楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

四十一話 ねね、ストライク!(4)

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 場が和みつつあるので、可近ありちかは浅野長吉ながよしに対し、別の用件も、進めておく。
弥兵衛やへえ(浅野長吉の通称)。実は、もう一つ、君にして欲しい用件が、ある」
 藤吉郎に上げ膳下げ膳をされていた長吉が、可近からの第二弾に、少し怯みながらも居住まいを正す。
「はい、聞くだけ聞きます」
「藤吉郎が美濃で調略に励む時に、強力な身辺警護が必要だ。美濃の地理に通じ、土地の代表者とも折衝が可能な顔の広さ。どんな戦闘状況にも対応出来て、指揮官としても優秀。
 何よりも裏切らない武将が欲しい。そんな人物を、紹介してくれまいか」
 あまりに図々しくてあり得ない注文に、一同が呆気に取られる。
 そんな便利な人材が、有り余っているとは、作者も知らなかった。
 だが、長吉は知っている。
 浅野長吉は、爆笑して可近の注文を、引き受ける。
「うんうん、その条件を満たす人物に話を付けろという意味でなら、このアホな催しも納得出来ます。僕が話すのが適任ですね。
 というか、僕以外の織田家関係者が話に行くと、警戒して引いてしまうでしょう。蜂須賀小六はちすか・ころくは」

 蜂須賀小六は、誰にも忠誠を誓っていないフリーの土豪どごう(武家にジョブチェンジした有力農家)で、戦では風向き次第で誰にでも付く。
 この数年。
 蜂須賀小六は、尾張の内紛において、信長とは敵対する側にばかり付いてしまった。
 つまり、結果的に負ける方を選んでしまっている。
 それでも彼を慕って手下達は付いて来るので、信長からも注目されている。
 小六本人は、これを高評価だとは考えていない。
 負ける方にばかり付いてしまった事を悔い、戦争事業への参加は、見合わせている。
 信長は、この頼もしい人材を味方に引き入れようと何度か使者を出しているが、フリーの立場を変えようとしない。
 最近では、使者が来れば会わないように、前もって居場所を変えてしまう。
 情報通の織田軍よりも早く動いてスルーするという器用さに、ますます信長から興味を持たれてしまい、可近にも何度か「機会があれば、口説け」と命じている。

 そういう経緯で、可近は蜂須賀小六はちすか・ころくの親戚で親交のある、浅野長吉に話を振っている。

 蜂須賀小六はちすか・ころくの名前が出た途端、藤吉郎が膳を落としかけて、ねねがキャッチする。
「面識が、あるの? 二連続で『その作戦、実は無駄でした』とか、イヤなのだが」
 可近が問うと、藤吉郎は、隠したいけれど隠さずに白状する。
「わしを、織田家に、推薦してくれた人」
 藤吉郎の目から、感慨の涙がポロポロと。

 藤吉郎の脳内で、蜂須賀小六との思い出が、ダイジェストで再現されていた。
 今川家の家臣の家臣に仕えて少し出世するも、周囲から妬まれて退転する羽目になって放浪していた藤吉郎に、飯を奢ってくれたナイスガイ小六。
 亡き父が、蜂須賀小六の父の配下であったと知り、思い出を語ってくれたマイベストフレンド小六。
 まだ武家での働きに未練がある藤吉郎の為に、幼馴染である吉乃(信長の愛人)の屋敷に勤務出来るよう、顔を繋いでくれたセクシー小六。
 吉乃に気に入られた頃合いで、吉乃から信長へ推薦してもらえるように計らってくれたダンディ小六。

 その諸々に対し、蜂須賀小六は見返りを求めなかった。
 本物の友達と定義して、間違いのない存在だ。
 その記憶を振り返ると、泣いて感謝するしかない、藤吉郎だった。
 ねねが藤吉郎を慰めている間に、可近は話を進める。
蜂須賀小六はちすか・ころくの性格は、親戚の君から見て、どうだろうか?」
「優しい人、です。何でも話し合いで解決しようとします」
「話し合いで、解決出来ない場合は?」
「そりゃあ、腕力ですよ」
「その割合は?」
 長吉は、首を捻る。
 十四年間で、正月や盆に会う親戚との会話を、総点検する。
 見た目が『野武士集団のビッグボス』で通用しそうな髭面の筋肉中年だが、不思議と血生臭い話は存在しない。
「…ない、ですね」
「…どうかしていないか、その交渉能力は」
「逆だぎゃあ」
 泣き止んだ藤吉郎が、その点に口を出す。
「交渉でなく、戦で問題を解決する方が、おかしい。それをおかしいと思わない方が、おかしい。これ、武家社会以外では、常識」
「そうだね」
 可近は、藤吉郎に同意する。
 武家社会の一番酷い代表例に二代続けて仕えているので、同意する。
 利家が、不服そうに、まつに尋ねる。
「まつ。俺は、おかしいのか?」
「はい、おかしいですよ」
 まつは、即答してあげた。
 利家も、なんとなく納得する。
 最近までの、武家の欲得から離れた浪人暮らしが、視野を広げていたのかもしれない。

 ねねが、ふと疑問を口にする。
「小六さんも、金森様の酷い手段で、口説くの?」
「仰る通りです」
 酷い手段という部分に、可近は反論しない。
「弟が呼び出しに失敗したら、ねねが結婚式に呼びます」
「ありがたし」
 ねねがあっさりと、親戚にして婚約者の大恩人を、可近に委ねる。
 藤吉郎が、慌てて制止する。
「わしの恩人だで、そっとしてあげて! 自由闊達に、土豪ライフを過ごさせてあげてえだぎゃあ」
「でも蜂須賀小六が藤吉郎の与力になれば、美濃での調略を、計画以上に遂行出来るぞ?」
 可近は藤吉郎の口に林檎を齧らせながら、蜂須賀小六を与力にした場合の、バラ色の未来を吹き込む。
「美濃の合併吸収に成功した頃には、君は二千貫(約二億円)以上の俸禄を貰う身分に出世する。蜂須賀小六も、君の与力としての働きを評価されて、相当な褒美を貰うだろう。
 これこそ、恩人への恩返しだと、考えようよ」
 木下藤吉郎は、林檎を齧りつつも、辛うじて抵抗する。
「小六は欲に釣られる人じゃないから、そういう成り上がりルートに巻き込んでしまうと、苦労を過分にかけてしまうだぎゃあ」
「巻き込まれてイヤなら、蜂須賀小六は自分でそう言うと思うなあ」
「う~~~~ん、そうだけど~~~~~」
「小六さんを結婚式に呼んで、話だけでも聞いてもらおうよ?」
「う、う~~~~~~~んんん」
「話を、するだけだよ。後の判断は、蜂須賀殿に委ねる」
「いや、金森様の話は、ほら、アレだで」
「みんなで、幸せに、なろうよ」
「ほら、そういう所がね…」
「最短三年で俸禄二千貫(約二億円)、城持ち、モテモテ、側室ハーレム」
「側室ハーレム?」
「そう、側室…」
 ねねが可近の首に腕を回して、スリーパーホールドで息の根ごと発言を封じようとするが、遅かった。
「幸せになるだぎゃああああああ(うきっ)」
 木下藤吉郎が、欲望に負けて、恩人・蜂須賀小六を自分の相棒にする考えを受け入れる。
 ねねは、スリーパーホールドの矛先を藤吉郎に変えようとしたが、藤吉郎は素早く屋外へ逃走した。
「ふっふっふ、もう遅いですよ、ねねさん」
 辛うじて茶筅で気道を確保して生き延びた可近が、勝利宣言をする。
「藤吉郎は、出世して側室ハーレムを作るまで、もう止まりまっ」
 ねねが正拳突きで、可近の顔面を強打する。
「だぁまぁれっ、この誑かし妖怪!!」
 もう一撃。
 まつがねねを制止し、利家が可近の生死確認をする。
「直撃は避けろよ、茶坊主」
「美少女からの攻撃は、避けてはいけない。これ聖闘士の常識」
 可近は鼻血を懐紙で拭うと、いい笑顔で帰宅する。
 どう見ても反省はしていないので、ねねが背中に向ける視線は、厳しい。

「これを、僕にするつもりだったのか…」
 可近のやり口と、藤吉郎の出世欲を見て、長吉がドン引きする。
「小六が距離を置く訳だ」
 と言いつつも、差し出された葡萄は、完食した。

 浅野長吉ながよし、十四歳。
 周囲が歴史的な反面教師ばかりなので、非常にバランス感覚に優れた、タフな戦国大名に成長する。
 『忠臣蔵』で有名な、浅野内匠頭たくみのかみの御先祖様です。

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