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第57話【デート】
しおりを挟む次の日の朝。
匠と幸は、ホテルで軽く朝食をとると、そのまま匠の運転する車で海へと向かった。
天気も良く、柔らかな朝日が車内に差し込み、胸の奥まで弾むような心地よさが広がった。
車内には、ピアノ演奏のクラッシック音楽が流れ、ピアノの音色が心地よさをさらに引き上げる。
「匠さん、クラッシックお好きなんですか?」
運転する匠の横顔を見つめながら、幸が問いかけた。
「あぁ、聞いてると落ち着くんだ」
「そうなんですね。私も、大好きです」
匠は、幸の言葉にほんのわずか、表情をゆるめた。
車は、滑るようにして走り続ける。
幸は、匠に他愛もない話をしながら、流れ行く景色を楽しんだ。
そして、幸の目が輝く。
「あ……海……」
海が見えてきた。
青く広がる海。
――不思議だ。
海を見るだけで、心が軽くなる。
匠は、砂浜に近い、駐車場に車を止めた。
車を降りて、二人並んで砂浜へと向かう。
先に来ていた恋人たちが、仲よさそうに歩いている。
腕を組んでたり、肩を抱いたり、じゃれ合いながら歩く姿は、みんな幸せそうだ。
その中に、匠と幸も加わり、二人で砂浜を歩き始めた。
十一月の海風は、思っていたよりも冷たかった。
寒そうにしている幸に、匠がジャケットを脱ぎ、肩にかける。
匠のさりげない気遣いに、幸の心は、温かくなる。
並んで歩いていると、
「初デートは、海ってことでいいのかな?」
匠が問いかけてきた。
「えっ?……初デートって……?」
――どういう意味?
言葉の意味がよくわからない。
幸が匠に視線を向けると、
「女性は、”結婚した後でも”、こういうの覚えてないと嫌なんだろ?だから、確認してるんだ。聞かれた時に、間違えないように」
匠は、真面目な顔で答えた。
意味が理解できた。
でも――
匠から、「初デート」という単語が出たことが面白くて、幸は思わず笑ってしまう。
クスクスと笑う幸。
でも、幸は嬉しかった。
匠の言った、”結婚した後でも”と言う言葉が、妙にくすぐったいのと、匠の中で、幸との結婚が確定していることが、なぜか胸にジーンと響いた。
圭吾の愛人になるのが嫌で、幸は西園寺家に入ることを決めた。
そこに課せられた条件は、政略結婚と、いかにもセレブらしい縛り。
切羽詰まっていたときは、圭吾以外の人で、生理的に無理な人じゃなければ、誰でもいいと思っていた。
しかし、落ち着いてくると、やはりある程度の好意がなければ、結婚することはできないと、徐々に思い始めた。
匠の第一印象は、それほど悪くなかった。
知れば知るほど、その気遣いと器の大きさに、幸は感動していた。
匠に触れられても、全然嫌ではない。
それどころか、匠の熱を感じると、心まで温かくなり、安心さえ覚える。
幸は、知らず知らずのうちに、匠に惹かれていたことに、今、気づいた。
匠は匠で、クスクス笑う幸を見て、口角を上げる。
”結婚した後でも”
その言葉を、あえて入れてみた。
幸はその言葉を、拒絶することなく楽しそうに笑っている。
その笑顔を見て、幸も匠との結婚を受け入れているのだと確信した。
匠は、幸の手を取り握りしめる。
幸は一瞬驚いた。
だが、拒むことなく握り返す。
その瞬間、二人の心が繋がった。
匠も幸も、同じ思いを抱いていた。
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