【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

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第34話【すべてを話す】

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 車内では会話はなく、微かな香りだけが二人の間を満たしている。

 幸は窓の外へと視線を向け、外の景色を眺めた。

 街の明かりは次第に密度を増し、繁華街を抜けるにつれて、人通りが減っていく。

 ――どこへ向かっているんだろう。

 車は、滑るように走り続ける。

 そんな時間が続いて、約一時間後。

 車はゆるやかに減速し、高台に構える黒塗りの門前で停車した。

 看板はない。
 外からは何の店なのか、まったく分からない。

 ただ、重厚な扉とあたたかな間接照明だけが、この場所が “誰でも入れる場所ではない” と静かに告げている。

 運転手がドアを開けると、夜風がふわりと流れ込み、幸の頬をかすめる。

 匠が先に降り、無言で手を差し出す。
 幸はその手に軽く触れながら外へ出る。

 高級車が停まる音に気づいたのか、黒服のスタッフがすぐに姿を見せ、丁寧な一礼を向けた。

「水沢様、お待ちしておりました。本日は奥のプライベートルームをご用意しております」

「そうか。案内してくれ」匠が軽く返す。

 スタッフは無駄のない動作で扉を開ける。

 中へ足を踏み入れると、落ち着いた空間が広がっていた。

 明かりは控えめで、柔らかなジャズが遠くで流れている。
 それだけなのに、空間全体が上質で、どこか贅沢な静けさを纏っていた。

 案内されたのは、フロアの奥にある完全個室のラウンジ。

 深い色の木材で統一された室内。
 大きな窓の向こうには、夜景が静かに広がっている。

 向かい合うようにソファへ腰を下ろすと、スタッフがメニューをそっと差し出した。

「お飲み物はいかがなさいますか?」

 匠が先にメニューへ視線を落とす。

「俺はハイボールで。……幸さんは?」

 そう言って、メニューを幸に手渡す。

 幸はページを軽く見ながら、

「私は……モスコミュールをお願いします」

 控えめに答えた。

「おつまみは、適当に何品か持ってきて」

 匠はスタッフへ向き直り、短く指示を出す。

 スタッフは丁寧に一礼し、

「かしこまりました」

 と返して、静かに部屋を後にした。

 料理と飲み物がすべて運ばれたところで、匠がゆっくりと口を開く。

「それで……俺に話しておきたいことっていうのは?」

 幸は、意を決したように顔を上げ、まっすぐ匠を見つめる。

「実は……黒田ホールディングスの御曹司で、NexSeed黒田の社長──黒田圭吾と、
 二十歳の頃からお付き合いしていたんです」

 匠の眉がわずかに動き、

「黒田圭吾……」

 低く、小さく呟く。

「でも、その関係は周囲には内緒でした」

 匠の瞳が細められる。

「内緒とは? どうして?」

「私の家が……普通の家庭だったからです」

「普通の家? 君は、西園寺家の孫だろう」

「実は……家庭の事情で、西園寺家が母の実家だと知ったのも、西園寺家と関わりを持つようになったのも、
 ここ最近なんです」

 匠は、「あぁ、なるほど」という感じで、息を吐き、

「西園寺家の娘が家を出て行ったって話は聞いたことがある。その娘が……君の母親だったんだね」

 納得するように軽く頷く。

「そうです……」

 そこから幸は、圭吾との出会い、
 圭吾と二人で会社を立ち上げたこと。
 そして──圭吾の裏切り。

 愛人になれと脅されたことまで、隠すことなくすべてを話した。

 さらに、西園寺家に迎えられるまでの経緯を伝え、

「……私は幸運にも、西園寺家の後ろ盾を得ました。だから、圭吾の言う“愛人”にならずに済みました。
 でも……彼のことです 気に入った女性ができれば、また権力を振りかざして、
 無理にでも支配しようとするはず。だから……彼から“権力”を奪いたいんです。」

 幸は一度、息を整えた。

「でも、圭吾と対立するということは、黒田ホールディングスと対立する可能性もあります。
 だから……匠さんには最初にきちんと話しておくべきだと思って。
 もし今の話を聞いて、私を雇う気がなくなったなら……遠慮なくおっしゃってください」

 幸は、すべてを匠に話し終えた。

 黙って聞いていた匠は、しばしの沈黙のあと、ゆっくりと口を開く。

「幸さん……一つ聞いてもいいですか?」

 すべてをさらけ出した今、隠すものなど何もない。

「いいですよ。一つと言わず、なんでもお答えします」

 今は――匠の協力が、どうしても欲しかった。

 匠は幸を真っ直ぐに見据えたまま問いかける。

「その男を懲らしめたいのは……嫉妬とか、愛情の裏返しではないんですか?」

 正面から向けられる視線に、幸も逃げずに目を合わせる。

「彼に対する愛情は、まったくありません。それどころか、嫌悪しかないんです。
 彼に触れられると、全身に鳥肌が立ってしまって……」

 そう話しながら、喫茶店での出来事を思い出した幸の全身に鳥肌が立つ。

 幸は身震いする感じで、鳥肌がたった腕をさすりだす。

 それを見た匠の口角があがった。



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