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第85話【選択肢は二つ】
「大事な話だと?……この騒動以外にも、まだ話があるというのか?」
太郎の不機嫌さは、声にありありと表れていた。
その空気を意に介することなく、匠は淡々と続ける。
「この話は、黒田ホールディングスの未来がかかっています。……それでも、聞く必要はありませんか?」
――黒田ホールディングスの未来。
その言葉に、太郎は思わず黙り込む。
そこまで言われると、聞かない、という選択肢はない。
「……どういう話だ?」
太郎が、低く問い返す。
「先ほど流した音声ですが――あれは、高瀬家のために用意したものではありません」
その言葉の意味を、その場の誰もが理解できずにいた。
「あの音声は、私の婚約者・幸を守るために、用意したものです」
その言葉と同時に、先ほど流された音声が、みなの脳裏によみがえる。
その沈黙を見据えながら、匠は静かに、しかしはっきりと言い切った。
「黒田圭吾・彼は、幸にとって明確な脅威です。
ですから、会長――彼から、すべての権力を取り上げてください」
一瞬、間を置いて、
「当然、社長職も辞任していただきます」
それは、お願いでも交渉でもなかった。
すでに決まっている事実を、淡々と告げているだけの口調だった。
黒田会長に真っ向から物申す匠の姿に、――幸を除く全員が、言葉を失う。
当の太郎も、さすがに動揺を隠せず、
「……い、いま……なんと言った?」
怒気を含んだ声で、匠を睨みつけた。
「もし、それを受け入れていただけないのであれば――あの方に、この音声をお聞かせするしかありません」
「あの方……? 一体、誰のことだ」
太郎に代わって、明が問いかける。
「西園寺財閥総師、西園寺勝造です」
その名が出た瞬間、室内の空気が、あきらかに変わった。
「なぜ、その音声を、西園寺財閥総師に聞かせる必要がある!」
太郎が声を荒らげる。
匠は一切ひるむことなく、淡々と言い切った。
「幸が、西園寺財閥総師の孫だからですよ」
「「「「「……えっ!?」」」」」
驚愕の声が、重なり合う。
「西園寺財閥総師が、身内をどれほど大切にされる方か――皆さんも、
ご存知ですよね」
匠は、ゆっくりと視線を巡らせる。
「この音声をお聞きになったら、どうなるか……想像、つきませんか?」
それは、逃げ場のない――完全なる、とどめの一撃だった。
「まさか……そんな……」
圭吾は、驚愕と衝撃で呆然とする。
その中でも――ある事実を思い出す。
幸の行方を追っても、まったく手がかりが掴めなかったこと。
幸の母親の戸籍が、異様なほど厳重に守られていたこと。
今なら、その理由がはっきりとわかった。
応接間は、息を呑むほどの静寂に包まれている。
言葉を発することが、誰もできない。
その沈黙を切り裂くように、匠が口を開く。
「どうしますか?」
淡々とした声で、
「選択肢は二つ」
選択肢を突きつける。
「彼から権力を奪うか。それとも――この音声を西園寺財閥総師に聞かせ、黒田ホールディングス全体を巻き込むか」
匠は、目を細め、太郎を見据えた。
「どちらを選ぶかは、黒田会長のご判断にお任せします」
その言葉に、はっとしたように圭吾が、
「ま、待ってくれ!」
思わず声を荒らげ、訴えかけた。
「俺が社長を退いたら、残された社員はどうなるんだ!? 路頭に迷わせるつもりか!」
必死な叫びだった。
だが――
「その点は、ご心配なく」
匠は、感情を一切交えずに言い切る。
「すでに、後任の候補は決まっています」
そう告げると、匠は扉の方へと視線を向け、
「どうぞ。入ってきてください」
声をかけた。
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