【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

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第84話【流れる音声】

「……やめてくれ」

 圭吾の小さな呟きが、確かに聞こえた。

 だが、匠はそれを意に介さず、ボイスレコーダーの再生ボタンを押す。

『幸、もっとこっちに来い』

 圭吾の声が、応接間に流れ出す。

『話し合いが先よ』

 続いて、幸の声。

『話し合いって、何を話すことがあるんだ?』

『圭吾にはなくても、私にはあるのよ』

『お前、俺が婚約したこと、まだ怒ってるのか?』

 ――婚約。

 その言葉に、由紀の肩がわずかに震え、手がぎゅっと握りしめられる。

『圭吾、五年前に私に言ったわよね。「会社が成功したら祖父に紹介する。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」って。あれは、嘘だったの?』

『違うって。あの時は本気だったんだよ。ただ……冷静に考えてみろよ。
 一般庶民のお前を祖父さんに紹介できるわけないだろ。そんなことしたら、俺、社長の座を追われかねないんだぞ?』

 太郎の目が、鋭く釣り上がる。
 明は、言葉を失ったまま、ただ呆然と音声を聞いていた。

『じゃあ、付き合っているのに婚約なんて、どういう神経してるの?
 由紀さんには、私と別れたって言ってたのよね?』

 高瀬社長の拳が、強く握りしめられ、震え始める。

『婚約する相手に「別に彼女がいます」なんて言えるわけないだろ。
 しかも祖父さんの紹介だぞ。機嫌を悪くされたら困るだろ』

『そう。なら、由紀さんと結婚するなら、私のことは放っておけばいいじゃない。
 どうして、私にしつこくつきまとうの?』

『しつこくって……お前も、まだ俺のこと好きだろ。愛人にしてやるって言ってるんだから、何が不満なんだ?生活も見てやるし、優しくしてやる。だから、俺の愛人になれよ』

『愛人になれって……それじゃ、由紀さんはどうなるの?圭吾は、由紀さんのことをどう思ってるの?』

『どうって……結婚相手には家柄が大事だろ。それだけだよ。俺が側にいてほしいのは、幸――お前なんだ。だから、拗ねてないで、俺の愛人になれ』

『嫌よ。どうして私が、好きでもない男の愛人にならなきゃいけないの!』

『お前……俺に逆らうと、どうなるかわかってるのか?圧力をかけて、どこにも就職できないようにしてやる。一般庶民のお前なんか、水沢が本気で相手にすると思うなよ!』

 直後、

『ドン』

 という鈍い音が聞こえ、

『匠さん、助けて!』

 幸の悲鳴が、応接間に響き渡った。

 そこで、匠は静かに指を伸ばし、再生を止めた。

 応接間に、重苦しい沈黙が落ちる。

 由紀が化粧室で聞いたのは、ほんの一部分だけだった。

 だが今日は違う。

 圭吾を完全に追い詰めるため、すべてを――逃げ場のない形で、流した。

 これだけの証拠を突きつけられてしまえば、太郎も、明も、もはや圭吾を庇い立てすることはできない。

 太郎は、ゆっくりと視線を上げ、孫である圭吾を、怒りと失望を滲ませた目で睨みつけた。

 一方、明は深く息を吐き、立場も誇りもかなぐり捨てるように頭を下げる。

「高瀬さん……この度は、息子が本当に、申し訳ないことを……」

 その言葉は、言い訳の余地を一切残さない、完全な謝罪だった。

 そして――

「おい、圭吾!お前も謝るんだ!」

 明は、圭吾に謝るよう怒りのこもった声で促す。

 ここまで証拠を出されたら、もう逃れられないと観念したのか、

「す、すみませんでした……」

 仕方がないといった感じで、圭吾は頭を下げ、謝罪した。

 その圭吾を、由紀は、冷めた目で睨みつける。

 ――こんな男と結婚しなくて本当によかった。

 由紀は心の中でそう思った。

 そして由紀は――

 流された音声を聞き、自分が圭吾と婚約するまでの間、幸が圭吾と付き合っていたことを、初めて知った。

 幸は、元カノとして執着していたわけでもなければ、圭吾を追い回していたわけでもない。

 圭吾から聞かされていた話は――そのすべてが、噓だった。

 由紀の胸に、幸に対する申し訳なさが、静かに広がっていく。

 それと同時に、あれほど意地悪をしてしまった自分を、それでも助けてくれたことに、感謝の気持ちさえ、
 こみ上げてきた。

 ――後で、ちゃんと謝ろう。

 由紀は、心の中でそう呟いていた。

 証拠が提示されたことで、今回の騒動における非は、黒田家にあるという形で決着がついた。

 これで、この話し合いも終わりだろう――黒田家も、高瀬家も、そう思っていた。

 だが――

 高瀬社長に交渉し、話し合いの場に必要な黒田家の人間を、すべて揃えてもらったのは――ここからが本番だからだ。

「今日は、高瀬家の問題とは別に――」

 匠はそう前置きし、黒田会長へと、

「大事なお話があって、参りました」

 静かに視線を向けた。

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