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第一章 赤と黒の螺旋の中で
三十八話 ねね、ストライク!(1)
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「では、引越し祝いに、茶の湯を振る舞います」
可近が宣言すると、藤吉郎の住まいから、体格の良い青年が茶道具を持ってお邪魔する。
「お邪魔致します。藤吉郎の弟、小一郎と申します。以後、お見知り置きを」
「弟?!」
まつ・利家・長八郎が、藤吉郎と違って身長が高めで、藤吉郎と違って十人並みの器量で、藤吉郎と違って堅気の人にしか見えない青年を見詰めちゃう。
ギャップがあり過ぎて、ガン見するのも、致し方ない。
恥じらう小一郎に代わり、兄がベラベラと身の上を吹き込む。
「結婚の報告をしに中村の実家に帰省したら、家来にしたくなる優良物件が育っておったでのう。農作業で体は出来とるし、作物の売買で商いを経験し、竹阿弥(継父)に文字と茶の湯を習っておったのでもう、わしの副官になる為に天が遣わした弟だぎゃあ! わしが持っていない長所を、全て持っとる!」
前田家の三人が、一様に頷く。
「十日前まで、百姓でした。まだ武家の習わしを学んでいる最中ですので、至らぬ所は、ご容赦ください」
藤吉郎と違って、骨の髄から織り目正しい誠実な人柄が、良い味わいで滲み出ている。
既に普通の武家育ちよりも、遥かに良い風格を持っている。
「おい、藤吉郎。お主の実家、相当に、まともなのではないか?」
利家の指摘に対し、藤吉郎は東の空と西の空に視線を走らせながら、言い訳をする。
「わしという天才を育むには、中村の田舎では、足りなかったのディスティニー」
知能指数の高さに気付いた継父が、学問をさせる為に寺に入れたのに、喧嘩して放浪した過去は披露しない。
その期間の事は『喧嘩して飛び出した』以上の事は言うなと、可近に注意されている。
利家が地雷を掘り出さないうちに、可近が茶を連続で淹れていく。
「さあ、飲んで、飲んで。一服、一服」
茶と茶菓子と歓談で和ませてから、可近は肝心な事に気付く。
「ねね殿は?」
引越し祝いに、顔を出してもいいはずである。
「母上が結婚に反対しているので、説き伏せるまで、愛しの藤吉郎様には会わないって」
藤吉郎が、切なそうに、瞳を潤ませる。
「そりゃあ、可能な限り反対して引き延ばすよなあ、母親なら」
利家が弄ろうとするので、藤吉郎が口舌でやり返そうとした瞬間、家財道具を風呂敷に入れて家出して来た美少女が玄関に現れた。
ねねだ。
あと百日で結婚する、浅野家の、ねね。
「引越し&旦那様の加増三倍おめでとう、まつ! ねえ聞いて聞いて、藤吉郎と結婚する件で母を説得していたら、母の口から身分の低い低所得労働者への偏見と悪口が溢れ出して放送禁止用語垂れ流しの状態で見るのも聞くのも耐え難かったので、顎に肘打ちをかまして破壊しちゃったから回復する前に荷物をまとめて家出して来ちゃった。藤吉郎、もう面倒だから結婚式を挙げて初夜しちゃおう」
「よし」
鼻の穴を広げて助平顔で「よし」と言っちゃった次の瞬間、藤吉郎は正気に戻って返事をする。
「ダメダメダメ、八月三日に設定して、仕事のスケジュールを組んじゃったから。家出しても、ココどうせ浅野家の長屋だし、母君と至近距離だで、和解を前提に行動してちょ」
一応は藤吉郎が浅野家に婿入りする形なので、ねねに家出して貰っては、困るのである。
ねねの目が、据わる。
藤吉郎(婚約者)が、ねねよりも婿入り先との関係を優先したので、機嫌を損ねた。
「初夜ダメ?」
「初夜だけオーケー」
うっかりと助平マインドを優先させた藤吉郎の股間を、ねねが蹴り上げる。
「そんな半端な真似が、できるかああああ!!」
死にかける藤吉郎を外に蹴り転がし、ねねはまつに許可を求める。
「まつ、泊めて」
ねねが家出先を、藤吉郎の部屋から、まつの部屋に変更する。
「はい、どうぞ。旦那様と長八郎は、藤吉郎様の部屋で、雑魚寝をしてください」
「一部屋に、男四人で?」
利家が、成り行きの酷さに、再考を請う。
小一郎は「組頭級の部屋を与えられたので、四人でも平気です」とは、言わずにおいた。
空気を読める、弟だ。
前田利家と木下兄弟では、部屋の大きさへの許容度が違うとも理解している。
「死にはしません」
まつが笑顔で言い渡し、男どもを外に出した。
可近も。
可近は、まつの目が笑っていないので、自分には念入りに怒っているのを察知した。
(無理もないかー。旦那が死地に行くのを止めなかった上に、背中を押した挙句、功名を藤吉郎に借りパクさせるやり口に、イラっと来たかー)
なんか怖いので、まつはこれ以上怒らせないように心する、可近だった。
呆然とする赤母衣衆筆頭は、死にかけている藤吉郎にではなく、可近に助けを求める。
「なんとかしてー。俺だけ、浪人時代と待遇が変わらないよこれー」
「う~~~~~ん」
可近は、この件の元凶(可近以外の)について、思案する。
浅野家に限らず、人々の木下藤吉郎への評価が、真っ二つに割れている。
良く言えば、陽気で話し好きの器用な出来人。
悪く言うと、下品で女癖が悪い猿面の奇怪人。
面白人材が溢れる織田の家中なので、普段なら藤吉郎の人品については気にしないであろうが、ねねという美少女との結婚話が絡むと事は別。
木下藤吉郎は、自分の娘や妹とは、絶対に結婚させたくないタイプの男である。
恋愛結婚だと説明しても、反発は避けられない。
(出世すれば、浅野家の人々が自然と頭を下げるようになるけれど、それまでが辛いな)
可近の予想では、美濃攻略が成功する頃には、浅野家どころか織田家中でも上位五番目以内に入る出世を藤吉郎は遂げるのだが。
(外見と出自で損をしているなあ、藤吉郎君)
調略とは、結果が出るまで実家からは「不審な外出をしてばかりで、遊んでいるのでは?」と疑われる任務だ。
藤吉郎が調略に専念すれば、間違いなく夫婦仲を疑われて、浅野家から白い目で見られる。
浅野家での立場がこれ以上悪化すると、図太い藤吉郎でも、仕事に支障が出るだろう。
(実家が武家でない分、藤吉郎君は手駒も援護も乏しい。自分の方でもっとフォローしないと)
可近が悩んでいると、小一郎が気を利かせる。
「あのう、実家は徒歩一時間の場所にありますので、私は通勤という形にします」
「小一郎、それだと緊急でわしが出張する時に…」
藤吉郎が制止しようとするが、結婚式までは緊急の仕事はないと思い至る。
「まあ、しばらくは、それでも…」
「それで行こう」
可近が、悪いアイデアを思い付く。
「藤吉郎君。この際、君の不人気な面を、悪用しよう」
「…不人気な、面、を?」
必死にポジティブな生き方をして周囲の人気を得る事で世渡りしてきた藤吉郎にとって、マイナス面を活かそうとか持ち掛けられると、腰が引けた。
「一芝居打つ。小一郎くんは、暫く実家で自習」
「はい?」
「結婚式にも、出ないでいい。いや出るな」
「はいいいい????」
「武家への転職は、結婚式が終わってから」
実家から徒歩一時間の距離で兄が挙式するのに、まさかの期間限定で出禁。
脇で聞いていた利家と長八郎も面食らうが、可近がいい笑顔でプロデュースを始めたので、口出しは諦めた。
こういう時の金森可近は、信長でも止めようとしない。
「なるほどね~。押してダメなら、引いてみる、だがや」
藤吉郎は、師匠が何をするつもりか、察しをつける。
藤吉郎がショックを受けつつも納得しているので、小一郎も諦める。
「次に来るのは、正月明けでいいか、兄者?」
「おう、しっかりと、わしの分まで勉強しておいてね、小竹(小一郎の幼名)」
「兄者の結婚式に出たかったけれど、渋々帰るよ、渋々」
「泣いてまうで、それは言わんで」
「何遍でも言うちゃるわ」
木下小一郎は、兄の助けになるならと、異業種に転職してきた青年である。
兄の為になるならば、出禁も出戻りも辞さない。
他の武士と違い、個人の功名には見向きもせずに、援護のない世界で戦う兄に尽くしている。
去って行く後ろ姿を見送り、前田利家が盛大に感動している。
「なんて良い弟なんだ」
主君の面前で茶坊主を惨殺するような『粗暴な弟』とは、えらい違いである。
「ちょっと実家に帰って、兄上に大マジで詫びを入れに行くわ」
兄弟愛を喚起された前田利家と村井長瀬が去ると、可近は藤吉郎に許可を求める。
「ねね殿の協力がいる。許可が欲しい」
藤吉郎が、不思議そうな顔をする。
「ねねは、わしを選ぶような、娘だで? 遠慮なく巻き込んでちょ」
「よし分かった。藤吉郎と、同等に扱う」
可近が宣言すると、藤吉郎の住まいから、体格の良い青年が茶道具を持ってお邪魔する。
「お邪魔致します。藤吉郎の弟、小一郎と申します。以後、お見知り置きを」
「弟?!」
まつ・利家・長八郎が、藤吉郎と違って身長が高めで、藤吉郎と違って十人並みの器量で、藤吉郎と違って堅気の人にしか見えない青年を見詰めちゃう。
ギャップがあり過ぎて、ガン見するのも、致し方ない。
恥じらう小一郎に代わり、兄がベラベラと身の上を吹き込む。
「結婚の報告をしに中村の実家に帰省したら、家来にしたくなる優良物件が育っておったでのう。農作業で体は出来とるし、作物の売買で商いを経験し、竹阿弥(継父)に文字と茶の湯を習っておったのでもう、わしの副官になる為に天が遣わした弟だぎゃあ! わしが持っていない長所を、全て持っとる!」
前田家の三人が、一様に頷く。
「十日前まで、百姓でした。まだ武家の習わしを学んでいる最中ですので、至らぬ所は、ご容赦ください」
藤吉郎と違って、骨の髄から織り目正しい誠実な人柄が、良い味わいで滲み出ている。
既に普通の武家育ちよりも、遥かに良い風格を持っている。
「おい、藤吉郎。お主の実家、相当に、まともなのではないか?」
利家の指摘に対し、藤吉郎は東の空と西の空に視線を走らせながら、言い訳をする。
「わしという天才を育むには、中村の田舎では、足りなかったのディスティニー」
知能指数の高さに気付いた継父が、学問をさせる為に寺に入れたのに、喧嘩して放浪した過去は披露しない。
その期間の事は『喧嘩して飛び出した』以上の事は言うなと、可近に注意されている。
利家が地雷を掘り出さないうちに、可近が茶を連続で淹れていく。
「さあ、飲んで、飲んで。一服、一服」
茶と茶菓子と歓談で和ませてから、可近は肝心な事に気付く。
「ねね殿は?」
引越し祝いに、顔を出してもいいはずである。
「母上が結婚に反対しているので、説き伏せるまで、愛しの藤吉郎様には会わないって」
藤吉郎が、切なそうに、瞳を潤ませる。
「そりゃあ、可能な限り反対して引き延ばすよなあ、母親なら」
利家が弄ろうとするので、藤吉郎が口舌でやり返そうとした瞬間、家財道具を風呂敷に入れて家出して来た美少女が玄関に現れた。
ねねだ。
あと百日で結婚する、浅野家の、ねね。
「引越し&旦那様の加増三倍おめでとう、まつ! ねえ聞いて聞いて、藤吉郎と結婚する件で母を説得していたら、母の口から身分の低い低所得労働者への偏見と悪口が溢れ出して放送禁止用語垂れ流しの状態で見るのも聞くのも耐え難かったので、顎に肘打ちをかまして破壊しちゃったから回復する前に荷物をまとめて家出して来ちゃった。藤吉郎、もう面倒だから結婚式を挙げて初夜しちゃおう」
「よし」
鼻の穴を広げて助平顔で「よし」と言っちゃった次の瞬間、藤吉郎は正気に戻って返事をする。
「ダメダメダメ、八月三日に設定して、仕事のスケジュールを組んじゃったから。家出しても、ココどうせ浅野家の長屋だし、母君と至近距離だで、和解を前提に行動してちょ」
一応は藤吉郎が浅野家に婿入りする形なので、ねねに家出して貰っては、困るのである。
ねねの目が、据わる。
藤吉郎(婚約者)が、ねねよりも婿入り先との関係を優先したので、機嫌を損ねた。
「初夜ダメ?」
「初夜だけオーケー」
うっかりと助平マインドを優先させた藤吉郎の股間を、ねねが蹴り上げる。
「そんな半端な真似が、できるかああああ!!」
死にかける藤吉郎を外に蹴り転がし、ねねはまつに許可を求める。
「まつ、泊めて」
ねねが家出先を、藤吉郎の部屋から、まつの部屋に変更する。
「はい、どうぞ。旦那様と長八郎は、藤吉郎様の部屋で、雑魚寝をしてください」
「一部屋に、男四人で?」
利家が、成り行きの酷さに、再考を請う。
小一郎は「組頭級の部屋を与えられたので、四人でも平気です」とは、言わずにおいた。
空気を読める、弟だ。
前田利家と木下兄弟では、部屋の大きさへの許容度が違うとも理解している。
「死にはしません」
まつが笑顔で言い渡し、男どもを外に出した。
可近も。
可近は、まつの目が笑っていないので、自分には念入りに怒っているのを察知した。
(無理もないかー。旦那が死地に行くのを止めなかった上に、背中を押した挙句、功名を藤吉郎に借りパクさせるやり口に、イラっと来たかー)
なんか怖いので、まつはこれ以上怒らせないように心する、可近だった。
呆然とする赤母衣衆筆頭は、死にかけている藤吉郎にではなく、可近に助けを求める。
「なんとかしてー。俺だけ、浪人時代と待遇が変わらないよこれー」
「う~~~~~ん」
可近は、この件の元凶(可近以外の)について、思案する。
浅野家に限らず、人々の木下藤吉郎への評価が、真っ二つに割れている。
良く言えば、陽気で話し好きの器用な出来人。
悪く言うと、下品で女癖が悪い猿面の奇怪人。
面白人材が溢れる織田の家中なので、普段なら藤吉郎の人品については気にしないであろうが、ねねという美少女との結婚話が絡むと事は別。
木下藤吉郎は、自分の娘や妹とは、絶対に結婚させたくないタイプの男である。
恋愛結婚だと説明しても、反発は避けられない。
(出世すれば、浅野家の人々が自然と頭を下げるようになるけれど、それまでが辛いな)
可近の予想では、美濃攻略が成功する頃には、浅野家どころか織田家中でも上位五番目以内に入る出世を藤吉郎は遂げるのだが。
(外見と出自で損をしているなあ、藤吉郎君)
調略とは、結果が出るまで実家からは「不審な外出をしてばかりで、遊んでいるのでは?」と疑われる任務だ。
藤吉郎が調略に専念すれば、間違いなく夫婦仲を疑われて、浅野家から白い目で見られる。
浅野家での立場がこれ以上悪化すると、図太い藤吉郎でも、仕事に支障が出るだろう。
(実家が武家でない分、藤吉郎君は手駒も援護も乏しい。自分の方でもっとフォローしないと)
可近が悩んでいると、小一郎が気を利かせる。
「あのう、実家は徒歩一時間の場所にありますので、私は通勤という形にします」
「小一郎、それだと緊急でわしが出張する時に…」
藤吉郎が制止しようとするが、結婚式までは緊急の仕事はないと思い至る。
「まあ、しばらくは、それでも…」
「それで行こう」
可近が、悪いアイデアを思い付く。
「藤吉郎君。この際、君の不人気な面を、悪用しよう」
「…不人気な、面、を?」
必死にポジティブな生き方をして周囲の人気を得る事で世渡りしてきた藤吉郎にとって、マイナス面を活かそうとか持ち掛けられると、腰が引けた。
「一芝居打つ。小一郎くんは、暫く実家で自習」
「はい?」
「結婚式にも、出ないでいい。いや出るな」
「はいいいい????」
「武家への転職は、結婚式が終わってから」
実家から徒歩一時間の距離で兄が挙式するのに、まさかの期間限定で出禁。
脇で聞いていた利家と長八郎も面食らうが、可近がいい笑顔でプロデュースを始めたので、口出しは諦めた。
こういう時の金森可近は、信長でも止めようとしない。
「なるほどね~。押してダメなら、引いてみる、だがや」
藤吉郎は、師匠が何をするつもりか、察しをつける。
藤吉郎がショックを受けつつも納得しているので、小一郎も諦める。
「次に来るのは、正月明けでいいか、兄者?」
「おう、しっかりと、わしの分まで勉強しておいてね、小竹(小一郎の幼名)」
「兄者の結婚式に出たかったけれど、渋々帰るよ、渋々」
「泣いてまうで、それは言わんで」
「何遍でも言うちゃるわ」
木下小一郎は、兄の助けになるならと、異業種に転職してきた青年である。
兄の為になるならば、出禁も出戻りも辞さない。
他の武士と違い、個人の功名には見向きもせずに、援護のない世界で戦う兄に尽くしている。
去って行く後ろ姿を見送り、前田利家が盛大に感動している。
「なんて良い弟なんだ」
主君の面前で茶坊主を惨殺するような『粗暴な弟』とは、えらい違いである。
「ちょっと実家に帰って、兄上に大マジで詫びを入れに行くわ」
兄弟愛を喚起された前田利家と村井長瀬が去ると、可近は藤吉郎に許可を求める。
「ねね殿の協力がいる。許可が欲しい」
藤吉郎が、不思議そうな顔をする。
「ねねは、わしを選ぶような、娘だで? 遠慮なく巻き込んでちょ」
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