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第51話【設立記念パーティー】
しおりを挟む【水沢イノベーションズ】 設立記念パーティー当日。
黒のマイバッハ S680 が、静かにホテルのエントランスへと滑り込んだ。
ツヤを抑えたボディは照明を柔らかく反射し、その存在感だけで周囲の空気を引き締める。
運転手が降りて後部ドアへと回り込み、長いドアが音もなく開く。
最初に姿を現したのは、オーダーメイドのダークスーツを身にまとった匠。
社長らしい凛とした佇まいで車を降りると、その後に続く女性へ自然に手を差し伸べた。
その手へそっと添えられたのは、同じくオーダーメイドのドレスをまとった幸の指先。
彼女は匠の支えを受けながら、優雅に地面へと降り立った。
今日の会場は、 水沢ホールディングスが所有する都内でも最高峰と名高い高級ホテル。
その玄関前に二人が姿を見せた瞬間――ホテルスタッフ、パーティー出席の幹部社員。
そこにいた全員の動きが、止まった。
二人の纏う空気は、まるで映画のワンシーンのようで、誰もがみとれ佇んでいた。
進行係の社員は、ハッとしたように我に返り、
「社長、こちらへ」と匠をパーティー会場へと案内した。
幸は、匠の後ろを一歩下がってついていく。
大宴会場の扉が開いた瞬間、まばゆいシャンデリアの光が二人を迎え入れた。
静かに響くピアノの生演奏が、会場全体を優雅な空気で満たしている。
中央には、企業ロゴをモチーフにした巨大なフラワーアレンジメント。
壁際には長いテーブルが整然と並び、銀のカトラリーとホテル特製のフィンガーフード、色鮮やかなオードブルが美しく並べられていた。
その横では、黒服のスタッフたちが、来賓へグラスシャンパンを手渡すため、
静かに待機している。
会場の奥――
金糸で縁どられたステージには、水沢イノベーションズの歩みを映すスクリーンが設置され、やがて始まる挨拶とプレゼンテーションの時を待っていた。
匠と幸は村田秘書と合流し、運営側との最終確認を進める。
そのすべてが滞りなく整った頃、招待客たちが次々と会場へと足を踏み入れ始めた。
取引先の会長や社長、企業の幹部、行政関係者。
メインバンクの支店長や担当役員、証券会社・投資ファンドの担当者。
業界団体や協会の代表者など、そうそうたる顔ぶれが会場を埋め尽くしていく。
その中には、【NexSeed黒田】と取引のある企業の社長たちの姿もちらほら見えた。
幸は、その顔ぶれを確認しながら、過去にやり取りのあった人物の情報を匠へとさりげなく耳打ちしていく。
匠は、その情報をもとに、的確な話題を織り交ぜながら社長たちとの会話を自然に盛り上げていった。
匠のそばに控える幸にも、当時を知る幹部たちが次々と声をかけてくる。
「西村さん、お久しぶりですね。【NexSeed黒田】を辞められたんですね」
「ここ数年、お見かけしなかったから、心配していたんですよ」
「今は【水沢イノベーションズ】にお勤めなんですね」
「また会えてうれしいです」
「よければ今度、ゆっくり食事でもどうですか?」
「連絡先を交換しましょう……」
まるで幸の復帰を歓迎するかのように、複数の男性幹部たちが彼女の周りへと集まってくる。
幸は、思わず息を呑み、困惑した。
【NexSeed黒田】が主催したパーティーでも、こうして大勢の男性社員に囲まれることが何度かあった。
そのたびに圭吾の機嫌は悪くなり、
『他の男が寄ってこないように、見た目を悪くしろ』
『俺を不安にさせないでくれ』
そんな言葉を浴びせられたこともあった。
それ以来、幸は圭吾を不安にさせないようにと、「ダサい女」を演じるようになっていた。
――匠も、圭吾と同じように嫌な気持ちになっているのだろうか?
不安が顔を出し、幸は匠の方へと視線を向けた。
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