異世界家族―追放貴族と没落令嬢と勇者の娘、今日も気ままに開拓日和。

和本明子

文字の大きさ
23 / 32
10章 荒れ地に芽吹く小さな希望の葉。文字をなぞる小さな手は夢をなぞりて

第23話

しおりを挟む
 そんなセリカの胸に去来する迷いと反省をよそに、拠点小屋の静寂を破ったのは、ひときわ澄んだステラの声だった。

「アルトーさん、それ、なに書いてるの?」

 小さな指が、卓上の黒板を指し示す。
 アルトはその指先を目で追いながら、柔らかく笑った。

「これはな……この土地に“あったらいいな”って思うものを書いてるんだ」

「“あったらいいな”?」

 黒板の上には《食料庫》《用水路》《風呂》《水車》といった単語が並び、まだこの地に存在しない未来の欠片たちが、白い線となって浮かび上がっていた。
 それはまるで、現実と夢のあいだに引かれた地図――希望を形にするための呪文の羅列のようでもあった。

「そう。いまは無くても、いつか作れたらいいなって思うものさ。……そうだ、ステラはここに“あったらいいな”と思うもの、何かあるかな。お店とかでもいいぞ」

 問いかけに、ステラは顎に指をあててしばし考え、やがてぱっと顔を上げた。

「あったら……んー。じゃあね!」

 小さな声が跳ねるように弾けた。

「美味しいパンが食べられる家がほしい!!」

 あまりにまっすぐな願いに、アルトは思わず吹き出した。だが、笑い声の奥には懐かしさのようなものが滲んでいた。

「おっ、いいね。美味しいパンが食べられる家、つまり……パン屋さんだな」

 そう言って、黒板に《パン屋》と書き込む。その文字を指でなぞりながら、アルトは穏やかに言葉を続けた。

「ステラ、これが“パン屋”って文字だよ」

「パン屋!」

「そう。パン屋さんにはね、いろんなパンがあるんだ。アンパンに食パン、カレーパンにクロワッサン。甘いのも、しょっぱいのも、噛むたびに香ばしい香りがしてね……」

 アルトの口から紡がれる言葉は、どこか詩のようだった。
 遠い過去――前の世界で見たパン屋の光景が、彼の記憶の奥で静かに息を吹き返していた。

「固いパンだけじゃなくて、色んなパンがあるんだね」

「そう。そうだ、ステラも書いてみようか。これが“パン”という字でね……」

 アルトが石筆を差し出すと、ステラは慎重にそれを受け取った。小さな手が震えながらも、真剣に黒板へと線を刻む。
 ぎこちなく引かれたその線は、やがて形を成し、幼い筆跡。
 その姿はまるで、七夕の短冊に一生懸命に願いを書いているような――見ているだけで、胸の奥が温かくなる。

「書けたよ!」

 ステラが黒板を掲げ、誇らしげに笑った。
 そこには、少し歪んだ文字で《パン》《美味しいパン》《柔らかいパン》と並んでいる。
 アルトはその文字を見つめ、目を細めて頷く。

「うん、いい字だ」

「ほんとに?」

「ああ。……よし、いつか、この辺境の地に美味しいパン屋さんを作ろう。いろんなお店が並んで、みんなが笑って過ごせるように。そんな場所にしていこう」

 アルトの言葉に、ステラの顔がぱっと花のようにほころぶ。

 セリカは少し離れた場所から、その光景をじっと見つめていた。

 ステラの笑顔、無邪気に動く指先、アルトの柔らかな声――すべてが眩しくて、少しだけ痛い。
 胸の奥で、かすかな痛みと温もりがせめぎ合う。ああ、教えるというのは、こういうことなのか。
 自分がかつて得られなかった“優しい学び”に少しだけ嫉妬しまっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

正しい聖女さまのつくりかた

みるくてぃー
ファンタジー
王家で育てられた(自称)平民少女が、学園で起こすハチャメチャ学園(ラブ?)コメディ。 同じ年の第二王女をはじめ、優しい兄姉(第一王女と王子)に見守られながら成長していく。 一般常識が一切通用しない少女に友人達は振り回されてばかり、「アリスちゃんメイドを目指すのになぜダンスや淑女教育が必要なの!?」 そこには人知れず王妃と王女達によるとある計画が進められていた! 果たしてアリスは無事に立派なメイドになれるのか!? たぶん無理かなぁ……。 聖女シリーズ第一弾「正しい聖女さまのつくりかた」

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~

鏑木カヅキ
恋愛
 十年ものあいだ人々を癒し続けていた聖女シリカは、ある日、婚約者のユリアン第一王子から婚約破棄を告げられる。さらには信頼していた枢機卿バルトルトに裏切られ、伯爵令嬢ドーリスに聖女の力と王子との婚約さえ奪われてしまう。  元聖女となったシリカは、バルトルトたちの謀略により、貧困国ロンダリアの『愚醜王ヴィルヘルム』のもとへと強制的に嫁ぐことになってしまう。無知蒙昧で不遜、それだけでなく容姿も醜いと噂の王である。  そんな不幸な境遇でありながらも彼女は前向きだった。 「陛下と国家に尽くします!」  シリカの行動により国民も国も、そして王ヴィルヘルムでさえも変わっていく。  そしてある事件を機に、シリカは奪われたはずの聖女の力に再び目覚める。失われたはずの蘇生聖術『リザレクション』を使ったことで、国情は一変。ロンダリアでは新たな聖女体制が敷かれ、国家再興の兆しを見せていた。  一方、聖女ドーリスの力がシリカに遠く及ばないことが判明する中、シリカの噂を聞きつけた枢機卿バルトルトは、シリカに帰還を要請してくる。しかし、すでに何もかもが手遅れだった。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...