厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行

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光と影が交差する芽吹きの章

34.光の名前

 王都に夜がおとずれて、人々は夜会へと流れていく。
 春の会はそれだけ盛大な催しで、貴族たちは豪奢な衣装を身に纏って己の勢力を誇示していた。

 大扉が開かれた瞬間、空気がわずかに揺れたのがわかった。
 私とダリウス様が並んで舞踏会の会場に足を踏み入れると、ざわめきは一斉に視線へと変わった。

 御前試合での騎士の活躍。
 辺境の鍛冶や織りの技術。
 王都では見慣れぬ意匠と、伝統を宿した礼装。
 そして、私たちの左手の薬指にある――宝石のない魔銀の指輪が、自然と注目を集めているのがわかる。

 私を残して、ダリウス様が一歩、前に出る。
 広間のざわめきが、潮が引くように静まった。
 玉座の前、簡潔で無駄のない所作。深く、だが過剰ではない拝礼。
 それだけで、この人がどれほど多くの場で責任を背負ってきたのかが、はっきりと伝わる。

「辺境伯ダリウス・ヴァルトにございます。――申し上げたい由がございます」

 その声は低く、よく通る。暇も置かず、ダリウス様は続けた。

「このたび、辺境伯領内にて、新たな魔晶石鉱脈を確認いたしました」

 その一言で、空気が変わる。
 さざ波のように走るざわめき。
 驚き、疑念、計算。
 ――そして、遅れて理解が追いついた者たちの、息を呑む音。
 国王陛下がダリウス様を見る。
「……確かなことか?」
「私がこの目で確認しました。過去に魔獣を処理した土地を調査し、現在は採掘量・安全性ともに確認を終えています。……王国への正式な報告のため、この場をお借りしました」
 一度、呼吸を置く。
「……いかにしても、陛下に直接、ご報告を申し上げたく。この場まで沈黙を保ってきたことはどうか許されたい。ただ、閉山が迫るシルリエ鉱山を肩代わりできるくらいの量は算出できる見込みです。試算は……カイネ」
「はい」

 カイネが前へ進み、両手で大きな黒革の箱と、書類一式を差し出した。
 儀式めいた厳かな動きで小机に置く。
 ダリウス様が蓋を開くと、燭台の光が反射し、広間に鋭い輝きが散った。

 取り出されたのは、両手でなければ持てないほど大きい、虹色の魔晶石。
 内部にゆらめく光が流れ、氷の中に閉じ込められた星のように輝く。
 その中に秘められたエネルギーを示すかのように、虹色の輝きが波打っていた。

 皆が息を詰める音が、はっきりと聞こえた。
「これは、その最初の採掘で得られたものです。……冬を越えた春の祝いに。王家に献上致します」

 誇示も、自慢もない。
 ただ、事実だけを積み上げる声音。
 けれど、差し出された魔晶石は何よりの保証だった。

 陛下は、しばし黙していた。
 玉座に身を預けるその身体は、噂どおり弱々しい。
 顔色は青白く、侍医がすぐ後ろに控えているのが見えた。
 それでも――
 陛下は、ゆっくりと、確かに立ち上がった。
「……ヴァルト辺境伯」
 かすれた声。それでも、場を制する力があった。
「よくぞ国境を守り、人々を救ってくれた」
 その言葉に、私ははっと息を吸う。
 ダリウス様の背が、ほんのわずかに強張ったのがわかった。

「魔獣の脅威は、王国全体の問題だ。それを北の最前線で受け止め、なお国を支える宝をもたらした――その働き、王として深く感謝する」
 貴族たちが騒めく。
 辺境に、魔晶石。
 今後の貴族間の力関係。金の動き。
 誰かが囁き、誰かが計算を始める。
 空気が、目に見えて変質していく。
 ヴァルト辺境伯に媚びるべきか。
 それとも、奪い追い落とすべきか。
 つい先ほどまで「貧乏」「厄災」と軽んじていた視線が、今は探るように、値踏みするように、こちらへ向けられている。

「魔晶石鉱山の、名は?」
「その山に、名はまだございません。古くは霊山として、近年は魔獣の埋却場所として、禁足地となっており……敢えて「名を付けぬ土地」でありました。……是非、陛下にご命名を賜りたく」
 
 これは事前に相談し決めていたことだった。
 国王陛下から名を与えられた山であれば、それは鉱山の権利を守る時の大きな名分になる。
 第二王子のサイラス殿下が、「父上」と少し焦った様子で耳打ちしている。
 今ここで辺境伯から召し上げるべきだ、と提案しているのだろう。
 けれど、国王陛下は軽く手を振ってそれを制した。

「……発見の、一番の功労者は貴殿か、辺境伯」
「いえ」
 ダリウス様は即座に否定した。
「私の妻のルーチェ・ヴァルトでございます」
「ふむ……かのシルリエ鉱山は冒険者シルマが発見したものであるからして……」
「それに倣うのであれば、此度はルーティリエ鉱山になるのでしょうか?父上」
 第一王子のアルベルト殿下がにこやかに言う。
 サイラス殿下はキッとそれを睨みつけた。
「兄上は鉱山から生まれる利益を理解していらっしゃらないのか……?!」
「あ……いや、しかし、発見者の名は遺すべきだろう、シルマのように。それに先例から言って鉱山はいつも発見された……」
「兄上! 冒険者風情とは違うのです、せめて王家の名を……!」
 
「恐れながら陛下!」
 その時、神官の一人が、ゆるやかに一歩前へ出た。
 柔和な笑みを貼り付けたまま、しかしその視線だけは鋭い。
「辺境伯殿のご功績、まことに見事。ですが――名付けはお待ちください。「厄災の烙印」を持つ者の名を冠するのは、躊躇われます。国に不吉を呼び込むおそれがございます」
 空気が張りつめる。
 私はそれを肌で感じた。
「実際、王都では「厄災の烙印」に由来すると思われる不幸が多々起こったこと、皆様もご記憶の筈。魔晶石は王家の財産……明日の会議にて、名付けを含めて魔晶石の行く末を、我ら皆で適切に取り決めようではありませんか」
 ざわり、と小さな波紋が広がる。
 好奇と不安と、そして期待。
 誰かが転ぶのを待つような視線が、確かにあった。
「……神殿の懸念も一理ある。魔晶石は慎重に扱うべきだろう」
 サイラス殿下の言葉には「なぜよりによって辺境に」という不満が滲んでいる。

 再びざわめきが走った。
 「厄災」「不吉」――そのどれもが、よく磨かれた刃のように、私へ向けられていた。
 
 ここで流れを渡してはならない。
 ダリウス様は一瞬だけ視線を伏せた。
 私の方を見て――そして、わずかに微笑む。
 大丈夫だと伝えるように。
 次の瞬間、静かに一歩、前へ出る。

「恐れながら、陛下」
 低く、しかしよく通る声だった。
「神官殿の先ほどの発言について、訂正を願いたい」

 神官がわずかに眉をひそめる。サイラス殿下は腕を組み視線を逸らしていた。
 一方、アルベルト殿下は、事態が飲み込めていないのか、ぱちぱちと瞬きをしている。

「魔晶石が「王家の財産」である、という点についてです」

 ダリウス様は一度、玉座の上の王を見上げた。

「無論、魔晶石が国にとっていかに重要か、生活に欠かせぬものであり、民一人一人の暮らしを支える基盤であるか――その点について、私に異論はございません。暖を取り、灯をともし、水を浄化する。生活に欠かせぬ必需品です。安定した供給が必要不可欠だ」 
 ざわめきが、少しだけ鎮まる。
「ゆえに、停滞はあってはならない。辺境で発見された魔晶石は、辺境の民の命を繋ぎ、やがて王都を含む国全体へと行き渡るべきものです」
 そこで、ダリウスははっきりと言葉を切った。
「しかし――その権利は、我が辺境伯家にあります」
 独占するつもりか、と騒めく声が聞こえる。
 ダリウス様は言葉を続けた。

「我が領内で発見されたからこそ、辺境伯家はその責任を重く受け止めております。独占するつもりは毛頭ない。だが」
 一瞬の沈黙。
 そして。
「魔獣の排除、魔晶石の発見、採掘、鉱脈の保全。すべて辺境伯家が担いました。十一年前の魔獣の異常な大量発生の折、我が領地があのまま倒れ、魔獣に呑み込まれていれば、決して今ここに得ることはなかった魔晶石です。そしてあの時……領民がどれだけ犠牲になろうとも、王家、貴族、神殿、――皆様方からの支援は、事後においてすらございませんでした」
 
 広間が、凍りついた。 
 サイラス殿下が眉をひそめる。
 神官が口を開きかける。
「今更、言っても詮の無い過日の恨み言を申し上げるつもりはございません。ただ」
 だが、ダリウス様は一歩も引かない。
「魔晶石を国に行き渡らせること。それは、臣下としての責務であり、果たす覚悟もございます。ですが、それは権利を放棄することと同義ではない」
 そして、国王陛下へと向き直る。
「流通と管理が混乱すれば、最も困るのは弱い者たちだ。現場を知る者が主導せねばなりません」
 神官が眉を吊り上げる。
「しかし、「厄災」の――」
「その話でしたら」
 ダリウス様の声は、先ほどよりも静かだった。
「「厄災の烙印」が災いを呼ぶという証左は、どこにある。噂と恐怖だけで、人の功績や土地の恵みを穢すのは、信仰の名を借りた偏見にすぎない。……それとも神殿は、「厄災の烙印」を持つ妻が発見に貢献したという理由で、今後我が領から産出される魔晶石は一切お使いにならないつもりだろうか。――そこまでされるのなら、立派な信仰心というものです」
 神官が顔を真っ赤にして――そして、黙った。
 ダリウス様は玉座の方を向いた。

「陛下。申し上げた通りです。魔晶石の管理と流通については、ヴァルト辺境伯家が主導し、広く国民に行き渡るよう進めることを、――今ここに、ご裁可ください」
 
 王は、しばし黙していた。
 弱い身体を押して、椅子の背に手をかけ、ゆっくりと立ち上がる。
「……ダリウス・ヴァルト辺境伯」
 王が、かすれた声で名を呼ぶ。
 重そうに身体を起こし、侍女の手を借りながら、それでも自らの足で立ち上がった。
 その姿に、広間は一気に静まり返る。
「その認識で、相違ない」
 王の声は弱々しいが、しかし、揺らぎはなかった。
「魔晶石は、辺境伯家の尽力によって見出されたものだ。国はその恩恵を受ける立場にあるにすぎぬ。……それに、過去の例からして、魔晶石鉱山の権利は、いつも発見された領地に帰属するものだ」
 サイラス殿下が、わずかに目を細める。
「父上……しかし、辺境では――」
「静かに」
 短い一言で、第二王子の言葉を制した。
 王は続ける。
「すべて、ヴァルト辺境伯家の裁量に委ねる。その証として――新たなる魔晶石鉱山には……我が裁可のもと、ルーティリエ……いや、辺境伯家の名も混ぜて……「ルヴァリエ」の名を贈ろう。厄災を覆すよう言祝ぎを込めて」
 神官の顔色が、明らかに変わった。
 だが、もはや口を差し挟む余地はない。
 ダリウス様は深く一礼した。
「感謝申し上げます、陛下」
 その一言で、流れは決まった。
 神官は一歩下がり、深く頭を下げるしかなかった。
 周囲の貴族たちも、視線を逸らし、ざわめきは次第に収束していく。

 私は、ようやく小さく息を吐いた。
 ダリウス様が、ほんの一瞬だけ、私の方を見る。
 その目に浮かんだのは、安堵と、誇らしさ。

 ――大丈夫だ、と。
 そう、言われた気がした。

 私は背筋を伸ばし、再び王宮の光の中へと視線を向けた。
 辺境伯夫人として。――ダリウス様の妻として。
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