反射的に謝ってしまいそうになる。
――ルーチェ。この疫病神。
――申し訳ありませんお義父様、こんな私を家に置いて頂き感謝しております、私が悪かったのです……
――お前がなぜ、「厄災の烙印」など持ったまま、この邸で生きていられるのか、もう一度みなによく聞こえるよう言ってみろ!
――すべて、お義父様とリリアーナの優しい御心のお陰です、ごめんなさい、私のせいで迷惑をかけて申し訳ありません……!
私が泣いて平伏して謝るまで何度も何度も、責め続けて罰を与えた声。
冷えた記憶。
次の瞬間、ふっと肩に温もりが触れた。
ダリウス様の腕だった。ごく自然に、私の肩を抱き寄せている。
「妻と、辺境の民のお陰です」
その一言で、私の意識は現実に引き戻される。
「それは何より。不肖の娘はお役に立ちましたかな」
「妻は私には過ぎた宝です。……それにしても、妻は公爵家からは籍を抜いたと聞きましたが」
「書類上はそうであったとしても、親子の縁はそう簡単には消えませぬよ」
その言葉に、嫌な汗が背中を伝う。
ダリウス様の抱き寄せる力が強くなる。
「――辺境伯家のご繁栄を」
義父は笑い、深追いすることなく一礼して去っていった。
俯きかけていた顔を上げ、義父を見た。
義父は去り際に私の瞳を見て――まるで、気持ちの悪い生き物を見たときのように、不快そうに顔を顰めた。
表面上は、何の波風も立たないやり取りだった。
この場は、穏やかに終わった。
けれど。
(……本当に、これで終わるだろうか)
胸の奥に、冷たい不安が沈んでいく。
義父が、この好機を前にして何も仕掛けてこないはずがない。
魔晶石。辺境。権利。名誉。――どれも、公爵家にとって見過ごせるものではない。
それでも、私は静かに息を整えた。
大丈夫だ。
少なくとも今は、私は一人ではない。
そう思いながら、去っていく義父の背を見送った。
「ダリウス様……申し訳ありません」
「……何がだ」
「結局、冷静ではいられませんでした。怖がるつもりはなかったのに……」
私の言葉に、ダリウス様は手を離すと、軽く拳を握っていた。
小声で低く囁かれる。
「……やはりこの場で公爵の鼻をへし折ってやった方が良かったか?」
「え!?」
「あの程度の男なら、一分もらえれば全身折ってやる自信はある。なに、魔獣の骨を砕くよりはよほど簡単だろう。肉のせいでややだぶつきそうだが」
「い、いけません!ダリウス様の罪になってしまいます……!」
けれど、ダリウス様の顔を見ていたら、徐々に心は落ち着いた。
「……ありがとうございます」
「いや。少なくとも俺はそうしてやりたいくらいの心算だし、あなたが謝ることは何一つ無いということだ」
「……はい」
そっと寄り添う。
その時――
入れ替わるように、まっすぐにこちらへ歩いてきたのは、サイラス殿下だった。
自然と背筋が伸びる。
隣に立つダリウス様の気配が、わずかに硬くなるのも感じた。
「ヴァルト辺境伯」
サイラス殿下は、にこやかに口の端を持ち上げた。
「魔晶石発見、そしてご結婚、まことに慶ばしい。私としても辺境伯の働きには大きな価値を見出している」
軽く握手を交わしている。
以前挨拶に行った時とは全く違う対応だった。
「恐れ入ります、殿下」
そのことには触れず、ダリウス様は簡潔に応じる。
サイラス殿下の視線は、次に私へと向けられた。
「――夫人」
その呼びかけに、胸の奥がわずかにざわついた。
「厄災の噂に苦しめられてきたと聞く。しかし本日をもって、その印象も払拭されるだろう。よければ、国の功労者として、私と一曲踊っていただけないだろうか」
一瞬、言葉を失った。
意図が読めない。
どう見ても、私への好意ではない。だが、明確な敵意とも言い切れない。
けれど――。
私は既婚者だ。
しかも、舞踏会の最初の一曲を、夫以外の男性と踊るなど、ありえない。
かといって、王子殿下の申し出をその場で強く拒むのも、軽率に過ぎる。
どう言葉を選ぶべきか。
逡巡する私の前に――。
「まあ、サイラス様に、お姉様」
鈴を転がすような声が割って入った。
振り向くと、そこにいたのはリリアーナだった。
淡い色のドレスに身を包み、愛らしく頬を膨らませている。
「わたくしがサイラス様の婚約者ですのに、割って入ろうだなんて。お姉様、ひどいですわ」
サイラス殿下は一瞬だけ思案するような素振りを見せた。
その瞳がなんとなく恐ろしくて、私はそっと目を逸らしてしまう。
「……」
サイラス殿下は溜め息をつくと、すぐに表情を整えた。
「……そうだったな。我が婚約者殿を不快にさせてはいけない。すまないね夫人、またの機会にしよう」
二人してまるで、私から誘ったような物言いだ。
それを否定する間もなく、サイラス殿下は綺麗に笑う。
「踊ろうか、リリアーナ」
「ええ」
満足げに微笑むリリアーナが、ふとこちらを見る。
「ごめんなさいねお姉様、サイラス様はわたくしがよろしいみたいなの。……そうだわ、わたくし、お義兄様とも、後で踊って差し上げてもよろしくてよ」
その言葉に、私は内心ぎょっとした。
――お義兄様。
あまりに自然に口にされたその呼び方が、胸の奥に冷たいものを落とす。
けれど。
「遠慮しておきます」
間髪入れずに、ダリウス様が答えた。
きっぱりと。
一切の迷いも、揺らぎもない声だった。
それから一拍置いて、
「……踊りは、苦手なもので」
言い訳のように、そう付け加えた。
リリアーナは一瞬目を丸くしたが、すぐに肩をすくめる。
「まあ、残念。でも、気が変わったらお声がけくださいませ。お義兄様が昔は貧乏だったなんてこと、わたくし、ちっとも気にしませんもの」
そう言って、サイラス殿下の腕を取る。
二人が人波の向こうへ消えていくのを見送りながら、私は息を吐いた。
ダリウスが、低く呟く。
「……突然、お義兄様などと呼ばれて、何事かと思った」
「私もです」
「正直悪寒を覚えた」
冗談めかした口調だったが、その奥に滲むのは嫌悪感だ。
「それに……サイラス殿下は何のおつもりだ。あなたを奪うような真似を」
「……リリアーナが来てくれて、助かったかもしれません。対処に苦慮する場面でした」
「確かにな。……だからと言って、彼女に礼を言う気にもなれないが」
小さく頷く。
第二王子の意図は掴めない。
善意を装った牽制か、単なる印象操作か、それとももっと別の思惑か。
考え込む私の手を、ダリウス様がそっと取った。
「……ルーチェ」
音楽がゆっくりと奏でられ始めていた。
深く蒼い瞳が私のことを見つめている。
気を取り直して、と咳払いをひとつ。
「あなたと最初に踊る名誉を、俺に与えてくれるだろうか」
その言葉に、私は微笑んだ。
「ええ……喜んで」
「辺境伯家の専有権が、正式に……」
驚き、計算、疑念、羨望――さまざまな感情が、囁きとなって天井の高い空間を漂っていく。
私とダリウス様の周囲にも、無数の視線が集まっていた。
先ほどまでの「辺境」「貧乏」「厄災」という囁きは、いつの間にか色を変え、「魔晶石」「鉱脈」「価値」という言葉に塗り替えられている。
けれど、その視線の温度は決して好意だけではない。
むしろ、値踏みされている感覚の方が強かった。
私のすぐ隣に立つダリウス様は、表情を変えずに前を見据えている。
その横顔が、ほんの少しだけ遠く感じられた。
会議の場で、どれほどの言葉と圧を受け止めてきたのか――想像するだけで、胸の奥が締めつけられる。
やがて、玉座に座していた国王陛下が、ゆっくりと立ち上がった。
杖に縋りながらも、背筋は伸びている。
その動きに、ざわめきは自然と静まっていく。
「本日は、皆に知らせるべき慶事が重なったな」
陛下の声は弱々しいが、どこか晴れやかだった。
「魔晶石の新たな恵み、そして春の訪れ。これを祝い、今宵の舞踏会を始めよう」
祝祭を告げる言葉に、空気が切り替わるのを感じた。
先ほどまで張りつめていた緊張が、少しずつ華やぎに溶けていく。
「後は、皆と王子たちに任せよう」
そう言い残し、陛下は侍従に支えられながら退出していく。
深々と下げられた頭の列の向こうで、第一王子アルベルト殿下と、第二王子サイラス殿下が並び立つ姿が見えた。
少し緊張した様子で笑みを浮かべる第一王子アルベルト殿下と、端正で冷ややかな第二王子サイラス殿下の、金髪金瞳が並んでいる。
主が去った広間に、音楽の準備を告げる気配が広がる。
舞踏会が始まる――そのはずなのに、私の胸はまだ、静かな波立ちを残したままだった。
ふと――嫌な、感じがした。
振り返る。
公爵家当主、エドムンド・シェリフォード――義父が、こちらへ歩み寄ってくるのが視界に入った。
その歩みはゆったりとしていて、いかにも祝意を携えているように見える。
けれど、私の身体は反射的に固くなっていた。
緊張を悟られてはならないと、ユフェミアの講義を思い出すのに、強張った顔からどうしても力が抜けてくれない。
「辺境伯殿。魔晶石鉱脈の発見、まことに慶賀すべきことですな」
丁寧で、非の打ちどころのない口調。
王宮という場にふさわしい、完璧な挨拶。
「恐れ入ります」
ダリウス様が一歩前に出て、同じく儀礼的に応じる。
その声色は変わらない。淡々としていて、感情の揺れを一切含まない。
私は、わずかに遅れて礼をした。
視線を上げた瞬間、義父と目が合いそうになり、思わず呼吸が浅くなる。
――もう、この人を怖れているわけではない。
けれど、身体が覚えてしまっている。何もしていないのに、反射的に謝ってしまいそうになる。
――ルーチェ。この疫病神。
――申し訳ありませんお義父様、こんな私を家に置いて頂き感謝しております、私が悪かったのです……
――お前がなぜ、「厄災の烙印」など持ったまま、この邸で生きていられるのか、もう一度みなによく聞こえるよう言ってみろ!
――すべて、お義父様とリリアーナの優しい御心のお陰です、ごめんなさい、私のせいで迷惑をかけて申し訳ありません……!
私が泣いて平伏して謝るまで何度も何度も、責め続けて罰を与えた声。
冷えた記憶。
次の瞬間、ふっと肩に温もりが触れた。
ダリウス様の腕だった。ごく自然に、私の肩を抱き寄せている。
「妻と、辺境の民のお陰です」
その一言で、私の意識は現実に引き戻される。
「それは何より。不肖の娘はお役に立ちましたかな」
「妻は私には過ぎた宝です。……それにしても、妻は公爵家からは籍を抜いたと聞きましたが」
「書類上はそうであったとしても、親子の縁はそう簡単には消えませぬよ」
その言葉に、嫌な汗が背中を伝う。
ダリウス様の抱き寄せる力が強くなる。
「――辺境伯家のご繁栄を」
義父は笑い、深追いすることなく一礼して去っていった。
俯きかけていた顔を上げ、義父を見た。
義父は去り際に私の瞳を見て――まるで、気持ちの悪い生き物を見たときのように、不快そうに顔を顰めた。
表面上は、何の波風も立たないやり取りだった。
この場は、穏やかに終わった。
けれど。
(……本当に、これで終わるだろうか)
胸の奥に、冷たい不安が沈んでいく。
義父が、この好機を前にして何も仕掛けてこないはずがない。
魔晶石。辺境。権利。名誉。――どれも、公爵家にとって見過ごせるものではない。
それでも、私は静かに息を整えた。
大丈夫だ。
少なくとも今は、私は一人ではない。
そう思いながら、去っていく義父の背を見送った。
「ダリウス様……申し訳ありません」
「……何がだ」
「結局、冷静ではいられませんでした。怖がるつもりはなかったのに……」
私の言葉に、ダリウス様は手を離すと、軽く拳を握っていた。
小声で低く囁かれる。
「……やはりこの場で公爵の鼻をへし折ってやった方が良かったか?」
「え!?」
「あの程度の男なら、一分もらえれば全身折ってやる自信はある。なに、魔獣の骨を砕くよりはよほど簡単だろう。肉のせいでややだぶつきそうだが」
「い、いけません!ダリウス様の罪になってしまいます……!」
けれど、ダリウス様の顔を見ていたら、徐々に心は落ち着いた。
「……ありがとうございます」
「いや。少なくとも俺はそうしてやりたいくらいの心算だし、あなたが謝ることは何一つ無いということだ」
「……はい」
そっと寄り添う。
その時――
入れ替わるように、まっすぐにこちらへ歩いてきたのは、サイラス殿下だった。
自然と背筋が伸びる。
隣に立つダリウス様の気配が、わずかに硬くなるのも感じた。
「ヴァルト辺境伯」
サイラス殿下は、にこやかに口の端を持ち上げた。
「魔晶石発見、そしてご結婚、まことに慶ばしい。私としても辺境伯の働きには大きな価値を見出している」
軽く握手を交わしている。
以前挨拶に行った時とは全く違う対応だった。
「恐れ入ります、殿下」
そのことには触れず、ダリウス様は簡潔に応じる。
サイラス殿下の視線は、次に私へと向けられた。
「――夫人」
その呼びかけに、胸の奥がわずかにざわついた。
「厄災の噂に苦しめられてきたと聞く。しかし本日をもって、その印象も払拭されるだろう。よければ、国の功労者として、私と一曲踊っていただけないだろうか」
一瞬、言葉を失った。
意図が読めない。
どう見ても、私への好意ではない。だが、明確な敵意とも言い切れない。
けれど――。
私は既婚者だ。
しかも、舞踏会の最初の一曲を、夫以外の男性と踊るなど、ありえない。
かといって、王子殿下の申し出をその場で強く拒むのも、軽率に過ぎる。
どう言葉を選ぶべきか。
逡巡する私の前に――。
「まあ、サイラス様に、お姉様」
鈴を転がすような声が割って入った。
振り向くと、そこにいたのはリリアーナだった。
淡い色のドレスに身を包み、愛らしく頬を膨らませている。
「わたくしがサイラス様の婚約者ですのに、割って入ろうだなんて。お姉様、ひどいですわ」
サイラス殿下は一瞬だけ思案するような素振りを見せた。
その瞳がなんとなく恐ろしくて、私はそっと目を逸らしてしまう。
「……」
サイラス殿下は溜め息をつくと、すぐに表情を整えた。
「……そうだったな。我が婚約者殿を不快にさせてはいけない。すまないね夫人、またの機会にしよう」
二人してまるで、私から誘ったような物言いだ。
それを否定する間もなく、サイラス殿下は綺麗に笑う。
「踊ろうか、リリアーナ」
「ええ」
満足げに微笑むリリアーナが、ふとこちらを見る。
「ごめんなさいねお姉様、サイラス様はわたくしがよろしいみたいなの。……そうだわ、わたくし、お義兄様とも、後で踊って差し上げてもよろしくてよ」
その言葉に、私は内心ぎょっとした。
――お義兄様。
あまりに自然に口にされたその呼び方が、胸の奥に冷たいものを落とす。
けれど。
「遠慮しておきます」
間髪入れずに、ダリウス様が答えた。
きっぱりと。
一切の迷いも、揺らぎもない声だった。
それから一拍置いて、
「……踊りは、苦手なもので」
言い訳のように、そう付け加えた。
リリアーナは一瞬目を丸くしたが、すぐに肩をすくめる。
「まあ、残念。でも、気が変わったらお声がけくださいませ。お義兄様が昔は貧乏だったなんてこと、わたくし、ちっとも気にしませんもの」
そう言って、サイラス殿下の腕を取る。
二人が人波の向こうへ消えていくのを見送りながら、私は息を吐いた。
ダリウスが、低く呟く。
「……突然、お義兄様などと呼ばれて、何事かと思った」
「私もです」
「正直悪寒を覚えた」
冗談めかした口調だったが、その奥に滲むのは嫌悪感だ。
「それに……サイラス殿下は何のおつもりだ。あなたを奪うような真似を」
「……リリアーナが来てくれて、助かったかもしれません。対処に苦慮する場面でした」
「確かにな。……だからと言って、彼女に礼を言う気にもなれないが」
小さく頷く。
第二王子の意図は掴めない。
善意を装った牽制か、単なる印象操作か、それとももっと別の思惑か。
考え込む私の手を、ダリウス様がそっと取った。
「……ルーチェ」
音楽がゆっくりと奏でられ始めていた。
深く蒼い瞳が私のことを見つめている。
気を取り直して、と咳払いをひとつ。
「あなたと最初に踊る名誉を、俺に与えてくれるだろうか」
その言葉に、私は微笑んだ。
「ええ……喜んで」
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