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第二章 君を守るために僕は夢を見る
五十一話 終熄への日々(4)
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サボり魔で名高い男が「先鋒を務めます」と言って煽る程に期が熟したので、信長は即断する。
天正十年(1582年)二月三日。
織田信長は、武田討伐の命令を発する。
朝廷に根回しして「武田を成敗せよ」との勅命をもらい、徳川家康とも連携しての出陣である。
ここ数年で調略も進み、武田領内の道案内には事欠かない。
楽勝になると予想された。
甲州征伐(武田征伐)第一陣の大将は、信長から織田の家督を譲られて、後は実績を積みたい嫡男・信忠。
滝川一益と河尻秀隆が面倒を見るので、安心して手柄を立てられるポジションである。
この信忠軍が、まずは木曽から武田領に攻め進む。
同時に飛騨から金森長近の軍勢が、南側からは徳川家康の軍勢が、ついでに北条家も(織田からは何も言っていないのに)侵攻する。
四方向からの同時侵攻である。
この四軍に攻めさせて、信長は光秀や丹羽長秀等の軍勢六万を率いて、フィニッシュを決める気でいた。
今回の戦は、はっきり言って「信忠に戦果を上げさせる」事が目的なので、信長は珍しく急かさない。
「長期戦になるから、兵の数は絞って、兵糧を欠かさないように」
「武田の待ち構える地に踏み入るのだ。慎重に進め、慎重に」
「信長が到着するまで、ゆっくり慎重に戦いなさい」
と、わざわざ注意を促す。
徳川家康は意を汲んで、信忠軍を追い抜かないように、緩々と進軍する。
北条は甲斐まで攻め上る気は全くなく、旧・今川領内の武田勢を駆逐する方針を取り、織田の戦果を喰わないようにしている。
で、金森長近はというと…
「はい、皆さん、お久しぶり。あなた方に刀槍で追い出された木曽氏傘下の牛丸又右衛門(牛丸親綱)です。
織田への投降は、飛騨攻めの大将・金森様が受け付けております。
窓口係は、皆さんの顔と氏名と現住所を知っている、この牛丸が承りました。
怪しい動きをしたら、ぶっ殺すぞ、ごら」
投降は受け入れる事に専念し、抵抗する城には適当に対処した。
無理は、一切しない。
本命は木曽から攻め入る信忠軍なので、金森長近は「投降の受け入れ業務」だけに専念している。
初めて長近と一緒に戦をする牛丸は、この不殺ぶりに面食らう。
だが、この新しい主人のやり方は、上手くいっている。
既に配下の忍者によって、金盛長近のやり方は、飛騨の人々の耳に入っている。
呆れる程に易々と、投降しに来る。
牛丸又右衛門(牛丸親綱)にとっては腹の立つ事だが、彼の所属していた派閥を駆逐した連中は、こぞって織田軍に降って領土を保証されている。
こうなると牛丸も、金森長近の下で働いて稼ごうという知恵も湧く。
「飛騨を牛耳る姉小路も上手い事やりやがるけど、殿もかなりのやり手のようですな」
「高評価、ありがとう」
長近も古参の家臣団も、この新参者の使い馴れぬ追従には苦笑した。
「けど、姉小路殿には、及ばぬよ」
長近の方は、別の意味で牛丸よりも遥かに姉小路頼綱を知っている。
姉小路頼綱
飛騨国の国司。
織田と同じく、家老の家柄から主家の姉小路を吸収して成り上がった武家の主。
上杉と武田と織田に挟まれた地で、絶妙なバランス感覚で独立を維持している。
斎藤道三の娘を正妻にもらっているので、信長とは相婿(同じ舅を持つ親戚)の関係になる。
この縁を最大限に活かし、信長の上洛にも同行。
朝廷とのパイプを太くし、公家としての階位もあげている。
上杉家が傾くと、すかさず佐々成政に合力するなど、機敏な動きで得点を稼いでいる。
今回も、金森軍に後方支援部隊を寄越すなど、抜け目ない。
形勢が少しでも変われば速攻で敵対行動に出るので、味方にしていても油断は一切出来ない人物である。
配下の忍者には飛騨出身者も混じっているので、姉小路頼綱の詳細な情報は得ている。
越前大野に来た頃から、その動向に気を配り続けている。
敵よりも、裏切る時は速攻で攻めてくる味方の方が、長近には怖い。
「飛騨を素通りさせてくれるのだ。牛丸は金森の家臣として、大人しく振る舞ってくれ」
張っておいた警戒網を新参者に壊されたくないので、釘を刺しておく。
「はい、もちろんです。でも、もしも姉小路が後ろから襲ってきたら、某が真っ先に突っ込みます」
下心を隠さないので、周囲は失笑するしかない。
失笑はするが、嘲笑はしない。
降伏勧告に行った城で、門前払いに怒って相手の首を切り落とし、松明にかざして帰陣してみせた経歴を持つ豪の者だ。
金森軍にはいなかった猛将タイプなので、長近は飼う事にした。
牛丸又右衛門の望みは叶わず、武田家は戦局を一切覆せずに、一ヶ月で滅亡する。
信長の見積もりより、遥かに早い。
信長の本陣が信忠軍に合流する前に、信忠は甲州征伐の全てを終わらせてしまった。
三月十一日に武田勝頼が自害し、十四日には首級が信長の元に届けられている。
あまりの快勝に、功績のある武将への褒美も弾む。
信忠に巨大な手柄を立てさせてあげた滝川一益には上野一国、河尻秀隆には甲斐一国、徳川家康には駿河一国が任された(ちなみに呼ばれもしないのにハゲタカのように参戦した北条家には、何もやらなかった)
金森軍は投降を受け入れただけの、地味な戦果で終えた。
地味でも気前良く、振る舞い酒的に褒美が出た。
金森長近に、
「正四位下兵部卿」
の叙任が決まった。
「…これって、どのくらい、偉いのでしょうか?」
可重に問われて、長近も首を捻る。
本来は公家の称号なので、ピンと来ない。
そもそもこの称号、時代で用いられ方が変動している。
この叙任も、勲章扱い同然である。
本当に何かの官職や権限を得る訳ではない(権限は将軍に集中されている)。
得られる一歩手前の、勲章に近い。
この時代での価値を現代風に変換すると…
「役人であれば長官クラス、教職であれば皇太子専属、貴族で言うと男爵クラスの称号授与」
となるが、この物語の読者には、こう伝える方が分かり易いだろう。
「細川藤孝よりも、高い位階の叙任を受けてしまった」
「どうせ追い抜かれるだろうけどね」
いま茶会で顔を合わせたら、絶対に弄ってくるだろう。
長近を上座に置いて弄り倒す藤孝を想像すると、背筋が凍る。
細川藤孝はここ最近、切り取りを任された国で大苦戦して膠着状態に陥り、戦果が止まっている。
戦果が止まると、信長からの扱いも軽くなる。
今の細川藤孝の窮状を察しても寒くなるので、長近は貰ったものの使い道を考えてみる。
「自分が貰っても、使い道が分からんなあ。無いよりマシなのは確実だとは思うが」
「それ、御守りじゃないですかね」
新参の牛丸が、口を出す。
金森家の気風が良いというより、長近はこの男に対し、特別扱いを許す事にした。
多少粗忽だが、猪突猛進が通常の武将は、軍団の先駆けに欲しい。
実際、この男は歴史的な大戦で、一番槍を決めて名を残す事になる。
「御守り?」
「姉小路は公家気取りですから。正四位下兵部卿に叙任された方には、格上だからと手を出さないでしょう」
納得してしまう意見だったので、作者も驚いた。
「意外と頭いいな、牛丸」
「もっと見直してくれて、いいですよ」
金森家での居心地が良かったのか、牛丸又右衛門は終生、長近の先鋒を務めた。
金森長近が、信長から褒美を貰うのは、それが最後になった。
!注意書き!
金森長近が牛丸氏を保護し始めたのはこの時期で間違いありませんが、牛丸又右衛門個人の加入は、二年ほど先です。しかし繰り上げて加入させました。
これは作者の筆が滑ったせいです。
試験で「牛丸又右衛門が金森長近の家臣になったのは、西暦何年?」という質問が出たら、西暦1584年とお答えください。
天正十年(1582年)二月三日。
織田信長は、武田討伐の命令を発する。
朝廷に根回しして「武田を成敗せよ」との勅命をもらい、徳川家康とも連携しての出陣である。
ここ数年で調略も進み、武田領内の道案内には事欠かない。
楽勝になると予想された。
甲州征伐(武田征伐)第一陣の大将は、信長から織田の家督を譲られて、後は実績を積みたい嫡男・信忠。
滝川一益と河尻秀隆が面倒を見るので、安心して手柄を立てられるポジションである。
この信忠軍が、まずは木曽から武田領に攻め進む。
同時に飛騨から金森長近の軍勢が、南側からは徳川家康の軍勢が、ついでに北条家も(織田からは何も言っていないのに)侵攻する。
四方向からの同時侵攻である。
この四軍に攻めさせて、信長は光秀や丹羽長秀等の軍勢六万を率いて、フィニッシュを決める気でいた。
今回の戦は、はっきり言って「信忠に戦果を上げさせる」事が目的なので、信長は珍しく急かさない。
「長期戦になるから、兵の数は絞って、兵糧を欠かさないように」
「武田の待ち構える地に踏み入るのだ。慎重に進め、慎重に」
「信長が到着するまで、ゆっくり慎重に戦いなさい」
と、わざわざ注意を促す。
徳川家康は意を汲んで、信忠軍を追い抜かないように、緩々と進軍する。
北条は甲斐まで攻め上る気は全くなく、旧・今川領内の武田勢を駆逐する方針を取り、織田の戦果を喰わないようにしている。
で、金森長近はというと…
「はい、皆さん、お久しぶり。あなた方に刀槍で追い出された木曽氏傘下の牛丸又右衛門(牛丸親綱)です。
織田への投降は、飛騨攻めの大将・金森様が受け付けております。
窓口係は、皆さんの顔と氏名と現住所を知っている、この牛丸が承りました。
怪しい動きをしたら、ぶっ殺すぞ、ごら」
投降は受け入れる事に専念し、抵抗する城には適当に対処した。
無理は、一切しない。
本命は木曽から攻め入る信忠軍なので、金森長近は「投降の受け入れ業務」だけに専念している。
初めて長近と一緒に戦をする牛丸は、この不殺ぶりに面食らう。
だが、この新しい主人のやり方は、上手くいっている。
既に配下の忍者によって、金盛長近のやり方は、飛騨の人々の耳に入っている。
呆れる程に易々と、投降しに来る。
牛丸又右衛門(牛丸親綱)にとっては腹の立つ事だが、彼の所属していた派閥を駆逐した連中は、こぞって織田軍に降って領土を保証されている。
こうなると牛丸も、金森長近の下で働いて稼ごうという知恵も湧く。
「飛騨を牛耳る姉小路も上手い事やりやがるけど、殿もかなりのやり手のようですな」
「高評価、ありがとう」
長近も古参の家臣団も、この新参者の使い馴れぬ追従には苦笑した。
「けど、姉小路殿には、及ばぬよ」
長近の方は、別の意味で牛丸よりも遥かに姉小路頼綱を知っている。
姉小路頼綱
飛騨国の国司。
織田と同じく、家老の家柄から主家の姉小路を吸収して成り上がった武家の主。
上杉と武田と織田に挟まれた地で、絶妙なバランス感覚で独立を維持している。
斎藤道三の娘を正妻にもらっているので、信長とは相婿(同じ舅を持つ親戚)の関係になる。
この縁を最大限に活かし、信長の上洛にも同行。
朝廷とのパイプを太くし、公家としての階位もあげている。
上杉家が傾くと、すかさず佐々成政に合力するなど、機敏な動きで得点を稼いでいる。
今回も、金森軍に後方支援部隊を寄越すなど、抜け目ない。
形勢が少しでも変われば速攻で敵対行動に出るので、味方にしていても油断は一切出来ない人物である。
配下の忍者には飛騨出身者も混じっているので、姉小路頼綱の詳細な情報は得ている。
越前大野に来た頃から、その動向に気を配り続けている。
敵よりも、裏切る時は速攻で攻めてくる味方の方が、長近には怖い。
「飛騨を素通りさせてくれるのだ。牛丸は金森の家臣として、大人しく振る舞ってくれ」
張っておいた警戒網を新参者に壊されたくないので、釘を刺しておく。
「はい、もちろんです。でも、もしも姉小路が後ろから襲ってきたら、某が真っ先に突っ込みます」
下心を隠さないので、周囲は失笑するしかない。
失笑はするが、嘲笑はしない。
降伏勧告に行った城で、門前払いに怒って相手の首を切り落とし、松明にかざして帰陣してみせた経歴を持つ豪の者だ。
金森軍にはいなかった猛将タイプなので、長近は飼う事にした。
牛丸又右衛門の望みは叶わず、武田家は戦局を一切覆せずに、一ヶ月で滅亡する。
信長の見積もりより、遥かに早い。
信長の本陣が信忠軍に合流する前に、信忠は甲州征伐の全てを終わらせてしまった。
三月十一日に武田勝頼が自害し、十四日には首級が信長の元に届けられている。
あまりの快勝に、功績のある武将への褒美も弾む。
信忠に巨大な手柄を立てさせてあげた滝川一益には上野一国、河尻秀隆には甲斐一国、徳川家康には駿河一国が任された(ちなみに呼ばれもしないのにハゲタカのように参戦した北条家には、何もやらなかった)
金森軍は投降を受け入れただけの、地味な戦果で終えた。
地味でも気前良く、振る舞い酒的に褒美が出た。
金森長近に、
「正四位下兵部卿」
の叙任が決まった。
「…これって、どのくらい、偉いのでしょうか?」
可重に問われて、長近も首を捻る。
本来は公家の称号なので、ピンと来ない。
そもそもこの称号、時代で用いられ方が変動している。
この叙任も、勲章扱い同然である。
本当に何かの官職や権限を得る訳ではない(権限は将軍に集中されている)。
得られる一歩手前の、勲章に近い。
この時代での価値を現代風に変換すると…
「役人であれば長官クラス、教職であれば皇太子専属、貴族で言うと男爵クラスの称号授与」
となるが、この物語の読者には、こう伝える方が分かり易いだろう。
「細川藤孝よりも、高い位階の叙任を受けてしまった」
「どうせ追い抜かれるだろうけどね」
いま茶会で顔を合わせたら、絶対に弄ってくるだろう。
長近を上座に置いて弄り倒す藤孝を想像すると、背筋が凍る。
細川藤孝はここ最近、切り取りを任された国で大苦戦して膠着状態に陥り、戦果が止まっている。
戦果が止まると、信長からの扱いも軽くなる。
今の細川藤孝の窮状を察しても寒くなるので、長近は貰ったものの使い道を考えてみる。
「自分が貰っても、使い道が分からんなあ。無いよりマシなのは確実だとは思うが」
「それ、御守りじゃないですかね」
新参の牛丸が、口を出す。
金森家の気風が良いというより、長近はこの男に対し、特別扱いを許す事にした。
多少粗忽だが、猪突猛進が通常の武将は、軍団の先駆けに欲しい。
実際、この男は歴史的な大戦で、一番槍を決めて名を残す事になる。
「御守り?」
「姉小路は公家気取りですから。正四位下兵部卿に叙任された方には、格上だからと手を出さないでしょう」
納得してしまう意見だったので、作者も驚いた。
「意外と頭いいな、牛丸」
「もっと見直してくれて、いいですよ」
金森家での居心地が良かったのか、牛丸又右衛門は終生、長近の先鋒を務めた。
金森長近が、信長から褒美を貰うのは、それが最後になった。
!注意書き!
金森長近が牛丸氏を保護し始めたのはこの時期で間違いありませんが、牛丸又右衛門個人の加入は、二年ほど先です。しかし繰り上げて加入させました。
これは作者の筆が滑ったせいです。
試験で「牛丸又右衛門が金森長近の家臣になったのは、西暦何年?」という質問が出たら、西暦1584年とお答えください。
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