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第79話【片桐秘書の決断】
黒田圭吾は、西村幸に対して心底腹を立てていた。
その苛立ちは隠すことなく表に出ており、傍に控える片桐秘書は、いつ怒鳴られるのかと生きた心地がしなかった。
圭吾の機嫌を損ねている原因が、間違いなく西村幸であることは、片桐にも察しがついていた。
西村幸と水沢匠社長の婚約の話は、すでに社内にも広まっている。
――きっと、それが気に入らないのだろう。
婚約という事実そのものが、圭吾の逆鱗に触れたに違いない。
片桐はそう考えながら、息をひそめて圭吾の様子をうかがっていた。
そのとき――
幸の情報を「なんでもいいから集めろ」と命じていた探偵から、一本の連絡が入る。
内容は――
幸の写真が、SNSで拡散されているというものだった。
あまりにも美しすぎるその容姿は、憧れの対象として次々とシェアされ、話題になっているらしい。
さらに、最新の写真には、空港で帰国した恋人に幸が抱きつく姿や、腕を組んで仲睦まじく歩く様子が写っていた。
二人の写真は、
《バズってるモデルの彼氏、イケメンすぎる》
《美男美女カップル最高》
《絵になる二人》
そんな見出しとともに、タイムラインを埋め尽くしているという。
苛立ちを隠さぬまま、圭吾はその写真を確認した。
――だが。
そこに写っていた男性は、圭吾の知る“水沢匠”ではなかった。
次の瞬間、圭吾の口元が、ゆっくりと歪む。
「……おい、片桐。この写真を拡散しろ。
見出しは【水沢イノベーションズ社長の婚約者、二股疑惑】――それでいい。SNSに流せ」
片桐秘書は、画面に映る写真を見た瞬間、息を呑んだ。
――まさか、あの西村さんが……
――二股なんて、ありえない。
「聞いてるのか! 片桐!」
「あっ……はい。聞いています……」
「聞いてるなら、さっさと流せ」
――でも……さすがに、これは……
「……社長。僕には、できません!」
片桐は、はっきりとした口調で断った。
「西村さんを貶めるようなことは……僕には無理です」
西村さんには、これまで何度も助けられてきた。
それ以上に――人として、越えてはいけない一線がある。
社長命令であっても、それだけは従えない。
「片桐……お前、俺に逆らうのか?」
圭吾が、片桐を睨みつけ、威圧する。
だが――
「西村さんには、恩があるんです。だから……僕にはできません」
片桐は、このとき初めて、圭吾に逆らった。
「幸に……恩があるだと……」
片桐の言葉は、圭吾の怒りを、さらに増幅させる。
「片桐! お前は今日限りクビだ! さっさと出て行け!」
圭吾が、怒声を上げた。
その言葉を聞いた片桐は、しばし沈黙したあと――
「……わかりました。 今日限りで、辞めさせていただきます」
そう答えた。
その瞬間――胸の奥に、長く溜まっていたつかえが、すっと消えた気がした。
*****
【NexSeed黒田】を辞めた片桐は、会社を出るとすぐに幸に電話をかけた。
情報は、早ければ早いほど、適切に対応できる――そう考えたからだ。
一回、二回――三回目のコールのあと、
「はい、西村です」
受話器越しに、聞き慣れた声が返ってくる。
「西村さんですか? 片桐です」
「片桐くん? どうしたの?」
滅多にかけてこない片桐からの電話に、幸は一瞬だけ身構えた。
「実は、西村さんに早急にお伝えしたいことがあって、お電話しました。実は……」
片桐の話をまとめると、圭吾が、空港で撮られた幸と男性の写真を、
【水沢イノベーションズ社長の婚約者、二股疑惑】という見出しをつけて、
SNSで拡散しようとしている、ということだった。
「早めに手を打った方がいいと思います。水沢社長に見られる前に……」
片桐の真剣な声から、彼が本気で心配してくれていることが伝わってくる。
「片桐くん、教えてくれてありがとう。でも、大丈夫よ。
一緒に写っている男性は、私の兄だから。心配しないで」
「えっ!? そうなんですか!?」
片桐は、思わず驚きの声をあげた。
そして――
「……よかった。本当によかったです」
心の底からの、安堵の声だった。
「それにしても、片桐くんこそ大丈夫なの?
私に情報が漏れたことがわかれば、圭吾に何をされるか……」
「その点は大丈夫です。今さっき、会社をクビになりましたから」
「えっ? クビになったの?」
「はい。クビになりました。でも、辞めてスッキリしています。
僕はもう黒田社長についていけませんから……」
その声に、後悔の色はなかった。
「もしかして……クビになったのは、今のこの話が原因じゃないの?」
片桐は、なんと答えるべきか、一瞬、言葉を失った。
けれど、すぐに、
「この件とは関係ありません。
私が社長を怒らせてしまっただけですから。……それでは、失礼します」
そう言って、片桐は電話を切った。
――さっきの、ほんの一瞬の沈黙で、幸は悟った。
片桐は、この件で圭吾と揉め、会社を追われたのだということを。
その苛立ちは隠すことなく表に出ており、傍に控える片桐秘書は、いつ怒鳴られるのかと生きた心地がしなかった。
圭吾の機嫌を損ねている原因が、間違いなく西村幸であることは、片桐にも察しがついていた。
西村幸と水沢匠社長の婚約の話は、すでに社内にも広まっている。
――きっと、それが気に入らないのだろう。
婚約という事実そのものが、圭吾の逆鱗に触れたに違いない。
片桐はそう考えながら、息をひそめて圭吾の様子をうかがっていた。
そのとき――
幸の情報を「なんでもいいから集めろ」と命じていた探偵から、一本の連絡が入る。
内容は――
幸の写真が、SNSで拡散されているというものだった。
あまりにも美しすぎるその容姿は、憧れの対象として次々とシェアされ、話題になっているらしい。
さらに、最新の写真には、空港で帰国した恋人に幸が抱きつく姿や、腕を組んで仲睦まじく歩く様子が写っていた。
二人の写真は、
《バズってるモデルの彼氏、イケメンすぎる》
《美男美女カップル最高》
《絵になる二人》
そんな見出しとともに、タイムラインを埋め尽くしているという。
苛立ちを隠さぬまま、圭吾はその写真を確認した。
――だが。
そこに写っていた男性は、圭吾の知る“水沢匠”ではなかった。
次の瞬間、圭吾の口元が、ゆっくりと歪む。
「……おい、片桐。この写真を拡散しろ。
見出しは【水沢イノベーションズ社長の婚約者、二股疑惑】――それでいい。SNSに流せ」
片桐秘書は、画面に映る写真を見た瞬間、息を呑んだ。
――まさか、あの西村さんが……
――二股なんて、ありえない。
「聞いてるのか! 片桐!」
「あっ……はい。聞いています……」
「聞いてるなら、さっさと流せ」
――でも……さすがに、これは……
「……社長。僕には、できません!」
片桐は、はっきりとした口調で断った。
「西村さんを貶めるようなことは……僕には無理です」
西村さんには、これまで何度も助けられてきた。
それ以上に――人として、越えてはいけない一線がある。
社長命令であっても、それだけは従えない。
「片桐……お前、俺に逆らうのか?」
圭吾が、片桐を睨みつけ、威圧する。
だが――
「西村さんには、恩があるんです。だから……僕にはできません」
片桐は、このとき初めて、圭吾に逆らった。
「幸に……恩があるだと……」
片桐の言葉は、圭吾の怒りを、さらに増幅させる。
「片桐! お前は今日限りクビだ! さっさと出て行け!」
圭吾が、怒声を上げた。
その言葉を聞いた片桐は、しばし沈黙したあと――
「……わかりました。 今日限りで、辞めさせていただきます」
そう答えた。
その瞬間――胸の奥に、長く溜まっていたつかえが、すっと消えた気がした。
*****
【NexSeed黒田】を辞めた片桐は、会社を出るとすぐに幸に電話をかけた。
情報は、早ければ早いほど、適切に対応できる――そう考えたからだ。
一回、二回――三回目のコールのあと、
「はい、西村です」
受話器越しに、聞き慣れた声が返ってくる。
「西村さんですか? 片桐です」
「片桐くん? どうしたの?」
滅多にかけてこない片桐からの電話に、幸は一瞬だけ身構えた。
「実は、西村さんに早急にお伝えしたいことがあって、お電話しました。実は……」
片桐の話をまとめると、圭吾が、空港で撮られた幸と男性の写真を、
【水沢イノベーションズ社長の婚約者、二股疑惑】という見出しをつけて、
SNSで拡散しようとしている、ということだった。
「早めに手を打った方がいいと思います。水沢社長に見られる前に……」
片桐の真剣な声から、彼が本気で心配してくれていることが伝わってくる。
「片桐くん、教えてくれてありがとう。でも、大丈夫よ。
一緒に写っている男性は、私の兄だから。心配しないで」
「えっ!? そうなんですか!?」
片桐は、思わず驚きの声をあげた。
そして――
「……よかった。本当によかったです」
心の底からの、安堵の声だった。
「それにしても、片桐くんこそ大丈夫なの?
私に情報が漏れたことがわかれば、圭吾に何をされるか……」
「その点は大丈夫です。今さっき、会社をクビになりましたから」
「えっ? クビになったの?」
「はい。クビになりました。でも、辞めてスッキリしています。
僕はもう黒田社長についていけませんから……」
その声に、後悔の色はなかった。
「もしかして……クビになったのは、今のこの話が原因じゃないの?」
片桐は、なんと答えるべきか、一瞬、言葉を失った。
けれど、すぐに、
「この件とは関係ありません。
私が社長を怒らせてしまっただけですから。……それでは、失礼します」
そう言って、片桐は電話を切った。
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片桐は、この件で圭吾と揉め、会社を追われたのだということを。
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