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第一章 赤と黒の螺旋の中で
八話 シン・竹千代の師匠(2)
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今川の指定した寺院で人質を交換すると、太原雪斎は先に竹千代を駿河に出立させてから、残って織田信秀を茶室に招いた。
これまでの行状を鑑みたら、断ってダッシュで逃げてもいいとは思うのだが、織田信秀は供に可近だけを付けて応じる。
雪斎は、信秀に茶の湯を出しただけで、放置。
金森可近に、興味を向ける。
「織田家は、そんなに居心地が良いかね?」
竹千代の事ではなく、自身の進退に触れてきたので、可近は用意してあった返事をしておく。
「今後二十年は、織田家で美味しい思いを味わう予定です」
「二十年後には、竹千代が東海道の支配者になっとると思うが、その時は、如何する?」
あまりにも客観的で、今川に悲観的な未来予想を、雪斎は持ち出した。
「…あのう、今川家の二十年後は?」
「拙僧の死後は、自然消滅であろう」
一組の師弟に頼っての栄華に、雪斎は何の期待もしていない。
次世代に身内から「この師弟」を超える優秀な人材を生み出せなかった今川家に、何も期待していない。
「今川の栄華は、ゆるゆると、消える」
織田信秀が、「今すぐに死んでくれないかな~」という失礼な視線を向けるが、無視。
「武田と北条と織田に囲まれた上に、次世代で頭角を表すのは、三河の御曹司。金森殿も、そう見ていると考えていたが?」
「はい、そう考えています」
もう竹千代が主君の手の届かない場所に行ったので、可近は正直に言った。
「でさあ。二十年後に、強くなった三河勢と織田が戦になったら、金森殿は、如何する? 拙僧、それが気になる」
「戦には、させませんよ。同盟を、結ばせます」
主君が隣に居るのを気にせずに、勝手に国家戦略を語る可近を、信秀は止めずに茶を飲む。
出来過ぎる部下は放置した方が正解なのは、目の前の戦国坊主を見れば、よく分かる。
「織田信長は、他人に背中を預ける御仁か?」
「預けます。甘い程です」
「猜疑心が強くなって、同盟を反故にしないか?」
「そこまで疑心暗鬼の酷い御仁であれば、自分は見捨てます」
織田信秀が、ポーカフェイスに失敗して、茶を噴く。
懐から手拭いを出して、泣きそうな顔を抑える。
雪斎は、見ないふりをしつつも、笑ってしまう。
「良い買い物をなさったな、器用の仁」
雪斎は、生まれて初めて、信秀に優しく声をかける。
「あの信長の面倒は、この遊び人が、見てくれますよ」
死相の出ている迷惑隣人に、雪斎は聖職者らしく、穏やかに接する。
金森可近は、そんな二人の死相を見比べて、うんざりする。
先に死ぬのは信秀で間違いないが、雪斎も五六年で、いなくなりそうである。
信長が跡を継いだ後、弱体化した今川と戦う機会が増える流れだ。
つまり、織田から三河に攻め込む確率が、増える。
(福に、怒られそうだなあ、毎日、毎年)
嫌そうな顔で未来予想をする可近に、雪斎は全然同情しなかった。
「楽しめ。お主、長生きする相だ」
「そうだとは思いますが…どのくらいでしょう?」
遊び人の大先輩に、可近は意見を伺う。
「拙僧の寿命より、プラス三十年くらいの長命に見える」
「長過ぎます」
「贅沢だぞ。拙僧も、あと十五年は欲しい」
楽しそうに、雪斎は自分の茶の湯を煎じる。
「竹千代がどんなイケメン武将に成長するか、見たかったな。どんな風に北条を防ぎ、武田を迎え討つのか、見届けたかった」
勝ち逃げを決め込んでいる大先輩は、これから育てる弟子の未来予想だけは、楽観して自慢する。
「それ、めっちゃ艱難辛苦の人生になるのでは?」
「知らん。どうせ拙僧の死後だ」
可近の客観的なツッコミに、大先輩は無責任を通した。
「五郎八(可近の通称)も、将来は、ああ成るのかな」
帰路、尾張領内に入ってから、織田信秀は可近を冷やかす。
「あれだけの成功を得たのに、嫁を取らずに弟子をとって満足か。その点は、真逆だな」
「はい、自分は嫁を取って満足ですよ」
馬の背に乗せた福が、寝たふりを続ける。
大嫌いな男は数年で死ぬという話を信じて、福は竹千代の侍女を寿退社した。
式は、竹千代人質ツアーが加藤屋敷(熱田羽城)に宿泊した(オブラートに包んだ言い方)最後の日に、挙げている。
そこで竹千代との別れは済ませたのだが、人質交換の場で織田信秀が反則技を使わないかどうか心配で心配で堪ったもんじゃないので、旦那の馬に便乗して見守っていた。
いざとなったら、差し違える気である。
織田信秀一行は、ドン引きした後に、面白がった。
「なあ、そこの新婦さん、俺の事が大嫌いって、マジ?」
寝たふりに構わず話しかけてくるので、福は仕方なく塩対応する。
「逆に、好きな人とか、います?」
「いないけどね」
「分かっていて話しかけないでください」
メンヘラ戦国大名は、その位ではメゲない。
「五郎八の何処に惚れたの? 大きさ? 腰の使い方? 汁多い?」
「主君を財布としか見ていない所です」
「それ、わしの家臣の、全員に該当するけど?」
「うっせえなああ」
周囲が爆笑する中、福がキレかけている。
可近は、喧嘩が勃発しないように、主君を置いて馬を先に進める。
「先に行って、伏兵を探知しておきます」
そう言い訳すると、一気に速度を出して離れる。
「あんなに好きにさせて、いいのですか?」
古参の馬廻から、そんな声も出る。
信秀は背筋を伸ばすのを辞めて、馬の背にもたれ掛かる。
「あれでいいだぎゃあ。あれは、おでより先に行くのが、取り柄だで」
織田信秀は、この後、病床に着いた。
尾張の豊富な経済力を元手に戦争しまくった男は、過労で健康を損なっていた。
自業自得なのだけれど、何故か憎めない人物だった。
この人質交換のイベントを最後に、織田信秀は公務から身を引いて、信長に実権を任せた。
養生の甲斐あってか、二年以上、死なずに済んだ。
享年四十二歳。
葬儀は萬松寺(織田信秀の建立した、織田家の菩提寺)で盛大に執り行われ、三百人の僧侶が参集された。
そんな大規模葬儀の最中に、織田信長は何時ものラフな風体で現れ、位牌に抹香を投げ付けるパフォーマンスをして、諸国に名を広めた。
「うつけ者」とバカにする者から「これこそ戦国時代の傑物」と評する者まで、幅広い反応を引き出した。
歴史小説や時代劇の演出ではなく、史実なのでロックだ。
可近は「亡き殿は、あの世で爆笑していると思うけどなあ」という感想を寝屋で述べて、新妻に「可近は、上司にだけは、お人好しだね」と、変な方向で呆れられた。
これまでの行状を鑑みたら、断ってダッシュで逃げてもいいとは思うのだが、織田信秀は供に可近だけを付けて応じる。
雪斎は、信秀に茶の湯を出しただけで、放置。
金森可近に、興味を向ける。
「織田家は、そんなに居心地が良いかね?」
竹千代の事ではなく、自身の進退に触れてきたので、可近は用意してあった返事をしておく。
「今後二十年は、織田家で美味しい思いを味わう予定です」
「二十年後には、竹千代が東海道の支配者になっとると思うが、その時は、如何する?」
あまりにも客観的で、今川に悲観的な未来予想を、雪斎は持ち出した。
「…あのう、今川家の二十年後は?」
「拙僧の死後は、自然消滅であろう」
一組の師弟に頼っての栄華に、雪斎は何の期待もしていない。
次世代に身内から「この師弟」を超える優秀な人材を生み出せなかった今川家に、何も期待していない。
「今川の栄華は、ゆるゆると、消える」
織田信秀が、「今すぐに死んでくれないかな~」という失礼な視線を向けるが、無視。
「武田と北条と織田に囲まれた上に、次世代で頭角を表すのは、三河の御曹司。金森殿も、そう見ていると考えていたが?」
「はい、そう考えています」
もう竹千代が主君の手の届かない場所に行ったので、可近は正直に言った。
「でさあ。二十年後に、強くなった三河勢と織田が戦になったら、金森殿は、如何する? 拙僧、それが気になる」
「戦には、させませんよ。同盟を、結ばせます」
主君が隣に居るのを気にせずに、勝手に国家戦略を語る可近を、信秀は止めずに茶を飲む。
出来過ぎる部下は放置した方が正解なのは、目の前の戦国坊主を見れば、よく分かる。
「織田信長は、他人に背中を預ける御仁か?」
「預けます。甘い程です」
「猜疑心が強くなって、同盟を反故にしないか?」
「そこまで疑心暗鬼の酷い御仁であれば、自分は見捨てます」
織田信秀が、ポーカフェイスに失敗して、茶を噴く。
懐から手拭いを出して、泣きそうな顔を抑える。
雪斎は、見ないふりをしつつも、笑ってしまう。
「良い買い物をなさったな、器用の仁」
雪斎は、生まれて初めて、信秀に優しく声をかける。
「あの信長の面倒は、この遊び人が、見てくれますよ」
死相の出ている迷惑隣人に、雪斎は聖職者らしく、穏やかに接する。
金森可近は、そんな二人の死相を見比べて、うんざりする。
先に死ぬのは信秀で間違いないが、雪斎も五六年で、いなくなりそうである。
信長が跡を継いだ後、弱体化した今川と戦う機会が増える流れだ。
つまり、織田から三河に攻め込む確率が、増える。
(福に、怒られそうだなあ、毎日、毎年)
嫌そうな顔で未来予想をする可近に、雪斎は全然同情しなかった。
「楽しめ。お主、長生きする相だ」
「そうだとは思いますが…どのくらいでしょう?」
遊び人の大先輩に、可近は意見を伺う。
「拙僧の寿命より、プラス三十年くらいの長命に見える」
「長過ぎます」
「贅沢だぞ。拙僧も、あと十五年は欲しい」
楽しそうに、雪斎は自分の茶の湯を煎じる。
「竹千代がどんなイケメン武将に成長するか、見たかったな。どんな風に北条を防ぎ、武田を迎え討つのか、見届けたかった」
勝ち逃げを決め込んでいる大先輩は、これから育てる弟子の未来予想だけは、楽観して自慢する。
「それ、めっちゃ艱難辛苦の人生になるのでは?」
「知らん。どうせ拙僧の死後だ」
可近の客観的なツッコミに、大先輩は無責任を通した。
「五郎八(可近の通称)も、将来は、ああ成るのかな」
帰路、尾張領内に入ってから、織田信秀は可近を冷やかす。
「あれだけの成功を得たのに、嫁を取らずに弟子をとって満足か。その点は、真逆だな」
「はい、自分は嫁を取って満足ですよ」
馬の背に乗せた福が、寝たふりを続ける。
大嫌いな男は数年で死ぬという話を信じて、福は竹千代の侍女を寿退社した。
式は、竹千代人質ツアーが加藤屋敷(熱田羽城)に宿泊した(オブラートに包んだ言い方)最後の日に、挙げている。
そこで竹千代との別れは済ませたのだが、人質交換の場で織田信秀が反則技を使わないかどうか心配で心配で堪ったもんじゃないので、旦那の馬に便乗して見守っていた。
いざとなったら、差し違える気である。
織田信秀一行は、ドン引きした後に、面白がった。
「なあ、そこの新婦さん、俺の事が大嫌いって、マジ?」
寝たふりに構わず話しかけてくるので、福は仕方なく塩対応する。
「逆に、好きな人とか、います?」
「いないけどね」
「分かっていて話しかけないでください」
メンヘラ戦国大名は、その位ではメゲない。
「五郎八の何処に惚れたの? 大きさ? 腰の使い方? 汁多い?」
「主君を財布としか見ていない所です」
「それ、わしの家臣の、全員に該当するけど?」
「うっせえなああ」
周囲が爆笑する中、福がキレかけている。
可近は、喧嘩が勃発しないように、主君を置いて馬を先に進める。
「先に行って、伏兵を探知しておきます」
そう言い訳すると、一気に速度を出して離れる。
「あんなに好きにさせて、いいのですか?」
古参の馬廻から、そんな声も出る。
信秀は背筋を伸ばすのを辞めて、馬の背にもたれ掛かる。
「あれでいいだぎゃあ。あれは、おでより先に行くのが、取り柄だで」
織田信秀は、この後、病床に着いた。
尾張の豊富な経済力を元手に戦争しまくった男は、過労で健康を損なっていた。
自業自得なのだけれど、何故か憎めない人物だった。
この人質交換のイベントを最後に、織田信秀は公務から身を引いて、信長に実権を任せた。
養生の甲斐あってか、二年以上、死なずに済んだ。
享年四十二歳。
葬儀は萬松寺(織田信秀の建立した、織田家の菩提寺)で盛大に執り行われ、三百人の僧侶が参集された。
そんな大規模葬儀の最中に、織田信長は何時ものラフな風体で現れ、位牌に抹香を投げ付けるパフォーマンスをして、諸国に名を広めた。
「うつけ者」とバカにする者から「これこそ戦国時代の傑物」と評する者まで、幅広い反応を引き出した。
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