【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

文字の大きさ
84 / 87

第84話【流れる音声】

しおりを挟む
「……やめてくれ」

 圭吾の小さな呟きが、確かに聞こえた。

 だが、匠はそれを意に介さず、ボイスレコーダーの再生ボタンを押す。

『幸、もっとこっちに来い』

 圭吾の声が、応接間に流れ出す。

『話し合いが先よ』

 続いて、幸の声。

『話し合いって、何を話すことがあるんだ?』

『圭吾にはなくても、私にはあるのよ』

『お前、俺が婚約したこと、まだ怒ってるのか?』

 ――婚約。

 その言葉に、由紀の肩がわずかに震え、手がぎゅっと握りしめられる。

『圭吾、五年前に私に言ったわよね。「会社が成功したら祖父に紹介する。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」って。あれは、嘘だったの?』

『違うって。あの時は本気だったんだよ。ただ……冷静に考えてみろよ。
 一般庶民のお前を祖父さんに紹介できるわけないだろ。そんなことしたら、俺、社長の座を追われかねないんだぞ?』

 太郎の目が、鋭く釣り上がる。
 明は、言葉を失ったまま、ただ呆然と音声を聞いていた。

『じゃあ、付き合っているのに婚約なんて、どういう神経してるの?
 由紀さんには、私と別れたって言ってたのよね?』

 高瀬社長の拳が、強く握りしめられ、震え始める。

『婚約する相手に「別に彼女がいます」なんて言えるわけないだろ。
 しかも祖父さんの紹介だぞ。機嫌を悪くされたら困るだろ』

『そう。なら、由紀さんと結婚するなら、私のことは放っておけばいいじゃない。
 どうして、私にしつこくつきまとうの?』

『しつこくって……お前も、まだ俺のこと好きだろ。愛人にしてやるって言ってるんだから、何が不満なんだ?生活も見てやるし、優しくしてやる。だから、俺の愛人になれよ』

『愛人になれって……それじゃ、由紀さんはどうなるの?圭吾は、由紀さんのことをどう思ってるの?』

『どうって……結婚相手には家柄が大事だろ。それだけだよ。俺が側にいてほしいのは、幸――お前なんだ。だから、拗ねてないで、俺の愛人になれ』

『嫌よ。どうして私が、好きでもない男の愛人にならなきゃいけないの!』

『お前……俺に逆らうと、どうなるかわかってるのか?圧力をかけて、どこにも就職できないようにしてやる。一般庶民のお前なんか、水沢が本気で相手にすると思うなよ!』

 直後、

『ドン』

 という鈍い音が聞こえ、

『匠さん、助けて!』

 幸の悲鳴が、応接間に響き渡った。

 そこで、匠は静かに指を伸ばし、再生を止めた。

 応接間に、重苦しい沈黙が落ちる。

 由紀が化粧室で聞いたのは、ほんの一部分だけだった。

 だが今日は違う。

 圭吾を完全に追い詰めるため、すべてを――逃げ場のない形で、流した。

 これだけの証拠を突きつけられてしまえば、太郎も、明も、もはや圭吾を庇い立てすることはできない。

 太郎は、ゆっくりと視線を上げ、孫である圭吾を、怒りと失望を滲ませた目で睨みつけた。

 一方、明は深く息を吐き、立場も誇りもかなぐり捨てるように頭を下げる。

「高瀬さん……この度は、息子が本当に、申し訳ないことを……」

 その言葉は、言い訳の余地を一切残さない、完全な謝罪だった。

 そして――

「おい、圭吾!お前も謝るんだ!」

 明は、圭吾に謝るよう怒りのこもった声で促す。

 ここまで証拠を出されたら、もう逃れられないと観念したのか、

「す、すみませんでした……」

 仕方がないといった感じで、圭吾は頭を下げ、謝罪した。

 その圭吾を、由紀は、冷めた目で睨みつける。

 ――こんな男と結婚しなくて本当によかった。

 由紀は心の中でそう思った。

 そして由紀は――

 流された音声を聞き、自分が圭吾と婚約するまでの間、幸が圭吾と付き合っていたことを、初めて知った。

 幸は、元カノとして執着していたわけでもなければ、圭吾を追い回していたわけでもない。

 圭吾から聞かされていた話は――そのすべてが、噓だった。

 由紀の胸に、幸に対する申し訳なさが、静かに広がっていく。

 それと同時に、あれほど意地悪をしてしまった自分を、それでも助けてくれたことに、感謝の気持ちさえ、
 こみ上げてきた。

 ――後で、ちゃんと謝ろう。

 由紀は、心の中でそう呟いていた。

 証拠が提示されたことで、今回の騒動における非は、黒田家にあるという形で決着がついた。

 これで、この話し合いも終わりだろう――黒田家も、高瀬家も、そう思っていた。

 だが――

 高瀬社長に交渉し、話し合いの場に必要な黒田家の人間を、すべて揃えてもらったのは――ここからが本番だからだ。

「今日は、高瀬家の問題とは別に――」

 匠はそう前置きし、黒田会長へと、

「大事なお話があって、参りました」

 静かに視線を向けた。

しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...