楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

四十話 ねね、ストライク!(3)

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 金森可近ありちかの差配で、罠、いや接待の場は整えられた。
 浅野長吉ながよし(十四歳、イケメン、健康優良少年)は、前田利家の長屋部屋に招待されて、のこのことやって来た。
 果物パーティーをやるからと招待されて、のこのこと。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ」
 まつが出迎えて、少年をドキドキさせる。
 迎えられて一歩中に入ると、居間の中央に、浅野長吉ながよしの好物である果実各種が、ズラリと。
 膳に乗せられて、獲物、いや接待されている少年を待っていた。
 その粋な配膳に目を見張りつつ、品質の良い果実に見惚れつつ、長吉ながよしは室内の違和感に歩みを止める。
 背後の戸を、まつが笑顔で閉める。
「さあ、どうぞ。お上がりください」
 背後の出入り口を、まつが笑顔で塞ぐ。
 退路を塞いだまま、膳へと促す。
 長吉ながよしは、違和感の正体を、考える。
 視界に、栗をもぐもぐと食べている利家(店子)がいる。
 干し柿をむしゃむしゃと食べている藤吉郎(義兄)がいる。
 ねね(姉)が、桃を種までしゃぶっている。
 金森可近が、笑顔で茶を淹れている。
 長吉ながよしは、足を完全に止めた。
(おかしい)
 フレンドリーでジューシーな雰囲気に惑わされずに、長吉ながよしは本能から響く警告を無視しなかった。
(おかしい。僕の好物に合わせて、ここまで念入りに果物パーティーをセッティングするのは、おかしい)
 殿様が来るとか、家老クラスが来るのであれば、この接待は頷ける。
(けれど、僕一人に対しては、過剰。不自然)
 周囲の人々の笑顔というノイズに紛らわされずに、長吉ながよしは正しい状況判断を下す。
(罠だ。これは、罠だ。理由も目的も知らないが、これは罠だ)
 と、判断して、大粒の葡萄を載せた膳だけを持って逃げようとする。
 誰も塞いでいない、壁を突き破り、葡萄を完食してから反撃に転じる。
 つもりだった。
 その目論見の初動で、ねねが大粒の葡萄を取り上げる。
「藤吉郎の金で買った果物を、食い逃げするな、ごらあゝああ」
「僕の好みを垂れ込んで、罠を仕掛けたのは、お前だなあゝああ」
 険悪な目付きで睨み合う姉弟の間に、まつの声が入る。
「我が家で暴れる気ですか?」
 浅野家の姉弟は、まつを敵に回したくないので、深呼吸を念入りにしてから仕切り直す。
「座りなさい、弟。話が、あるの」
「葡萄を寄越せ、姉。話は、それからだ」
 ねねはが葡萄を手渡し、長吉ながよしが正座する。
 長吉ながよしが葡萄を三粒味わい、味覚を満足させた頃合いで、可近が茶を出す。
 その他の面々は、果実を立ち喰いしながら、長吉を囲んでいる。
 長吉が茶を飲んで、美味そうな表情を浮かべてから、(はじめからこうすれば良かったかもと思いながら)可近が話を始める。
弥兵衛やへえ(浅野長吉の通称)。君は将来、藤吉郎が君の与力になると、考えているのかな?」
「いいや。父上はそのつもりだろうけど、藤吉郎は、足軽組頭の与力には不似合いだと思う」
 浅野長吉は、茶で喉を潤しながら、その後の一族郎党の明るい未来に関わる第一歩を発言する。
「藤吉郎…兄上は、与力じゃなくて、使う側の人だと思う。多くの人々を上手く働かせる才能だけなら、織田家でダントツの人材だと思う。
 だから、兄上は僕の与力にならないでくれ。
 僕の方が、与力になる」

 長吉を囲んでいた面々が、可近を非難するような目で、射る。

まつ(我が家で、多勢で包囲して言い包める必要が、全くなかったではありませんか)
利家(いざとなったら俺に殴らせようとか、雑なんだよ、あんたは)
藤吉郎(あああああああ恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいいい、こんな良い義弟を疑って、恥ずかしいいいいいいいいいいいいいい)
ねね(果物代、あんたに請求するからね)

 大不評の視線を受けて、可近は自分で茶を淹れて飲む。
「藤吉郎くんって、弟に恵まれているよね、想定外なまでに」
 可近を射る視線が、「素直に謝れや」に統一される。
 可近は、長吉の前に、土下座する。
「すみません。君が藤吉郎の与力になるよう、手練手管を尽くして、洗脳する気でした。ごめんなさい」
「そんな無駄な事の為に、こんなに果物を?!」
 長吉がドン引きしつつ、干し柿や梨にも指を伸ばす。
 謝罪が済み、用意した果実類を無駄にすまいと、各人が茶を飲みながら宴に入る。
 盛大な空回りだったが、果物の美味しさが、徒労感を上回る。
 浅野長吉も警戒を解き、尋常に果物を賞味する。
 金森可近は、相手が警戒心を説いた瞬間に仕掛けて来る曲者だとは、知らずに。
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