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10章 荒れ地に芽吹く小さな希望の葉。文字をなぞる小さな手は夢をなぞりて
第23話
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そんなセリカの胸に去来する迷いと反省をよそに、拠点小屋の静寂を破ったのは、ひときわ澄んだステラの声だった。
「アルトーさん、それ、なに書いてるの?」
小さな指が、卓上の黒板を指し示す。
アルトはその指先を目で追いながら、柔らかく笑った。
「これはな……この土地に“あったらいいな”って思うものを書いてるんだ」
「“あったらいいな”?」
黒板の上には《食料庫》《用水路》《風呂》《水車》といった単語が並び、まだこの地に存在しない未来の欠片たちが、白い線となって浮かび上がっていた。
それはまるで、現実と夢のあいだに引かれた地図――希望を形にするための呪文の羅列のようでもあった。
「そう。いまは無くても、いつか作れたらいいなって思うものさ。……そうだ、ステラはここに“あったらいいな”と思うもの、何かあるかな。お店とかでもいいぞ」
問いかけに、ステラは顎に指をあててしばし考え、やがてぱっと顔を上げた。
「あったら……んー。じゃあね!」
小さな声が跳ねるように弾けた。
「美味しいパンが食べられる家がほしい!!」
あまりにまっすぐな願いに、アルトは思わず吹き出した。だが、笑い声の奥には懐かしさのようなものが滲んでいた。
「おっ、いいね。美味しいパンが食べられる家、つまり……パン屋さんだな」
そう言って、黒板に《パン屋》と書き込む。その文字を指でなぞりながら、アルトは穏やかに言葉を続けた。
「ステラ、これが“パン屋”って文字だよ」
「パン屋!」
「そう。パン屋さんにはね、いろんなパンがあるんだ。アンパンに食パン、カレーパンにクロワッサン。甘いのも、しょっぱいのも、噛むたびに香ばしい香りがしてね……」
アルトの口から紡がれる言葉は、どこか詩のようだった。
遠い過去――前の世界で見たパン屋の光景が、彼の記憶の奥で静かに息を吹き返していた。
「固いパンだけじゃなくて、色んなパンがあるんだね」
「そう。そうだ、ステラも書いてみようか。これが“パン”という字でね……」
アルトが石筆を差し出すと、ステラは慎重にそれを受け取った。小さな手が震えながらも、真剣に黒板へと線を刻む。
ぎこちなく引かれたその線は、やがて形を成し、幼い筆跡。
その姿はまるで、七夕の短冊に一生懸命に願いを書いているような――見ているだけで、胸の奥が温かくなる。
「書けたよ!」
ステラが黒板を掲げ、誇らしげに笑った。
そこには、少し歪んだ文字で《パン》《美味しいパン》《柔らかいパン》と並んでいる。
アルトはその文字を見つめ、目を細めて頷く。
「うん、いい字だ」
「ほんとに?」
「ああ。……よし、いつか、この辺境の地に美味しいパン屋さんを作ろう。いろんなお店が並んで、みんなが笑って過ごせるように。そんな場所にしていこう」
アルトの言葉に、ステラの顔がぱっと花のようにほころぶ。
セリカは少し離れた場所から、その光景をじっと見つめていた。
ステラの笑顔、無邪気に動く指先、アルトの柔らかな声――すべてが眩しくて、少しだけ痛い。
胸の奥で、かすかな痛みと温もりがせめぎ合う。ああ、教えるというのは、こういうことなのか。
自分がかつて得られなかった“優しい学び”に少しだけ嫉妬しまっていた。
「アルトーさん、それ、なに書いてるの?」
小さな指が、卓上の黒板を指し示す。
アルトはその指先を目で追いながら、柔らかく笑った。
「これはな……この土地に“あったらいいな”って思うものを書いてるんだ」
「“あったらいいな”?」
黒板の上には《食料庫》《用水路》《風呂》《水車》といった単語が並び、まだこの地に存在しない未来の欠片たちが、白い線となって浮かび上がっていた。
それはまるで、現実と夢のあいだに引かれた地図――希望を形にするための呪文の羅列のようでもあった。
「そう。いまは無くても、いつか作れたらいいなって思うものさ。……そうだ、ステラはここに“あったらいいな”と思うもの、何かあるかな。お店とかでもいいぞ」
問いかけに、ステラは顎に指をあててしばし考え、やがてぱっと顔を上げた。
「あったら……んー。じゃあね!」
小さな声が跳ねるように弾けた。
「美味しいパンが食べられる家がほしい!!」
あまりにまっすぐな願いに、アルトは思わず吹き出した。だが、笑い声の奥には懐かしさのようなものが滲んでいた。
「おっ、いいね。美味しいパンが食べられる家、つまり……パン屋さんだな」
そう言って、黒板に《パン屋》と書き込む。その文字を指でなぞりながら、アルトは穏やかに言葉を続けた。
「ステラ、これが“パン屋”って文字だよ」
「パン屋!」
「そう。パン屋さんにはね、いろんなパンがあるんだ。アンパンに食パン、カレーパンにクロワッサン。甘いのも、しょっぱいのも、噛むたびに香ばしい香りがしてね……」
アルトの口から紡がれる言葉は、どこか詩のようだった。
遠い過去――前の世界で見たパン屋の光景が、彼の記憶の奥で静かに息を吹き返していた。
「固いパンだけじゃなくて、色んなパンがあるんだね」
「そう。そうだ、ステラも書いてみようか。これが“パン”という字でね……」
アルトが石筆を差し出すと、ステラは慎重にそれを受け取った。小さな手が震えながらも、真剣に黒板へと線を刻む。
ぎこちなく引かれたその線は、やがて形を成し、幼い筆跡。
その姿はまるで、七夕の短冊に一生懸命に願いを書いているような――見ているだけで、胸の奥が温かくなる。
「書けたよ!」
ステラが黒板を掲げ、誇らしげに笑った。
そこには、少し歪んだ文字で《パン》《美味しいパン》《柔らかいパン》と並んでいる。
アルトはその文字を見つめ、目を細めて頷く。
「うん、いい字だ」
「ほんとに?」
「ああ。……よし、いつか、この辺境の地に美味しいパン屋さんを作ろう。いろんなお店が並んで、みんなが笑って過ごせるように。そんな場所にしていこう」
アルトの言葉に、ステラの顔がぱっと花のようにほころぶ。
セリカは少し離れた場所から、その光景をじっと見つめていた。
ステラの笑顔、無邪気に動く指先、アルトの柔らかな声――すべてが眩しくて、少しだけ痛い。
胸の奥で、かすかな痛みと温もりがせめぎ合う。ああ、教えるというのは、こういうことなのか。
自分がかつて得られなかった“優しい学び”に少しだけ嫉妬しまっていた。
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