【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

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第12話【父と母のように】

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 十五分で迎えに来ると、洋子は言っていた。

 幸はスウェットを脱ぎ、白の開襟シャツにベージュのパンツを合わせた。

 シンプルな装いなのに、シャツのラインが彼女のすらりとした体を引き立てている。

 髪を軽くまとめ、ナチュラルに化粧を施す。

 ほんの少しメイクをしただけなのに、気分が違う。

 鏡の中の自分が、少しだけ凛として見える。

 お泊まりセットを用意し終えた頃、携帯が小さく震えた。

 洋子からのメッセージだ。

『着いたよ。降りてきて』

 幸は画面を見つめ、短く指を動かす。

『ありがとう。今から行くね』

 そう返信を送ると、深呼吸をひとつして玄関へと向かった。

 玄関には、ローヒールのパンプスが一足。
 圭吾のために履いていた靴だった。

 ――このパンプスを履くことは、もうないだろう。

 そう思った幸は、そのパンプスを静かに手に取る。
 そして、何のためらいもなく家の中へ引き返し、ゴミ箱の中へと落とした。

 再び玄関に戻り、靴箱からヌードベージュのローファーを取り出して履く。

 落ち着いた色合いが、白のシャツとベージュのパンツに自然に溶け込み、
 彼女の大人の女性としての静かな強さと品を際立たせる。


 マンションのエントランスを出ると、夜風が頬をかすめた。

 昼間の蒸し暑さはすっかり消え、秋の気配を含んだ空気がひんやりと肌を撫でる。

 道路脇に停まった車のヘッドライトが、急に光を放った。

 運転席から洋子が顔を出し、「こっちー!」と大きく手を振っている。

 笑顔で呼びかけるその声に、幸の心が少しだけ軽くなった。

「お待たせ……今日は、ありがとう」

 そう言いながら助手席に乗り込むと、車内には洋子お気に入りの、柔らかな香水の香りが漂っていた。

「いえいえ。でも、私も幸に会いたかったから、電話もらえて嬉しかったよ」

 洋子は笑顔でそう言い、幸がシートベルトを締めたのを確認すると、アクセルを踏んだ。

 車が静かに走り出す。

 車内には、洋子の好きなジャズが流れている。

 なんだか、落ち着く。

 外へと視線を向けると、街の灯りが幻想的に流れていった。

 幸は、流れていく街の灯りをぼんやりと眺めながら、今日一日の出来事が、もう遠いことのように感じていた。

「ねぇ、幸――」

 ぼんやりしている幸に、洋子が声をかける。

「明日は仕事、休みにしたからさ。今日はとことん飲もうね」

 洋子は、美容師でありながら、三店舗の美容室を経営するオーナーでもある。

「美容室って、土日が一番忙しいんじゃないの? 本当に大丈夫?」

 幸が心配そうに尋ねると、洋子は明るく笑って答えた。

「大丈夫、大丈夫。もしもの時は、うちの“朋美ママ”のところから応援の美容師さんを借りるから」

 “朋美ママ”とは、洋子の母親である山川朋美のことだ。

 朋美もかつては美容師として活躍していたが、今は第一線を退き、
 都内に何十店舗もの美容室を展開する経営者として知られている。

 美容業界では、彼女の名を知らない者はいないほどだ。

「長いこと会ってないけど、朋美ママは元気?」

 幸が尋ねると、洋子は明るく笑って答えた。

「すっごい元気だよ。それより、綾乃ママは元気? ママが会いたがってたからさ」

 洋子の母・朋美と、幸の母・綾乃は幼なじみであり、大の仲良しだった。

 その縁もあって、幸と洋子もまた、幼いころから大の仲よしだ。

「最近は連絡してないけど、元気だと思うよ。なんせ“自由が一番”なんて言いながら、いろんな国を旅して、
 楽しそうに人生を謳歌してる人だから」

「“自由が一番”って、綾乃ママらしいね」

 洋子がくすっと笑う。

「でも、武パパが事故で亡くなったときは、綾乃ママどうなるのかなって心配してたけど、
 元気になって本当によかったよね」

 幸の父・西村武は、幸が高校三年生のとき、相手の過失による事故でこの世を去った。

 武と綾乃はとても仲の良い夫婦だっただけに、当時の綾乃はしばらくのあいだ、
 まるで心ここにあらずのようだった。

 立ち直るまでには一年ほどかかったが、今では再び笑顔を取り戻し、元気に暮らしている。

 幸は、父のことを思い出したと同時に、圭吾のことも思い出した。

 ――圭吾となら、父と母のように仲の良い夫婦になれる。

 ずっと、そう信じていた。

 けれど、それはどうやら間違いだったらしい。

 そう思った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

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