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第50話【噂話】
しおりを挟む匠と幸は会社に戻ってきた。
ちょうどお昼の休憩時間で、二人は村田秘書と合流し、社員食堂で昼食をとることにした。
それぞれ注文した料理を受け取り、空いているテーブルへと向かう。
匠の隣に幸が座り、向かいの席には村田が腰を下ろした。
席につくと同時に、
「こんなに早く松島テクノロジーとの契約が決まるなんて、本当にすごいですね!」
村田が目を輝かせながら口を開く。
「ましてや地元で絶大な影響力を持つ、黒田ホールディングスの御曹司が社長を務める【NexSeed黒田】と取引のある企業ですよ?その契約を、うちに切り替えさせたなんて……社長、本当に快挙です」
興奮気味に語る村田の話を、匠と幸は落ち着いた表情で聞いていた。
だが、幸の胸の内は静かに燃えている。
今は、まだスタートしたばかり。
――これからが本番。
黒田圭吾から、権力を奪うまでは、手加減はしない。
幸は、心の中でそう呟いていた。
*****
匠・幸・村田が食事をしているその周囲では、いつの間にか“幸の噂話”に花を咲かせていた。
「社長の隣にいるあの女性、西村っていう名前らしいけど……社長の専属秘書として雇われたみたいよ」
三人に聞こえないよう、女性社員たちはテーブルを寄せ合って、ひそひそと囁き合う。
「えっ!? 本当に? だって社長って、女性を寄せ付けないって有名だったよね。そんな人が専属秘書にしたってことは……」
「あれだけの美人だもの。さすがの社長も、ついに落ちたんじゃない?」
「もしかして……彼女ってこと?」
「いや、それは違うんじゃない? 彼女にしてはあまりにも距離があるっていうか、ベタベタしてないし」
「うんうん。歩くときも村田秘書と同じで、社長の一歩後ろを歩いてたよ」
「そっか……でも、彼女って言われても納得するレベルではあるよね。社長の隣にいても見劣りしないというか……むしろ、嫉妬するのも失礼な感じというか」
「わかる! 二人並んで歩いてると、なんか“別次元”って感じだよね」
「でもさ、仕事はできるのかな?」
「見た目だけで雇用されたとしたら、それはちょっと違う気がする」
「まぁ、確かにそれはあるよね」
社員たちはひそひそ話しているつもりのようだったが、興奮で声のトーンが上がり、三人が座っている席にまで会話の内容が届いていた。
匠の眉がピクリと動き、目が鋭く光る。
そのわずかな変化を見て、村田は「これはまずい」と直感し、女子社員に注意しようと椅子から立ち上がりかけた——その瞬間。
「村田さん」
幸が声をかけた。
「設立記念パーティーについて、段取りを教えてください」
噂など耳に入っていないかのような、落ち着いた声だった。
――【NexSeed黒田】にいたときの噂話に比べれば、まだまだ可愛らしいものだ。
幸はそう内心で苦笑していた。
仕事ができるかどうかは、これから証明すればいいだけのこと。
いちいち噂に反応していては、社内の雰囲気が悪くなるだけだ。
幸は噂を完全にスルーした。
その様子を見て、匠の口角がわずかに上がる。
噂話をまるで風のように受け流し、仕事の話へと切り替える。
状況を冷静に読み、何が最優先かを判断して行動できる。
幸の有能さをあらためて 確信させられた。
――幸は、面白い。
――秘書としても素晴らしいが、女としても芯が強くていい女だ。
匠は目を細め、幸の横顔を見つめた。
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