楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

三十九話 ねね、ストライク!(2)

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 清洲城の織田信長&閣僚各位は、久しぶりに内政に専念する日々を満喫していた。
 美濃へと千五百の兵力で攻め込んで、数倍の敵を二度もフルボッコにしたパフォーマンスは、大きな影響をもたらした。
 美濃は勿論だが、今川も織田との戦いを避ける事を決めた。
 今川内部では、義元の仇討ちの為に「五千の兵で信長を絶対に殺すマン出撃」をする案が持ち上がっていたが、織田軍の連勝を見て却下された。
 これで今川の行く末を見極めた松平元康が、遂に今川を見限る。
 織田方に付いていた水野との小競り合いを止め、同じ三河領内で今川方だった吉良に戦いを仕掛け、三河での地盤固めに専念する。
 水面下では織田・松平の休戦・和平だけではなく、同盟の話すら進められている。
 という訳で、今年は外から誰も攻め込んで来ない。
 日頃は戦争ジャンキー扱いされている信長も、閣僚に混じって書類仕事に励む。
 訴訟、土地問題、水利用問題、土木工事の嘆願、財務処理、厚生の陳情、その他の諸問題を専門の家来に任せたりチェックする日々の中で、信長が最も楽しみを見出しているのは…

 その日の書類仕事のノルマを終え、昼飯と午睡の後。
 信長は、家臣たちの家族から寄せられた書状を、読み耽る。

「うちの旦那が、仕事場で浮気しているようなので、今度サプライズ検証に行きたいです。協力してください」
「夫が給金を骨董品蒐集にばかり費やしています。殿様から説教をお願いします。生死は問いません」
「妹が、勝手に絵筆や塗料を使ってしまいます。頼んでもやめてくれません。タイガー・ジェット・シンのスタイルで、叱ってやってください」
「夫の稼ぎが少ないので、次は戦死しそうな戦場に送ってください。厳しい戦場ほど、褒美が良いと、お婆ちゃんが言っていました」
「三河に転属したいのに、夫がヘタレで殿に直訴出来ません。夫の意思は無視して構いませんので、殿様から命令してください」

 こういう家庭内での苦情を書状に書いてわざわざ送る家臣の家族たちに対し、信長は、大喜びでマメに返事を書いてあげるのである。

「キツく叱っておいたよ。泣いて土下座していたから、もう大丈夫。またやったら、今度は埋めとくわ」
「君程の奥さんがいながら、浮気をするなんて前代未聞のアホだ。ちゃんと拷問して再犯しないと誓わせたから、もう大丈夫。再犯したら、また教えてね」
「妹さんが勝手に費やした絵具の代金は、君の父や兄が血を流して命懸けで得た給金から払われたものです。妹さんには、その辺を教示しなさい。それでもダメなら、この信長がGACKTのコスプレをして説教に行きます」

 信長は主に家族の方の肩を持ち、これをネタにして家臣を(アントニオ猪木的に)叱りつけ、その様子も返書の中に書いてあげる。
 そして、それらの返書には、
「もう大丈夫だから、これからも馬鹿野郎を支えてやってくれ。そうすると、この信長も助かる」
 という文章を付けて、家臣団を団結させる方向に向けさせるのである。
 信長のストレスを解消し、家臣の秘密を入手し、家臣団の結束を高められる。
 良い事ばかりしかない書類仕事である。
 そんな書状の中に、信長の興味を唆る、泣きの書状が紛れ込んだ。
 あと百日で木下藤吉郎と結婚する、ねねの書状である。

『殿様。浅野家の、ねねです。
 藤吉郎と結婚する日が決まりました。
 母や多くの者に反対されましたが、結婚します。
 日取りも決めて、あとは結婚式で祝ってくれる家族・親戚・友達に声をかけるだけ、でした。
 でも、来てくれると快諾してくれたのは、まつと犬千代(前田利家)だけでした。
 母の反対が現在進行形でキツく、今からでも破談させようと、藤吉郎にも辛く当たっています。
 浅野家全体が、この空気に感化されています。
 結婚式の当日には、自粛して誰も祝福に来てくれない、かも。
 姉も、妹も。
 母も、父も。
 ううん、いいの。
 まつと犬千代だけは、来てくれるから。
 本当の友達とは、こういう時に分かるものですね。
 二人の友達が、祝福してくれるもの。
 それで充分ですよね。
 誰かに聞いて欲しくて、殿様に書きました。
 この件で、誰も叱らないでください。
 藤吉郎が出世すれば、母にも浅野家の人々にも、分かってもらえる事ですから。
 私が藤吉郎を選んだのは、間違いではないと。
 ごめんね、愚痴を書いて送ってしまって。
 ごめんね、殿様」

 信長が、めっちゃ号泣して雄叫びを上げながら、別室で『美濃の国人についての個人情報』を授業している金森可近&木下藤吉郎の所に駆け込む。
 嗚咽しながら、ねねの送って来た書状を指差し、「どうなってんだ、お前らー」と訴えかける。

可近(効き過ぎた~~)
藤吉郎(効き過ぎだぎゃあ)

 信長の興味を引いて、浅野家のアンチ藤吉郎派に、ちょっと睨みを効かせる程度で良かったのである。
 このままの勢いで行くと、死人が出てしまう。
 藤吉郎が、ねねの書いた書状を一読しようとする。
「読めないので、金森様、お願いします」
 金森可近は、ねねの書状を、釘宮理恵の声色(←ここ最重要)で再生する。
 藤吉郎が、号泣して嗚咽して転がり回りながら、ねねの名を叫ぶ。
 書状の内容は承知しているくせに、たいした役者である。
「どうにか、せい!」
 信長は、藤吉郎に丸投げすると、他の心休まる書状を読みに戻る。


 数日後。
 あと百日で木下藤吉郎と結婚する、ねねの書状第二弾が、信長の手元に。

「殿様。浅野家の、ねねです。
 藤吉郎の猛烈な根回しが効いて、浅野家の半分は、祝福してくれそうです。
 式に出席は、してくれませんが。
 アンチ藤吉郎派との分断状態を産まない為に、無理強いは、よしておくそうです。
 藤吉郎が自力で出世すれば解決するので、殿に愚痴るなと、怒られちゃいました。
 そうですよね、これは、夫婦で解決する問題ですね。
 藤吉郎の、女好きでホラ吹きで低身長で猿面で変態プレイ好きで借金多額な短所は、妻であるねねが補えば、済む事ですよね。
 心配しないで、見守っていてくださいね、殿様」

 信長が、めっちゃ何か言いたけれど我慢した表情で、別室で『美濃の国人についての個人情報』を授業している金森可近&木下藤吉郎の所を覗き込む。
 忙しいので無視して授業を続けていると、藤吉郎の肩を足で突いて注意を引いてから、言い渡す。
長吉ながよしを、おみゃあの与力にする。婚儀の祝いじゃ」
 そう言って、去って行く。
「ありがとうごぜいますだあああああああ」
 去って行く信長の背中に向かって土下座して礼を叫びつつ、言われた内容を脳で理解する。
 木下藤吉郎の知能指数でも、バグりそうな程に、重要なイベントが一言で決まってしまった。
 至近距離で聞いた可近ですら、腰を浮かせてコメントが出ない。

 ここで、浅野家の後継者事情を、ちょいと説明しておく。
 現在の家長・浅野長勝は、先代から弓衆として勤務している。
 給料は、三百石扶持(現代の年数で約一千~千五百万円相当)
 下士官レベルの武家なので、誰かの与力(部下)に命じられる事は当然なのだが、この時点で木下藤吉郎は「戦での功績を挙げていない、元農民」なのである。
 嫡男に恵まれなかった浅野長勝は、既に養子の長吉ながよしに跡を継がせると決めている。
 同じく養子にした「ねね」に藤吉郎を婿入りさせたのも、長吉ながよしの与力に加えたいという下心もあっただろうに。
 逆に長吉ながよしを藤吉郎の与力にしろという、命令である。
 アンチ藤吉郎派は激昂するだろうし、藤吉郎に好意を持つ人々も、ちょっと肯定し難い命令なのだ。
 図々しくて図太い藤吉郎でも、躊躇する。

 藤吉郎は、自律神経を整え直すと、通常運転で前進する。
「いつか、こんな日が来ると思っていました。出世の速度が早過ぎて、困る日が」
「うん、そうだね。一年早く出世したと思おう。五年後には、もっと出世しているし」
「そうですよねええええ、繰り上がっただけですよねええええ。弥兵衛やへえ(浅野長吉の通称)に、殺されないでせうか?」
 足軽長屋を一つ任されている程度の下士官級とはいえ、武家のパワーバランスに関わる問題である。
 浅野長吉が、そういう手段に及ぶ可能性を、無視できない。
「手を打とう」
 弟子にこんなハプニングで死なれたくはないので、可近はこの問題への速やかな対処を決めた。
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