85 / 87
第85話【選択肢は二つ】
しおりを挟む「大事な話だと?……この騒動以外にも、まだ話があるというのか?」
太郎の不機嫌さは、声にありありと表れていた。
その空気を意に介することなく、匠は淡々と続ける。
「この話は、黒田ホールディングスの未来がかかっています。……それでも、聞く必要はありませんか?」
――黒田ホールディングスの未来。
その言葉に、太郎は思わず黙り込む。
そこまで言われると、聞かない、という選択肢はない。
「……どういう話だ?」
太郎が、低く問い返す。
「先ほど流した音声ですが――あれは、高瀬家のために用意したものではありません」
その言葉の意味を、その場の誰もが理解できずにいた。
「あの音声は、私の婚約者・幸を守るために、用意したものです」
その言葉と同時に、先ほど流された音声が、みなの脳裏によみがえる。
その沈黙を見据えながら、匠は静かに、しかしはっきりと言い切った。
「黒田圭吾・彼は、幸にとって明確な脅威です。
ですから、会長――彼から、すべての権力を取り上げてください」
一瞬、間を置いて、
「当然、社長職も辞任していただきます」
それは、お願いでも交渉でもなかった。
すでに決まっている事実を、淡々と告げているだけの口調だった。
黒田会長に真っ向から物申す匠の姿に、――幸を除く全員が、言葉を失う。
当の太郎も、さすがに動揺を隠せず、
「……い、いま……なんと言った?」
怒気を含んだ声で、匠を睨みつけた。
「もし、それを受け入れていただけないのであれば――あの方に、この音声をお聞かせするしかありません」
「あの方……? 一体、誰のことだ」
太郎に代わって、明が問いかける。
「西園寺財閥総師、西園寺勝造です」
その名が出た瞬間、室内の空気が、あきらかに変わった。
「なぜ、その音声を、西園寺財閥総師に聞かせる必要がある!」
太郎が声を荒らげる。
匠は一切ひるむことなく、淡々と言い切った。
「幸が、西園寺財閥総師の孫だからですよ」
「「「「「……えっ!?」」」」」
驚愕の声が、重なり合う。
「西園寺財閥総師が、身内をどれほど大切にされる方か――皆さんも、
ご存知ですよね」
匠は、ゆっくりと視線を巡らせる。
「この音声をお聞きになったら、どうなるか……想像、つきませんか?」
それは、逃げ場のない――完全なる、とどめの一撃だった。
「まさか……そんな……」
圭吾は、驚愕と衝撃で呆然とする。
その中でも――ある事実を思い出す。
幸の行方を追っても、まったく手がかりが掴めなかったこと。
幸の母親の戸籍が、異様なほど厳重に守られていたこと。
今なら、その理由がはっきりとわかった。
応接間は、息を呑むほどの静寂に包まれている。
言葉を発することが、誰もできない。
その沈黙を切り裂くように、匠が口を開く。
「どうしますか?」
淡々とした声で、
「選択肢は二つ」
選択肢を突きつける。
「彼から権力を奪うか。それとも――この音声を西園寺財閥総師に聞かせ、黒田ホールディングス全体を巻き込むか」
匠は、目を細め、太郎を見据えた。
「どちらを選ぶかは、黒田会長のご判断にお任せします」
その言葉に、はっとしたように圭吾が、
「ま、待ってくれ!」
思わず声を荒らげ、訴えかけた。
「俺が社長を退いたら、残された社員はどうなるんだ!? 路頭に迷わせるつもりか!」
必死な叫びだった。
だが――
「その点は、ご心配なく」
匠は、感情を一切交えずに言い切る。
「すでに、後任の候補は決まっています」
そう告げると、匠は扉の方へと視線を向け、
「どうぞ。入ってきてください」
声をかけた。
681
あなたにおすすめの小説
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる