楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

四十二話 ねね、ストライク!(5)

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 木下藤吉郎と浅野ねねの結婚式は、シンプルに行われた。
 場所は長屋(自宅)。
 参列者は、まつと前田利家だけ。
 史実によれば、部屋に藁と薄縁うすべり(薄い簡易畳)を敷いただけの、粗末な簡易式場だったと、わざわざ記録している。
 出世した人物の、過去の貧乏自慢である。
「お隣の夫婦だけは、マジ友なので、出席してくれました」
 という美談になる部分だけを、この回では描いていこう…そんな訳にはいかない。
 式が済むと同時に、浅野家は正式に木下藤吉郎の与力になるのである。
 式に出席しなくても、祝いには押し寄せる。
 もう上司なので。
 少々の米や塩、花束や粗品を贈る部下たちに対し、木下藤吉郎は念入りに酒宴で「おもてなし」をする。
 酒と肴を、前田夫妻&家来の村井長瀬に用意してもらい、浅野家だけでなく周囲の人々全てを酒宴に巻き込む。
「宴じゃ宴じゃ、無制限で、この別嬪の嫁さんを寿いでやってくだされ。わしは、ついででええから」
 金森可近ありちかも酒と肴持参で祝いに行くと、赤母衣衆の新入りが先に来て飲んでいたので声をかける。
雅楽助うたのすけさん、親戚枠?」
「知っているくせに、ボケなさる」
 『森部の戦い』で名のある武将を討ち取ったので赤母衣衆に抜擢された若者は、この宴で五度目の弄りに苦笑で返す。
 木下雅楽助うたのすけ
 木下藤吉郎とは、赤の他人である。
 兄二人は黒母衣衆の中川重政・津田盛月。
 織田信長の親戚筋なのだが、兄たちや親戚衆との違いを出すために、木下姓を名乗っている変わり種だ。
 偶然にも同姓なので友人付き合いをしているが、藤吉郎の方は、
「亡き父が、足軽働きをしていた頃、木下姓を名乗ったとか名乗らなかったとか」
 という怪しい名乗り方である。
 その怪しさにはツッコミを入れずに、野心のある若者同士で、連帯している。
「で、蜂須賀はちすか小六がここに来るって噂、本当?」
「噂になるようなら、用心して来ないかも。いや、来るか、自分が退席した後に」
「口説き落とす手柄を、花婿に贈る気ですか?」
「だって、会えないもの、自分は。避けられているよ、どう考えても。藤吉郎に任せる」
「そんなに凄いですか、藤吉郎の調略は?」
雅楽助うたのすけも調略されているじゃないか」
「あ、本当だ」
 同僚を笑わせてから、可近は花婿に挨拶しようとして二歩動く間もなく、酒の匂いが染み込んだ藤吉郎に抱き付かれる。
「金森の師匠~~~~~~~~~~~~~~~~!!!! 祝いに来てくれて、嬉しいだがやああああああああ」
(このアホ~~~~!? 絶好の機会に、酔い過ぎ??)
 水をぶっかけて酔いを醒させようかとも思ったが、蜂須賀小六を誘き寄せるための擬態の可能性もある、
 可近は藤吉郎を軽々と背負うと、花嫁の側に挨拶に行く。
「ねね殿、結婚、おめでとうございます」
「ご丁寧に、どうも(ぶふうっ)」
 礼儀正しく挨拶しつつ、可近に背負われた藤吉郎がピースしているので、吹く。
「どうでえ、このラブリーさ。反則技だぎゃあ」
「うむ、これは受けが取れる」
 調子に乗った師弟は、ねねの隣で酒を飲んでいる髭面中年にも、挨拶をする。
「見て見て、小六! これがわしの師匠の、金森様だぎゃあ(ピース)」
 既に酔っている蜂須賀小六が、大笑いしながらピースし返す。
(いつの間にか、もう来てたあああああああああ)
 驚愕する可近に、蜂須賀小六は自分の杯に酒を注いで手渡す。
「どうも。おはようからおやすみまで、雇用主だけを見守る特A級土豪・蜂須賀小六です」
「どうも。藤吉郎くんに、美濃の獲り方を教えている、金森可近、通称・五郎八ごろはちです」
 酒盃を飲み干しながら、可近は小六が話すに任せる。
「五郎八。いろは。縁起の良い通称ですな」
「花札ではね」
「やるかい? 何か賭けようか?」
「賭けません」
「そこ迄はっきりと断らんでも」
「賭け事をすると、自分の運を費う気がして」
「ならば、賭け抜きで」
「しません、勝てる気がしない」
「自分も勝てる気はしないが、金森殿が勝負する顔は見たい。何せ戦場では、嫌そうな顔しか見た事がなかったし」
 敵陣から金森を見ていたという事は、信長の本陣を見ていたという事だ。 
 そこまで接近して偵察しながら、織田に悟らせないとは、相当な手際である。
「目立ったねえ、金森殿。戦をしている人間全てを、馬鹿にしているのが、顔に出ていたよ」
 可近は、顔の筋肉を手で持ち上げて笑顔にして見せる。
「そう、その顔」
「ただの作り笑いですよ」
「藤吉郎も戦場で、同じ顔をしていたから、分かる」
 蜂須賀小六は、酔ったふりをしている藤吉郎の頭に、小豆をぶつける。
「殺し合いで物事を決める行為が、不合理で馬鹿馬鹿しいとさ。某も同意見だが、誰かを馬鹿にはしないよ」
 蜂須賀小六が、小豆を藤吉郎に投げ続ける。
「話し合いだけで、美濃を盗るって? 面白そうだな」
 可近は、背中から藤吉郎を下ろして、蜂須賀小六の前に出す。
「一緒に、やらねえか?」
「美濃での護衛だけなら、手配してやる」
「わしは、小六に護衛されてえ」
「傍目には、織田の家来の家来に見えるだろうな。そうなると、今までの客足は半減する。自然と、織田の傘下に入るしかなくなる」
 蜂須賀小六は、藤吉郎の話の先を、察している。
「昔の誼で助けはするが、某の自由は確保したい。悪いが、距離を置くぞ」
「小六…お願いだぎゃあ。一緒に手柄を立てて、ハー…覇業の礎とするだぎゃあ」
 藤吉郎が涙目をうるうるさせながら同情を誘おうとするが、小六はスルーして酒盃を飲み干し、帰り支度を始める。
 可近は、護衛の手配だけで妥協しようとするが、新婦は諦めなかった。
「小六おじさん。お願いがあります」
「ダメだ。妥協しろ」
 小緑の駄目押しに、ねねは変化球を投げる。
「小六おじさん。藤吉郎の浮気を、監視して欲しいの」
 ねねが、プリキュアに変身しそうな顔で、小六にお願いする。
 小六がねねを見て、藤吉郎を見て、ねねを見る。
「無理だろ。こいつ、筋金入りの、助平だし」
 おそらくは日本史上、最も助平な人物である。
「だ・か・ら、小六おじさんに、お願いするの。小六おじさんなら、藤吉郎が仕事の途中で遊郭に寄っても深いプレイをする前に止められるし、早めに仕事を終わらせて浮いた時間で女遊びをしようとしても止められるし、遠征先で愛人を作る事も把握出来るし。兎に角、ねねと夫婦になる以上、ねね以外と子作りするのを阻止して、お願い小六おじさん」
 小六は、ねねと藤吉郎を見て、可近を見て、ねねと藤吉郎を見る。
 藤吉郎がねねを見て、逃走経路を見て、ねねを見る。
「よし、分かった。監視しよう」
 蜂須賀小六が、ファニティングポーズを取る。
 蜂須賀小六は、織田にも木下藤吉郎にも雇われずに「藤吉郎の浮気の監視をする」という仕事の依頼に、燃えちゃった。
 逃げようとする藤吉郎の首を捕まえ、猫のように持ち上げて、ねねの隣に置く。
「蜂須賀小隊の全勢力で、木下藤吉郎の全ての行いを監視し、浮気を防止する!!」
 蜂須賀小六の宣言に、宴に参加した一同が拍手喝采。
 木下藤吉郎の女癖の悪さを知る者は、腹が痛くなる程に笑い転げている。
「蜂須賀小隊が引っ越せる長屋を手配しますので、五日ください」
 可近が、この機を逃さずに、受け入れ態勢を整える。
 藤吉郎が助けを求めて可近を見るが、可近は藤吉郎の首を捻じ曲げて、ねねに固定する。
「君は、今夜、初夜」
「何か釈然としないだぎゃああああ」
「いや、これが普通だよ? ノーマルだよ? 世界標準だよ?」
「ハーレム展開を唆しておきながら、リミッターを嵌める、この所業。悔しいだぎゃああああああああああ」
「え? どうしたの藤吉郎君? 美少女嫁との初夜だから、嬉し涙? 無理もないね」
「うきいいいいいい」
 アホな事で悔しがる藤吉郎は、ねねをお姫様抱っこすると、
「宴は、師匠と小六で締めといてね! わしはこれから初夜で徹夜するから!!」
「小六おじさん、ありがとう」
 自宅へと夫婦で戻る。
 任された師匠は、小六の杯に酒を注ぐ。
「良い機会でしたね」
「ああ、良い機会だ」
 蜂須賀小六には、それで意味が通じた。
 蜂須賀小六も、顔の効く地方が統一されれば、護衛の仕事すら需要がなくなる。
 かといって、ワーカーホリックの信長の直属になるのは、気が滅入る。
 友人である木下藤吉郎の組下に入るのが、生き残りの最適解になる。
「安売りせずに、済んだ」
 激動の尾張で、ようやく立ち位置を定めた敏腕土豪は、今度こそ警戒を解いて酒宴に専念する。
 可近は矢継ぎ早に酒の肴を集めて、小六の前に揃える。
 互いに解れた頃合いで、可近は共通の話題を振る。
「蜂須賀殿も、藤吉郎が出世すると思ってくれますか?」
「織田家の武将ランキング五位ぐらいまでは、行くと思う」
「蜂須賀殿が、四位?」
「我が輩、謙虚だから六位でいい」
 蜂須賀小六は、立ち位置を間違えなかった。
 直接稼いだ軍功の数は、藤吉郎を大きく凌ぐのに、生涯助っ人フレンドの立場を貫いた。 
 彼に野心があるのならば、木下藤吉郎とは逆の立場で契約を結んでも不思議はない。
 むしろこの時期の力関係では、蜂須賀小六が下に付くのは、不思議である。
「何か弱みでも、握られていますか?」
 そういう見方をする可近に対し、小六は朗らかに言い返す。
「我が輩が握っている弱みの方が、多い。だが、お互い、忘れた。友なので」
「おみそれしました」
 可近は詫びてから、宴の幹事を続けた。
 詫びとして、酔い潰れずに、最後まで幹事として振る舞った。
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