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10章 荒れ地に芽吹く小さな希望の葉。文字をなぞる小さな手は夢をなぞりて
第22話
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三人は拠点小屋に戻り、泥と汗を布で拭い、疲労まみれの身体をようやく落ち着かせる。
その夜は誰からともなく言葉少なに横になり、疲労と安心が入り混じる夢の底へ、三人とも早々に沈んでいった。
――翌朝。
陽がまだ低く、薄い靄が畑を包む時間。
ジャガイモが育つまで、畑をぼーと眺める訳にはいかない。
アルトは卓上に地図を広げ、手元の黒板に何やら書き込みをしていた。
「食料庫、それから……物置小屋、工房も必要か。あと、用水路の整備も早めにやらないとな。そうだ、風呂とかも欲しいかな。やっぱり身体全体を湯船を沈めたいな。もしくはシャワーだけでも……」
独り言のように呟きながら、指先で線を引く。
計画の中には、まだ夢物語のようなものも多い。けれど、描いておかなければ形にもならない。
荒れ地を拓くというのは、結局こうして少しずつ“未来”を描く作業なのだ。
「あっ、水車もあれば便利か。今後、小麦とかを収穫できれば粉を挽くのにも、何かしら動力にも使えるし」
そう言って頬を掻くアルトの顔は、どこか楽しげだった。
疲れの残る身体であっても、こうして“作る”ことを考える時間だけは、不思議と心が軽い。
そのとき、奥の部屋から甲高い声が響いた。
「もう嫌ーっ!」
続いて、ばたばたと駆け足が近づいてきて、アルトの背後に何かがぶつかる。
驚いて振り向くと、ステラが涙目になって背中にしがみついていた。
「ど、どうした? セリカさんに何か言われたのか?」
「なにもしていない……訳ではないですが、もう少しお勉強を頑張りましょうって言っただけですわ」
扉口に現れたセリカ。その瞳は、かつての家庭教師に似ているようだった。
ステラは頬をぷくりと膨らませ、アルトの背中から顔だけ出して小さく言う。
「たくさんの難しい文字をいっぱい書かされるんだもん……」
「難しくなんてありませんわ。今あなたに教えている文字は、私が五歳で覚えたものですのよ。文字というのは、何度も書いて身体に染み込ませるものですわ」
「せ、先生…じゃなくて、セリカさん。ちょっとスパルタ……いや、厳しいんじゃないかな? そんなに強制的に勉強させても、身につかないと思うよ。僕は」
苦笑するアルトに、セリカは眉をひそめて小さく肩をすくめた。
「知識は武器ですわ。覚えるのが早いほど、未来の選択肢は広がりますの。鉄は熱いうちに打て――まさにそれですわ」
「いや、そういう考えは理解できるけど……」
アルトの脳裏に、かつての家庭教師の顔が浮かぶ。
一応、貴族の家に生まれたアルトは、幼いころから家庭教師を雇い入れて、勉強漬けの毎日を送っていた。
読み書き、歴史、礼法――どれも貴族として身につけるべき基礎だった。
ただ、前世の記憶が邪魔をして、この世界の文字や文章体系を覚えるのには、随分と苦労したものだ。
けれど、数や計算となると話は別だった。
元々理系気質というのもあり、数字は世界をまたいでも裏切らない。
おかげで、兄姉を差し置いて計算だけは誰よりも早く、正確にこなせた。
セリカもそうだった。ただ彼女の場合は、各分野ごとに専門の教師がついていた。
一方でアルトの家庭教師は一人だけ。幅広く教えられる分、どの授業も詰め込み気味だった。
ちなみにこの世界にも“学校”は存在する。
貴族の子らは十三歳になると、各国の貴族や推薦を受けた者だけ通える学院に留学することができる。
アルトもセリカもその学院に通っていた。
庶民の場合は、親から学ぶか、町や村の寺子屋のような場所に通う。
だが、この辺境の地には、そんな施設も教師もない。だからこそ今は――セリカが、庶民の親のように教えるしかないのだ。
ステラは渋い顔をしたまま、視線を下にしたまま口を開く。
「……でも、難しいの」
セリカはため息をつく。
彼女の頭に過るのは、かつての自分の姿。厳しい教師に叩き込まれ、泣きながら暗記した日々。思えば、泣いても誰も助けてくれないと知り、あの日から泣くことを止めたのだった。
それが当然と思っていた。だが――この子は違う。境遇も、立場も、年齢も。
「教えるって、難しいのね。自分が習うより、ずっと大変ですわね」
セリカの声には、どこか自嘲にも似た柔らかさが混じっていた。
アルトはそんな彼女を見つめながら、ふと思う。
荒地を拓くよりも、人を育てることの方が――よほど難しいのかもしれない、と。
その夜は誰からともなく言葉少なに横になり、疲労と安心が入り混じる夢の底へ、三人とも早々に沈んでいった。
――翌朝。
陽がまだ低く、薄い靄が畑を包む時間。
ジャガイモが育つまで、畑をぼーと眺める訳にはいかない。
アルトは卓上に地図を広げ、手元の黒板に何やら書き込みをしていた。
「食料庫、それから……物置小屋、工房も必要か。あと、用水路の整備も早めにやらないとな。そうだ、風呂とかも欲しいかな。やっぱり身体全体を湯船を沈めたいな。もしくはシャワーだけでも……」
独り言のように呟きながら、指先で線を引く。
計画の中には、まだ夢物語のようなものも多い。けれど、描いておかなければ形にもならない。
荒れ地を拓くというのは、結局こうして少しずつ“未来”を描く作業なのだ。
「あっ、水車もあれば便利か。今後、小麦とかを収穫できれば粉を挽くのにも、何かしら動力にも使えるし」
そう言って頬を掻くアルトの顔は、どこか楽しげだった。
疲れの残る身体であっても、こうして“作る”ことを考える時間だけは、不思議と心が軽い。
そのとき、奥の部屋から甲高い声が響いた。
「もう嫌ーっ!」
続いて、ばたばたと駆け足が近づいてきて、アルトの背後に何かがぶつかる。
驚いて振り向くと、ステラが涙目になって背中にしがみついていた。
「ど、どうした? セリカさんに何か言われたのか?」
「なにもしていない……訳ではないですが、もう少しお勉強を頑張りましょうって言っただけですわ」
扉口に現れたセリカ。その瞳は、かつての家庭教師に似ているようだった。
ステラは頬をぷくりと膨らませ、アルトの背中から顔だけ出して小さく言う。
「たくさんの難しい文字をいっぱい書かされるんだもん……」
「難しくなんてありませんわ。今あなたに教えている文字は、私が五歳で覚えたものですのよ。文字というのは、何度も書いて身体に染み込ませるものですわ」
「せ、先生…じゃなくて、セリカさん。ちょっとスパルタ……いや、厳しいんじゃないかな? そんなに強制的に勉強させても、身につかないと思うよ。僕は」
苦笑するアルトに、セリカは眉をひそめて小さく肩をすくめた。
「知識は武器ですわ。覚えるのが早いほど、未来の選択肢は広がりますの。鉄は熱いうちに打て――まさにそれですわ」
「いや、そういう考えは理解できるけど……」
アルトの脳裏に、かつての家庭教師の顔が浮かぶ。
一応、貴族の家に生まれたアルトは、幼いころから家庭教師を雇い入れて、勉強漬けの毎日を送っていた。
読み書き、歴史、礼法――どれも貴族として身につけるべき基礎だった。
ただ、前世の記憶が邪魔をして、この世界の文字や文章体系を覚えるのには、随分と苦労したものだ。
けれど、数や計算となると話は別だった。
元々理系気質というのもあり、数字は世界をまたいでも裏切らない。
おかげで、兄姉を差し置いて計算だけは誰よりも早く、正確にこなせた。
セリカもそうだった。ただ彼女の場合は、各分野ごとに専門の教師がついていた。
一方でアルトの家庭教師は一人だけ。幅広く教えられる分、どの授業も詰め込み気味だった。
ちなみにこの世界にも“学校”は存在する。
貴族の子らは十三歳になると、各国の貴族や推薦を受けた者だけ通える学院に留学することができる。
アルトもセリカもその学院に通っていた。
庶民の場合は、親から学ぶか、町や村の寺子屋のような場所に通う。
だが、この辺境の地には、そんな施設も教師もない。だからこそ今は――セリカが、庶民の親のように教えるしかないのだ。
ステラは渋い顔をしたまま、視線を下にしたまま口を開く。
「……でも、難しいの」
セリカはため息をつく。
彼女の頭に過るのは、かつての自分の姿。厳しい教師に叩き込まれ、泣きながら暗記した日々。思えば、泣いても誰も助けてくれないと知り、あの日から泣くことを止めたのだった。
それが当然と思っていた。だが――この子は違う。境遇も、立場も、年齢も。
「教えるって、難しいのね。自分が習うより、ずっと大変ですわね」
セリカの声には、どこか自嘲にも似た柔らかさが混じっていた。
アルトはそんな彼女を見つめながら、ふと思う。
荒地を拓くよりも、人を育てることの方が――よほど難しいのかもしれない、と。
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