楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

六話 大変だ、織田信秀の息子が、捕らわれてしまった(棒読み)

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 天文十七年(1548年)
 竹千代人質ツアーの皆さんは、加藤屋敷(熱田羽城)で健やかに年越しをしてしまった。
 年明けは信長が来て遊ぶ回数が減り、加藤屋敷(熱田羽城)の人員も戦に動員されるので、春と共に戦であろうと察しは付いた。
「狙いは、三河の岡崎城。一気に三河を支配する気です」
 食事中に金森可近ありちかがバラすと、竹千代が味噌汁を咽せる。
「織田の兵数は四千程度。今川が大軍勢を繰り出した場合、無理をせずに引くでしょう。三河の皆さんが人質を手に入れるなら、その戦の直後です」
「どうして金森殿は、そうやって、食事時に…」
 文句を言いかけて、竹千代は可近ありちかの存念に気付く。
 加藤屋敷(熱田羽城)で、聞き耳を気にせずに済む隙を狙って、教えてくれたのだ。
 目礼すると、竹千代は福に口元を拭いてもらってから、味噌汁の摂取に戻る。

 織田信秀のぶひでは、暇人ではない。
 竹千代の父・松平広忠が、人質に捕られた竹千代を無視して織田への鞍替えを拒んだので、交渉抜きで三河の本拠地・岡崎城の攻略を決めた。
 四千人と戦力はイマイチだが、岡崎城を攻め取るなら充分だろうと、進撃を開始。
 対して松平広忠には、今川が援軍を出し、総勢一万人。
 しかも率いているのが、太原雪斎たいげん・せっさい
 今川義元の教育係から始めて、軍師として今川を強国に成長させた超有能僧侶である。
 一流軍師が、倍以上の兵力で、迎撃の準備万端。
 この段階で逃げても良かっただろうに、織田信秀のぶひでは先鋒隊を任せていた息子が奮闘していたので、合流して盛り返す。

「そうだよなあ。一万の軍勢と言っても、三軍で編成されているから、一度に戦うのは三千と少々。
 対して、こっちが一塊になれば、戦は四千VS三千の繰り返し。
 あ、勝てる?
 俺、実はラインハルト並に天才だった?!」

 そんな訳がない。
 大雑把な有利さと、息子の意外な戦果に乗って戦を続けているうちに、織田信秀のぶひでは今川の軍師の戦略に気付く。
 岡崎城から南に半刻(約一時間)歩いた場所に位置する小豆坂で。
 一丸となって戦っていた織田軍は、前半戦は勝っているように見えた。
 接触した敵が、織田に圧されて退くのを繰り返している。
 織田信秀の脳裏に、退いた敵は何処に行ったのだろうという、疑念が湧く。
 織田ならそのまま故郷目掛けて全力ダッシュで間違いないが、今川・松平連合軍は…

 退がった部隊は、小豆坂に集結している織田軍を、包囲するように再接近していた。
 太原雪斎たいげん・せっさいは、織田軍を包囲殲滅する気だった。
 迷惑な強欲隣人を、ここで根絶やしにする予定だ。
(囲まれる)
 織田信秀の全身に怖気が走るタイミングで、本陣にまで攻め込まれる。
 その機会に、織田信秀は逃げを決めた。
 いつもと違うのは、バラけずに一丸となって、逃げた事だ。
 竹千代と交換出来る人質を、三河衆が狙っていると知らされているので、守りを固めて逃げた。
 小豆坂より西へと逃げ、織田の三河攻略の最前線・安祥あんじょう城まで、逃げる。
 そこで一息吐き、一流軍師が追って来ないのを確認すると、安祥あんじょう城を息子に任せて、織田信秀は尾張に帰宅した。
 織田信秀の息子は、油断せずに安祥あんじょう城で警戒体制に入った。
 金森可近ありちかの見積もりだと、この段階で三河衆が仕掛けるだろうと踏んでいたが、太原雪斎たいげん・せっさいは防御を固めた安祥あんじょう城に対して無理をしなかった。
 織田の方も、この頃は動きが鈍くなる。
 膠着状態が続くので、可近ありちかは身代金を募金する路線でも発展させようかと気を揉んだが、翌年に緊急事態が発生する。

 天文十八年(1549年)三月六日。
 竹千代の父・松平広忠が、病死した。


「討たれたのに、病死扱いをしているのでしょうか?」
 竹千代の質問に、金森可近ありちかは正直に情報を明かす。
「織田が差し向けた刺客は、失敗しました。その後の動きは、ありません」
「…父上は、まだ…」
 二十代での、病死である。
 竹千代が暗殺を疑うのも無理はないし、後世の歴史家は暗殺説を乱立させた。
 大河ドラマでも、暗殺説を採用する場合が多い。
「三河も尾張も今川も、これに乗じた動きが有りません。誰も予期せぬ、病死です」 
 可近ありちかは、この件で竹千代が誰も憎まずに済むように、病死を推す。
 竹千代の将来に、織田や今川を憎む土壌は、毒になる。
 弟子に入りそうな毒を、可近ありちかは断固として遮断する。
「弔いに、何を為さいますか?」
「鷹狩りに、行きたい。岡崎に帰ったら、父上が連れて行ってくれる約束だった」
 竹千代人質ツアーの面々が、泣き始める。
 可近ありちかも貰い泣きしかけたが、鷹狩にかかる予算の方が気になって、泣けなかった。


 主人を失った岡崎城と三河衆に対し、太原雪斎たいげん・せっさいは、最大の望みを叶える動きを始める。
 天文十八年(1549年)十一月。
 安祥あんじょう城を大軍で包囲すると、三河衆が城内に押し込み、織田信秀の息子を生け捕りにした。
 太原雪斎たいげん・せっさいは、そのまま人質交換の交渉を進めた。
 主人である今川義元には事後承諾で話を進める辣腕に、この僧侶のチート性能が窺われる。


 竹千代人質ツアーの終わりが、見えてきた。
 可近ありちかが弔いと送別を兼ねた鷹狩りを早急に手配していると、久しぶりに信長(十五歳)が加藤屋敷(熱田羽城)にやって来た。
 正妻と一緒に。
「うっす、うっす、うっす! 正妻になるのは二度目か三度目、美濃の国力を背景に、パワハラ・セクハラ上等のマジカル正妻・帰蝶きちょうどえぇ~す!
 でも、マタハラだけは勘弁な」
 美濃国から織田信長と政略結婚する為に嫁いで来た、斎藤道三の愛娘・帰蝶きちょうである。
 濃い。
 信長は余程に気に入ったらしく、尾張各地に連れ回して見せびらかしている。
 織田家の後継者争いで二番手だった庶兄・織田信広のぶひろが、安祥あんじょう城ごと生け捕りにされたので、この機会に誰が次の織田家のリーダーか分からせる為の夫婦巡業である。
 めっちゃ濃い姫君に呆然としている竹千代に、信長(十五歳)が残念そうに声を掛ける。
「行くのか。残るなら、妹の市を、嫁にやるぞ」
「じゃあ、今、下さい」
「残らないと、やらん」
「竹千代が今川に行かないと、信長殿の兄上が、帰って来ませぬが?」
「その方が、いい」
 織田信秀の正妻の子ではないので嫡男扱いはされていなかったが、信長への奇天烈さに不安が募る分、信広のぶひろでもいいのではという意見も根強い。
「竹千代と交換しても、兄弟で殺し合いになるだけだで」
 実際、信長は庶兄と、この後で本気の戦争をする事になる。
 織田信長は、織田家を完全に手中にする為に、まずは兄弟親族との跡目争いを経なければならない。
「釣り合わねえで、何か寄越せ」
 ここまで面の皮の厚い強欲振りを見せられると、竹千代も笑うしかない。
「では、竹千代に出来た最初の子を、信長殿の子と政略結婚させるという約束を」
「迂遠だぎゃあ」
 駄々を捏ねて時間を潰し、別れる時間を惜しむ。
 可近ありちかは、信長の幼少期の終わりを、見届ける。
 この時間こそ、竹千代が信長に贈れる、最大の餞別だ。


 次に此の二人が逢う時は、戦場になる。
 将来は今川の尖兵として、竹千代は三河衆を率いて最前線で、織田と戦う羽目になるだろう。
 何方かが殺し、殺される時に、何方も此の時間を思い出すだろう。


 感慨に耽って涙を堪えていたら、信長が可近ありちかを呼び付けて、話を進める。
「兄貴と竹千代の交換の席には、太原雪斎たいげん・せっさいが来る。五郎八ごろはち(可近の通称)は、彼奴と直に話せ」
 理由は言わないし、可近ありちかも聴かない。
 信長が知りたい内容は、分かる。
「世話係の引き継ぎがありますので、しかと対話して来ます」
 可近ありちかは、請け負った。
 今川の最盛期を作った軍師が、あと何年で死にそうかを観る仕事を。
 
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