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第37話【タワーマンション】
しおりを挟む辿り着いたのは、都心の一等地に堂々とそびえ立つタワーマンションだった。
その最上階は“特別フロア”として設けられ、たった二部屋しか存在しない。
ひとつは匠の住むペントハウス。
もう一方が、今回幸が住むことになった隣室だ。
専用エレベーターでのみアクセスできるフロアで、セキュリティは高級ホテル以上。
エレベーターの中で、匠が幸に視線を向け、穏やかな声で言う。
「最上階は二部屋だけなんだ。他の住人は誰もいない。だから安心していいよ」
扉が開いた瞬間、空気がふっと変わる。
廊下は静まり返り、厚いカーペットが足音を吸い込んでいく。
左右に一室ずつ。
どちらの玄関ドアもホテルのスイートルームを思わせる重厚な造りだった。
最上階の空気は、外界の喧騒とは無縁の静寂に包まれ、どこか異世界に迷い込んだような落ち着きが漂う。
幸は思わず息を呑む。
――こんな場所に、住むことになるなんて。
目を丸くしている幸を見て、匠の口角がわずかに上がる。
「困ったことがあったら……隣にいるから、いつでも声をかけて」
“隣にいる”。
その言葉だけで、胸の奥にじんわりと温かさが広がる。
玄関のドアを開け、匠が幸の荷物を中へと運び入れた。
「荷物を片付けたら、俺の部屋においで。必要な物を、一緒に買いに行こう」
そう言い残し、匠は自分の部屋へと入って行った。
匠の姿が見えなくなり、幸も自分の部屋へと足を踏み入れる。
未知の世界へ踏み込むような、ちょっとしたワクワク。
そして、身分不相応な場所に来てしまったような、戸惑い。
そんな入り混じる感情のまま中へと進む。
目に飛び込んできた光景に、幸はハッと息を呑む。
──広い。
そして、“美しい”。
高い天井、全面窓から射し込む柔らかな光。
最上階ならではの眺望は、昼間であるにも関わらずどこか幻想的で、街全体が静かに輝いているように見える。
リビングは、まるでホテルのラウンジのようにお洒落だ。
ベージュを基調とした空間に、深いターコイズのソファーセットが存在感を放ち、上質な落ち着きを演出。
キッチンはアイランド型で、ステンレスの輝きがプロ仕様のように整えられている。
しかし重々しさはなく、白い大理石の天板が優雅さを添えていた。
リビング奥の寝室へ足を進めると、扉を開けた瞬間に淡い木の香りがふわりと広がった。
キングサイズのベッド、柔らかく光る間接照明、遮光カーテン──すべてが
「よく眠れる部屋」として完璧に整えられている。
クローゼットを開ければ、広々としたウォークイン仕様。
一人暮らしでは使い切れないほどの収納力に、幸は思わず目を丸くした。
さらに、ゲストルームが二部屋あり、それぞれにバスとトイレが備え付けられている。
独立した大きなバスルームは、まるでホテルのスパのようだった。
透明ガラスのシャワーブース、大きなバスタブ、白とグレーの大理石が静かに光を反射し、
天井の柔らかな照明が落ち着きを与えている。
どこを見ても、完璧だった。
家具もすべて整えられているうえに、日用品まで揃えられている。
丁寧に準備され、今すぐにでも生活を始められる状態だ。
幸は、匠の仕事の速さに感心した。
それと同時に──ここまで気を配ってくれた匠の心遣いが胸に染み、彼の会社を必ず成功させようと、
心に誓った。
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