78 / 87
第78話【天空デジタル株式会社】
しおりを挟む
幸は、匠が待つ社長室へ、兄の俊一とその秘書を連れて向かった。
幸も十分に美しいが、兄の俊一もまた、匠に引けを取らないほど整った容姿をしている。
身長も匠とほとんど変わらない。
幸と俊一が並んで歩く姿は、それだけで絵になる。
一階のフロアですれ違う社員たちは、思わず足を止め、呆然とした表情のまま二人を目で追った。
幸と俊一、そして俊一の秘書の三人がエレベーターに乗り込むのを見届けてから、社員たちはようやく我に返る。
「……見た? 西村さんと一緒に歩いてた男性」
「うちの社長も素敵だけど、今の人も相当イケメンじゃない?」
「クールな社長とは対照的に、穏やかな雰囲気で……大人の魅力全開って感じだったよね」
そんな小さな囁きが、フロアのあちこちで広がっていく。
三人を乗せたエレベーターは、静かに上昇を始め、やがて社長室のある最上階で停止した。
扉が開き、三人はエレベーターを降りる。
幸は、兄の俊一とその秘書を、社長室へと案内した。
扉を開けて中に入ると、俊一の姿を認めた匠が椅子から立ち上がり、口角を上げて近づいてくる。
俊一もまた、穏やかな笑みを浮かべながら、匠のほうへと歩み寄った。
「俊一さん、お久しぶりです」
「本当に、久しぶりだな」
二人は固く手を握り合う。
「お忙しい中、帰国していただき、ありがとうございます」
匠がそう礼を述べると、
「お礼を言うのは、こちらのほうだよ。幸のために、いろいろ手を尽くしてくれて、ありがとう」
と、俊一は穏やかに言った。
「えっ……?」
――私の、ために?
意味がわからぬまま幸が戸惑っていると、
「先方には、連絡しておいたから。今から向かおうか」
「はい、お願いします」
挨拶もそこそこに、村田秘書も伴い、五人は連れ立って社長室を後にした。
*****
都心から少し離れた場所に、目的の会社ビルは建っていた。
玄関前には、【天空デジタル株式会社】と、大きく社名が掲げられている。
ゲームソフト開発会社らしく、どこか夢を感じさせる名前だった。
受付で俊一が名を告げると、ほどなくして秘書が現れ、一行は応接間へと案内された。
扉を開けた瞬間、体格のいい男性がソファから立ち上がり、
「俊一! 久しぶりだな!」
そう言って、満面の笑みで近づいてくる。
「大泉先輩、お久しぶりです。お元気そうで、なによりです」
二人は、がしっと力強く抱き合い、再会を喜び合った。
ひとしきり喜びを分かち合ったあと、俊一は一歩下がり、
「大泉先輩、紹介します。こちらが妹の幸です。そして――彼女の婚約者で、私の友人でもある、水沢匠です。
今日は、彼を紹介したくて伺いました」
そう言って、幸と匠を紹介した。
紹介された匠は、一歩前に出て、
「水沢です。よろしくお願いします」
と丁寧に頭を下げた。
すると――
「いやいや、こちらこそ、よろしくお願いします。黒田の件で、骨を折っていただけると聞いています」
大泉社長は、にこやかにそう言った。
大泉社長の口にした“黒田”とは、圭吾の弟・黒田圭太のことだ。
幸は、ここへ向かう車中で、匠から【天空デジタル株式会社】を訪ねる目的を聞かされていた。
圭太は、兄である圭吾から、長年にわたって執拗な嫌がらせを受け続けてきた。
会社を立ち上げようとすれば妨害され、大手企業への就職でさえ、ことごとく潰されてきたのだ。
父・明に訴えるという選択肢もあった。
だが、それは圭吾との正面衝突を意味する。
さらに、祖父であり黒田ホールディングスの会長でもある黒田太郎は、自ら会社を興し成功した圭吾を
溺愛していた。
そんな状況で兄と対立すれば、家族から疎まれるのは目に見えている。
圭太は、それを痛いほど理解していた。
行き場を失い、途方に暮れていた圭太を受け入れたのが、西園寺財閥を後ろ盾に持つ
【天空デジタル株式会社】の大泉社長だった。
かつて権力によって理不尽な目に遭った経験を持つ大泉社長は、圭太の置かれた立場に、強い憤りを覚えていた。
だが――
【天空デジタル株式会社】で生き生きと働く圭太は、大泉社長の期待に応えるかのように際立った才能を発揮し、
周囲から厚い信頼を集めていた。
大泉社長に呼ばれた黒田圭太が、社長室に姿を現す。
目鼻立ちの整った端正な顔立ちは、兄の圭吾とよく似ており、誰が見ても整った容姿だ。
だが――圭吾とは、決定的に違っていた。
「初めまして、黒田です」
爽やかな笑顔に、穏やかで柔らかな口調。
そこには高圧的な雰囲気は微塵もなく、自然と人を安心させる親しみやすさがあった。
その温厚な人柄は、表情の端々にまで滲み出ている。
「初めまして、水沢です。私たちがここに来た目的は、大泉社長から聞いていますよね。
君は――協力してくれますか?」
「……【NexSeed黒田】の社員を守るため、ですよね?」
「そうだ。その為には、君の協力が不可欠なんだ」
「……協力するということは、兄と対立することになりますよね?」
「君の兄から権力を奪う以上、それは避けられない」
しばしの沈黙が、室内を支配する。
やがて――
「……僕が協力しなければ、社員とその家族を守れないというのなら……」
圭太は、顔を上げた。
「……わかりました。協力します」
黒田圭太は、覚悟を決めたように、匠にそう告げた。
幸も十分に美しいが、兄の俊一もまた、匠に引けを取らないほど整った容姿をしている。
身長も匠とほとんど変わらない。
幸と俊一が並んで歩く姿は、それだけで絵になる。
一階のフロアですれ違う社員たちは、思わず足を止め、呆然とした表情のまま二人を目で追った。
幸と俊一、そして俊一の秘書の三人がエレベーターに乗り込むのを見届けてから、社員たちはようやく我に返る。
「……見た? 西村さんと一緒に歩いてた男性」
「うちの社長も素敵だけど、今の人も相当イケメンじゃない?」
「クールな社長とは対照的に、穏やかな雰囲気で……大人の魅力全開って感じだったよね」
そんな小さな囁きが、フロアのあちこちで広がっていく。
三人を乗せたエレベーターは、静かに上昇を始め、やがて社長室のある最上階で停止した。
扉が開き、三人はエレベーターを降りる。
幸は、兄の俊一とその秘書を、社長室へと案内した。
扉を開けて中に入ると、俊一の姿を認めた匠が椅子から立ち上がり、口角を上げて近づいてくる。
俊一もまた、穏やかな笑みを浮かべながら、匠のほうへと歩み寄った。
「俊一さん、お久しぶりです」
「本当に、久しぶりだな」
二人は固く手を握り合う。
「お忙しい中、帰国していただき、ありがとうございます」
匠がそう礼を述べると、
「お礼を言うのは、こちらのほうだよ。幸のために、いろいろ手を尽くしてくれて、ありがとう」
と、俊一は穏やかに言った。
「えっ……?」
――私の、ために?
意味がわからぬまま幸が戸惑っていると、
「先方には、連絡しておいたから。今から向かおうか」
「はい、お願いします」
挨拶もそこそこに、村田秘書も伴い、五人は連れ立って社長室を後にした。
*****
都心から少し離れた場所に、目的の会社ビルは建っていた。
玄関前には、【天空デジタル株式会社】と、大きく社名が掲げられている。
ゲームソフト開発会社らしく、どこか夢を感じさせる名前だった。
受付で俊一が名を告げると、ほどなくして秘書が現れ、一行は応接間へと案内された。
扉を開けた瞬間、体格のいい男性がソファから立ち上がり、
「俊一! 久しぶりだな!」
そう言って、満面の笑みで近づいてくる。
「大泉先輩、お久しぶりです。お元気そうで、なによりです」
二人は、がしっと力強く抱き合い、再会を喜び合った。
ひとしきり喜びを分かち合ったあと、俊一は一歩下がり、
「大泉先輩、紹介します。こちらが妹の幸です。そして――彼女の婚約者で、私の友人でもある、水沢匠です。
今日は、彼を紹介したくて伺いました」
そう言って、幸と匠を紹介した。
紹介された匠は、一歩前に出て、
「水沢です。よろしくお願いします」
と丁寧に頭を下げた。
すると――
「いやいや、こちらこそ、よろしくお願いします。黒田の件で、骨を折っていただけると聞いています」
大泉社長は、にこやかにそう言った。
大泉社長の口にした“黒田”とは、圭吾の弟・黒田圭太のことだ。
幸は、ここへ向かう車中で、匠から【天空デジタル株式会社】を訪ねる目的を聞かされていた。
圭太は、兄である圭吾から、長年にわたって執拗な嫌がらせを受け続けてきた。
会社を立ち上げようとすれば妨害され、大手企業への就職でさえ、ことごとく潰されてきたのだ。
父・明に訴えるという選択肢もあった。
だが、それは圭吾との正面衝突を意味する。
さらに、祖父であり黒田ホールディングスの会長でもある黒田太郎は、自ら会社を興し成功した圭吾を
溺愛していた。
そんな状況で兄と対立すれば、家族から疎まれるのは目に見えている。
圭太は、それを痛いほど理解していた。
行き場を失い、途方に暮れていた圭太を受け入れたのが、西園寺財閥を後ろ盾に持つ
【天空デジタル株式会社】の大泉社長だった。
かつて権力によって理不尽な目に遭った経験を持つ大泉社長は、圭太の置かれた立場に、強い憤りを覚えていた。
だが――
【天空デジタル株式会社】で生き生きと働く圭太は、大泉社長の期待に応えるかのように際立った才能を発揮し、
周囲から厚い信頼を集めていた。
大泉社長に呼ばれた黒田圭太が、社長室に姿を現す。
目鼻立ちの整った端正な顔立ちは、兄の圭吾とよく似ており、誰が見ても整った容姿だ。
だが――圭吾とは、決定的に違っていた。
「初めまして、黒田です」
爽やかな笑顔に、穏やかで柔らかな口調。
そこには高圧的な雰囲気は微塵もなく、自然と人を安心させる親しみやすさがあった。
その温厚な人柄は、表情の端々にまで滲み出ている。
「初めまして、水沢です。私たちがここに来た目的は、大泉社長から聞いていますよね。
君は――協力してくれますか?」
「……【NexSeed黒田】の社員を守るため、ですよね?」
「そうだ。その為には、君の協力が不可欠なんだ」
「……協力するということは、兄と対立することになりますよね?」
「君の兄から権力を奪う以上、それは避けられない」
しばしの沈黙が、室内を支配する。
やがて――
「……僕が協力しなければ、社員とその家族を守れないというのなら……」
圭太は、顔を上げた。
「……わかりました。協力します」
黒田圭太は、覚悟を決めたように、匠にそう告げた。
613
あなたにおすすめの小説
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる