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第60話【圭吾と対峙する】
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土曜日。
匠が協力を約束してくれたことで、幸は圭吾に電話をかける決心をした。
三回目のコールで、圭吾が電話に出る。
「幸なのか?」
「えぇ、私よ」
「お前から電話してくるってことは――水沢に振られたのか?」
携帯越しでも、圭吾が薄笑いを浮かべているのが手に取るようにわかった。
声を聞いただけで、幸の腕にぞわりと鳥肌が立つ。
幸は、無意識に腕をさする。
その様子を見ていた匠の視線が鋭くなる。
「ちゃんと会って話したいんだけど……明日のお昼、時間ある?」
「お前から会いたいって? ──俺の愛人になる決心がついたのか?」
「その話も含めて、明日会って話しましょう。場所と時間は、私が決めていい?」
圭吾は、幸からの連絡がうれしくて仕方がないのか、まったく警戒していない。
「あぁ、いいよ。幸が決めてくれ」
幸は、予定していた場所と時間を告げた。
「それじゃ、明日」
「あぁ、明日が楽しみだ」
短い言葉を交わし、二人は電話を切った。
通話が途切れた瞬間、幸は「ふぅ」と息を吐く。
そして携帯をテーブルの上にそっと置いた。
その様子を見ていた匠が、静かに近づいてくる。
険しい目つきはまだ完全には消えていないが、
「……大丈夫か?」
声だけは驚くほど落ち着いていた。
その一言で、幸の緊張の糸がぷつりと切れ、肩の力が抜けていく。
自分がどれほど張り詰めていたのか、そこでようやく気がついた。
そんな幸を、匠が優しく抱きしめる。
抱きしめられた瞬間、幸の胸に温かいものが広がった。
守られてる安心感。
それが、幸の心を満たしていく。
「匠さん……ありがとう」
かすかに震える声で気持ちを伝えると、
匠の腕が、まるで返事をするかのようにぎゅっと強くなった。
「明日、怖いと思ったら……ためらわずに俺を呼べ。すぐ駆けつける」
低く穏やかな声が、幸の鼓膜を震わせる。
幸は匠の胸に頬を寄せ、小さく頷いた。
*****
翌日。
指定した場所は、匠の知り合いが経営する店だった。
隣り合う二部屋を、あらかじめ押さえてある。
圭吾との約束は午後二時。
幸は匠とともに店へと向かった。
まずは、圭吾が先に来ているかを匠がオーナーに確認する。
先に入っていれば、圭吾は奥の席に、幸は入り口付近のソファーに座れる──その段取りだ。
やがて、圭吾が個室に入ったと知らせが届く。
幸は匠へ視線を向け、静かに頷いた。
深く息を吸い込み、気持ちを整える。
それから、圭吾が待つ個室の扉へ手をかけ、そっと開いた。
部屋に入ると、圭吾は奥のソファに腰掛けていた。
幸の姿を見るなり、その目にいやらしいほどの輝きが差した。
「幸、もっとこっちに来い」
圭吾が手招きするように声をかけてくる。
だが幸は、一歩も動かなかった。
「話し合いが先よ」
淡々と告げて、意図的に距離を置く。
圭吾は不満げに眉をひそめる。
「話し合いって、何を話すことがあるんだ?」
「圭吾にはなくても、私にはあるのよ」
「お前、俺が婚約したこと、まだ怒ってるのか?」
「圭吾、五年前に私に言ったわよね。
“会社が成功したら祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから”──って。あれは嘘だったの?」
圭吾は鼻で笑った。
「違うって。あの時は本気だったんだよ。ただ……冷静に考えてみろよ。一般庶民のお前を祖父さんに紹介なんてできるわけないだろ。そんなことしたら俺、社長の座を追われかねないんだぞ?」
なんとも身勝手な話だ。
「じゃあ、付き合ってるのに婚約なんて、どういうつもり?由紀さんには、私と別れたって話してたの?」
「婚約する相手に“別に彼女がいます”なんて言えるわけないだろ。しかも祖父さんの紹介なんだぞ。機嫌を悪くされたら困るだろ」
「そう。なら、由紀さんと結婚するんだから、私のことは放っておけばいいじゃない。どうして私にしつこくつきまとうの?」
「しつこくって……お前もまだ俺のこと好きだろ。愛人にしてやるって言ってるんだから、何が不満なんだ?生活も見てやるし、優しくしてやる。だから俺の愛人になれよ」
「愛人になれって言うけど、それじゃ由紀さんはどうなるの?圭吾は由紀さんのことをどう思ってるの?」
「どうって……結婚相手には家柄が大事だろ。それだけだよ。俺が側にいて欲しいのは、幸、お前なんだ。だから、拗ねてないで俺の愛人になれ」
――はい、出ました。
幸は、その言葉を待っていた。
「嫌よ。どうして私が好きでもない男の愛人にならなきゃいけないのよ!」
「お前……俺に逆らうとどうなるかわかってるのか?」
圭吾の声が露骨に冷たくなる。
「圧力かけて、どこにも就職できないようにしてやるからな。一般庶民のお前なんか、水沢が本気で相手すると思うなよ!」
圭吾の声が荒れ、机を叩いて立ち上がった。
怒りで顔を紅潮させ、今にも幸に掴みかかりそうな勢い。
幸は身の危険を感じて、
「匠さん、助けて!」
思わず叫んだ。
叫ぶと同時に、ドアが開き、匠と黒服の男性三人が姿を現した。
「幸、大丈夫か」
匠は迷いなく近づき、幸を自分の腕の中へと抱き寄せた。
匠が協力を約束してくれたことで、幸は圭吾に電話をかける決心をした。
三回目のコールで、圭吾が電話に出る。
「幸なのか?」
「えぇ、私よ」
「お前から電話してくるってことは――水沢に振られたのか?」
携帯越しでも、圭吾が薄笑いを浮かべているのが手に取るようにわかった。
声を聞いただけで、幸の腕にぞわりと鳥肌が立つ。
幸は、無意識に腕をさする。
その様子を見ていた匠の視線が鋭くなる。
「ちゃんと会って話したいんだけど……明日のお昼、時間ある?」
「お前から会いたいって? ──俺の愛人になる決心がついたのか?」
「その話も含めて、明日会って話しましょう。場所と時間は、私が決めていい?」
圭吾は、幸からの連絡がうれしくて仕方がないのか、まったく警戒していない。
「あぁ、いいよ。幸が決めてくれ」
幸は、予定していた場所と時間を告げた。
「それじゃ、明日」
「あぁ、明日が楽しみだ」
短い言葉を交わし、二人は電話を切った。
通話が途切れた瞬間、幸は「ふぅ」と息を吐く。
そして携帯をテーブルの上にそっと置いた。
その様子を見ていた匠が、静かに近づいてくる。
険しい目つきはまだ完全には消えていないが、
「……大丈夫か?」
声だけは驚くほど落ち着いていた。
その一言で、幸の緊張の糸がぷつりと切れ、肩の力が抜けていく。
自分がどれほど張り詰めていたのか、そこでようやく気がついた。
そんな幸を、匠が優しく抱きしめる。
抱きしめられた瞬間、幸の胸に温かいものが広がった。
守られてる安心感。
それが、幸の心を満たしていく。
「匠さん……ありがとう」
かすかに震える声で気持ちを伝えると、
匠の腕が、まるで返事をするかのようにぎゅっと強くなった。
「明日、怖いと思ったら……ためらわずに俺を呼べ。すぐ駆けつける」
低く穏やかな声が、幸の鼓膜を震わせる。
幸は匠の胸に頬を寄せ、小さく頷いた。
*****
翌日。
指定した場所は、匠の知り合いが経営する店だった。
隣り合う二部屋を、あらかじめ押さえてある。
圭吾との約束は午後二時。
幸は匠とともに店へと向かった。
まずは、圭吾が先に来ているかを匠がオーナーに確認する。
先に入っていれば、圭吾は奥の席に、幸は入り口付近のソファーに座れる──その段取りだ。
やがて、圭吾が個室に入ったと知らせが届く。
幸は匠へ視線を向け、静かに頷いた。
深く息を吸い込み、気持ちを整える。
それから、圭吾が待つ個室の扉へ手をかけ、そっと開いた。
部屋に入ると、圭吾は奥のソファに腰掛けていた。
幸の姿を見るなり、その目にいやらしいほどの輝きが差した。
「幸、もっとこっちに来い」
圭吾が手招きするように声をかけてくる。
だが幸は、一歩も動かなかった。
「話し合いが先よ」
淡々と告げて、意図的に距離を置く。
圭吾は不満げに眉をひそめる。
「話し合いって、何を話すことがあるんだ?」
「圭吾にはなくても、私にはあるのよ」
「お前、俺が婚約したこと、まだ怒ってるのか?」
「圭吾、五年前に私に言ったわよね。
“会社が成功したら祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから”──って。あれは嘘だったの?」
圭吾は鼻で笑った。
「違うって。あの時は本気だったんだよ。ただ……冷静に考えてみろよ。一般庶民のお前を祖父さんに紹介なんてできるわけないだろ。そんなことしたら俺、社長の座を追われかねないんだぞ?」
なんとも身勝手な話だ。
「じゃあ、付き合ってるのに婚約なんて、どういうつもり?由紀さんには、私と別れたって話してたの?」
「婚約する相手に“別に彼女がいます”なんて言えるわけないだろ。しかも祖父さんの紹介なんだぞ。機嫌を悪くされたら困るだろ」
「そう。なら、由紀さんと結婚するんだから、私のことは放っておけばいいじゃない。どうして私にしつこくつきまとうの?」
「しつこくって……お前もまだ俺のこと好きだろ。愛人にしてやるって言ってるんだから、何が不満なんだ?生活も見てやるし、優しくしてやる。だから俺の愛人になれよ」
「愛人になれって言うけど、それじゃ由紀さんはどうなるの?圭吾は由紀さんのことをどう思ってるの?」
「どうって……結婚相手には家柄が大事だろ。それだけだよ。俺が側にいて欲しいのは、幸、お前なんだ。だから、拗ねてないで俺の愛人になれ」
――はい、出ました。
幸は、その言葉を待っていた。
「嫌よ。どうして私が好きでもない男の愛人にならなきゃいけないのよ!」
「お前……俺に逆らうとどうなるかわかってるのか?」
圭吾の声が露骨に冷たくなる。
「圧力かけて、どこにも就職できないようにしてやるからな。一般庶民のお前なんか、水沢が本気で相手すると思うなよ!」
圭吾の声が荒れ、机を叩いて立ち上がった。
怒りで顔を紅潮させ、今にも幸に掴みかかりそうな勢い。
幸は身の危険を感じて、
「匠さん、助けて!」
思わず叫んだ。
叫ぶと同時に、ドアが開き、匠と黒服の男性三人が姿を現した。
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