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第一章 赤と黒の螺旋の中で
四十八話 喜びを蔵に重ねて(1)
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永禄七年(1564年)
八月。
稲葉山城を巡る混乱に乗じて、織田は東美濃と西美濃に調略&侵攻を繰り返し、実効支配する領域を増やしていった。
もうどう見ても、流れは織田に向いている。
織田に付く事を本格的に決めた武家の中には、人質を出して関係を確保する者が増え始める。
そうなると織田家は、丁重に人質を迎えて、好印象で過ごさせようと苦心する。
何せ地方領主や有力武家の子女・兄弟姉妹・親を預かるのである。
こういうのはサイコパスの信長にやらせると勿論ダメなので、家老クラスがまず引き受ける。
特に跡取り息子を人質に出された場合は、預かる方も緊張する。
我が子同様に育成しないと、
「あいつ、養育で手を抜いて、うちらの次期領主様をアホにしやがった!」
「プリン体たっぷりの肥満体で返しやがって、これ殺人行為やろが?」
「武芸の修得が、半端ですね。ふ~ん。そういうつもりか。えげつないのう」
敵対行為に取られるのである。
根に持たれるので、気を遣う。
無論、送る側も子供の養育期間を、無意に過ごさせる気はない。跡取り息子である。
養育係を兼任する武士を付けて、送り出す。
余裕があれば、普通はそうする。
竹千代(松平元康)が、良い例だろう。
人質時代も勉学・武芸の鍛錬を欠かさず、若くして名君・名将の素養を開花させている。
根尾・本巣の小領主、長屋一族の重臣・長屋景重が六歳の息子を預けた場合は、逆に最悪のパターンだろう。
三男の喜三丸を織田軍に預けた直後に、長屋一族の大半が、織田軍に抵抗を示した。
長屋景重の一派は身内から攻撃され、親戚の城に逃げ延びる始末になった。
供を付ける余裕もなく、別離。
長屋一族を撃退した織田軍の陣中は、翌日、人質の処遇を巡って微妙な空気の中で軍議を開いた。
付近の商家の敷地を借り、織田軍首脳部は、今回差し出された人質たちの処遇を話し合う。
人質の処遇に慣れている重臣達が、預かって益のある人質を引き取っていき、やがて引き取る益の少ない人質を押し付け合う。
最後にはやはり、長屋喜三丸が、残された。
長屋景重が人質を見捨てる可能性や、討たれて消える可能性もある。
何せ、跡取り息子ではない。
三河の忘れ形見ならともかく、根尾・本巣の小領主の三男坊では、将来を見越して育てる手間に、及び腰になる。
現状、最も預かりたくない、面倒な立場の子である。
普通なら、柴田勝家や林秀貞、丹羽長秀といった重臣が預かるのだが、彼らも既に複数の人質を預かっている。
益薄そうな人質を、我こそはと預かる気には、なかなかなれなかった。
誰も引き取ろうとしないので、金森可近が口を出してみる。
「無駄な抵抗をする長屋一族に先んじて、人質を預けたのですから、預けた父親を見上げた行為だと褒めてあげるべきでしょう。運が強くて義理堅い子ですよ、きっと」
自分では気の利いた発想の転換を口にしたつもりだったが、別方向の発想の転換が誘発された。
「よし、五郎八(可近の通称)に預けよう」
信長が、面白がって決断した。
可近の面食らった顔を見て、信長が悦に入る。
「竹千代と違うで(片手間でいいぞ)」
面倒を押し付けられた可近は、妻のいる自宅に預ければいいだけだと気付いて、快諾する。
「では早速、自宅に送り届けます」
同僚達が、早速サボりの口実にしやがったと、囃し立てる。
金森可近が、人質を滞留させている蔵に行くと、見張り番をしている兵たちがショックを受けた顔で出迎える。
可近が赤母衣衆の赤い鎧姿で来たので、処刑に来たと勘違いしたのだろう。
金森可近だと分かると、安堵する。
「自分が引き取ります。入るよ」
六歳の子供が一人で暇をしていたのかと覗いてみると、聞かされた年齢よりは二年ぐらい発育の良い子供が、藏の中で一番高い所に登ろうとしていた。
積まれた米俵の、一番上に。
「長屋喜三丸殿」
呼びかけると、子供は一気に飛び降りて着地する。
故郷では、野山を元気に駆け回っていたようだ。どんな武芸の習得にも困らない足腰を、既に備えている。
顔つきも、品と気骨と賢さを感じたので、可近は感心する。
良家の武家を感じさせる子だ。
(本当に運が強くて、義理堅い子、だったりして)
「自分は、金森可近。ご覧の通りの、赤母衣衆だ」
子供受けがいいように、可近は全身赤系統の鎧と服で、迎えに来た。
「僕は、長屋喜三丸。人質初心者です」
言うや喜三丸は正座し、首を差し出す。
「切腹は、扇子腹でお願いします」
「違う、違う、早まらないで」
「磔ですか?! あれは怖いので、一撃必殺で、お願いします」
「違うよ! 自分が君を人質として、引き取るから。安心して」
「…だって、他の人は家老クラスに預けられて行ったし、それ以外の人が迎えに来る場合は、磔か切腹だって…」
どうやら他の人質に、最悪の場合を教わったらしい。
「父上も、逃げてしまったし…」
そして、現状を把握している。
預かる織田家から見れば、斬り捨てリーチの小僧である事を。
「一時退却しただけです。時期が来れば。君の父上は織田軍に合流します。安心して、人質ライフを満喫しよう」
「で、でも」
「自分、家老クラスではないけれど、侍大将クラスだから、不自由はさせないよ」
可近は、長屋喜三丸を安堵させる事に、成功する。
安堵した途端、喜三丸は、めっちゃ泣き出した。
殺されるとばかり思っていたのに、助かったのである。
緊張が解けて、そりゃあ泣く。
見張り番たちも、もらい泣き。
どう宥めようかと可近は気を揉むが、喜三丸は一分で泣き止む。
「驚いて泣いてしまいました。大丈夫。初めての国外旅行が、楽しみです」
「逞しい」
可近は馬に赤母衣を飾り立てると、その中に喜三丸を乗せる。
「絶対に落とさないから、喜三丸殿は、気楽に寝ていなさい」
「いいえ、起きています!」
「小牧山城には、一刻(二時間)以内に着く。妻と子供に紹介してから、自分は此処に戻る」
「忙しいのですね」
「うん、とっても忙しいよ」
付近で聞いていた同僚たちが、吹き出す。
失礼な同僚たちを気にせず、可近は馬を走らせる。
喜三丸は、六歳に過ぎない。
それでも、こんなにも丁寧に速く馬を駆る可近が、尋常ではないと理解した。
「馬とは、乗り手次第で、ここまで静かに走れるのですね」
「喜三丸殿は、まだ一人で乗った事は、ないのか?」
「誰にも見られていない所で、二度」
ヤンチャな武家の子だ。
「乗っただけです。走らせては、いません」
慌ててセーフを主張するが、可近は責任者として言っておく。
「自分が教えるから、一人ではやるな。馬に限らず、武芸も含めて、一人ではやるな」
「僕は三男坊なので、教育係を付けるような手間暇は、省いていいのでは?」
賢いが、遠慮が過ぎる子だった。
「喜三丸。君はもう、金森可近の弟子です。師匠として命令します。二度と、三男坊である事を言い訳にするな。そんなカッコ悪い真似は、認めない」
喜三丸は、可近から言い渡された言葉の意味を、噛み砕く。
小領主の三男坊ではなく、一人の弟子としての生き方を、六歳なりに自覚する。
人並み以上に聡い子は、自分が幸運な出会いをしたのだと、理解する。
「分かりました、師匠」
人質というより弟子という扱いで、長屋喜三丸は生涯、金森可近と縁が切れなくなる。
八月。
稲葉山城を巡る混乱に乗じて、織田は東美濃と西美濃に調略&侵攻を繰り返し、実効支配する領域を増やしていった。
もうどう見ても、流れは織田に向いている。
織田に付く事を本格的に決めた武家の中には、人質を出して関係を確保する者が増え始める。
そうなると織田家は、丁重に人質を迎えて、好印象で過ごさせようと苦心する。
何せ地方領主や有力武家の子女・兄弟姉妹・親を預かるのである。
こういうのはサイコパスの信長にやらせると勿論ダメなので、家老クラスがまず引き受ける。
特に跡取り息子を人質に出された場合は、預かる方も緊張する。
我が子同様に育成しないと、
「あいつ、養育で手を抜いて、うちらの次期領主様をアホにしやがった!」
「プリン体たっぷりの肥満体で返しやがって、これ殺人行為やろが?」
「武芸の修得が、半端ですね。ふ~ん。そういうつもりか。えげつないのう」
敵対行為に取られるのである。
根に持たれるので、気を遣う。
無論、送る側も子供の養育期間を、無意に過ごさせる気はない。跡取り息子である。
養育係を兼任する武士を付けて、送り出す。
余裕があれば、普通はそうする。
竹千代(松平元康)が、良い例だろう。
人質時代も勉学・武芸の鍛錬を欠かさず、若くして名君・名将の素養を開花させている。
根尾・本巣の小領主、長屋一族の重臣・長屋景重が六歳の息子を預けた場合は、逆に最悪のパターンだろう。
三男の喜三丸を織田軍に預けた直後に、長屋一族の大半が、織田軍に抵抗を示した。
長屋景重の一派は身内から攻撃され、親戚の城に逃げ延びる始末になった。
供を付ける余裕もなく、別離。
長屋一族を撃退した織田軍の陣中は、翌日、人質の処遇を巡って微妙な空気の中で軍議を開いた。
付近の商家の敷地を借り、織田軍首脳部は、今回差し出された人質たちの処遇を話し合う。
人質の処遇に慣れている重臣達が、預かって益のある人質を引き取っていき、やがて引き取る益の少ない人質を押し付け合う。
最後にはやはり、長屋喜三丸が、残された。
長屋景重が人質を見捨てる可能性や、討たれて消える可能性もある。
何せ、跡取り息子ではない。
三河の忘れ形見ならともかく、根尾・本巣の小領主の三男坊では、将来を見越して育てる手間に、及び腰になる。
現状、最も預かりたくない、面倒な立場の子である。
普通なら、柴田勝家や林秀貞、丹羽長秀といった重臣が預かるのだが、彼らも既に複数の人質を預かっている。
益薄そうな人質を、我こそはと預かる気には、なかなかなれなかった。
誰も引き取ろうとしないので、金森可近が口を出してみる。
「無駄な抵抗をする長屋一族に先んじて、人質を預けたのですから、預けた父親を見上げた行為だと褒めてあげるべきでしょう。運が強くて義理堅い子ですよ、きっと」
自分では気の利いた発想の転換を口にしたつもりだったが、別方向の発想の転換が誘発された。
「よし、五郎八(可近の通称)に預けよう」
信長が、面白がって決断した。
可近の面食らった顔を見て、信長が悦に入る。
「竹千代と違うで(片手間でいいぞ)」
面倒を押し付けられた可近は、妻のいる自宅に預ければいいだけだと気付いて、快諾する。
「では早速、自宅に送り届けます」
同僚達が、早速サボりの口実にしやがったと、囃し立てる。
金森可近が、人質を滞留させている蔵に行くと、見張り番をしている兵たちがショックを受けた顔で出迎える。
可近が赤母衣衆の赤い鎧姿で来たので、処刑に来たと勘違いしたのだろう。
金森可近だと分かると、安堵する。
「自分が引き取ります。入るよ」
六歳の子供が一人で暇をしていたのかと覗いてみると、聞かされた年齢よりは二年ぐらい発育の良い子供が、藏の中で一番高い所に登ろうとしていた。
積まれた米俵の、一番上に。
「長屋喜三丸殿」
呼びかけると、子供は一気に飛び降りて着地する。
故郷では、野山を元気に駆け回っていたようだ。どんな武芸の習得にも困らない足腰を、既に備えている。
顔つきも、品と気骨と賢さを感じたので、可近は感心する。
良家の武家を感じさせる子だ。
(本当に運が強くて、義理堅い子、だったりして)
「自分は、金森可近。ご覧の通りの、赤母衣衆だ」
子供受けがいいように、可近は全身赤系統の鎧と服で、迎えに来た。
「僕は、長屋喜三丸。人質初心者です」
言うや喜三丸は正座し、首を差し出す。
「切腹は、扇子腹でお願いします」
「違う、違う、早まらないで」
「磔ですか?! あれは怖いので、一撃必殺で、お願いします」
「違うよ! 自分が君を人質として、引き取るから。安心して」
「…だって、他の人は家老クラスに預けられて行ったし、それ以外の人が迎えに来る場合は、磔か切腹だって…」
どうやら他の人質に、最悪の場合を教わったらしい。
「父上も、逃げてしまったし…」
そして、現状を把握している。
預かる織田家から見れば、斬り捨てリーチの小僧である事を。
「一時退却しただけです。時期が来れば。君の父上は織田軍に合流します。安心して、人質ライフを満喫しよう」
「で、でも」
「自分、家老クラスではないけれど、侍大将クラスだから、不自由はさせないよ」
可近は、長屋喜三丸を安堵させる事に、成功する。
安堵した途端、喜三丸は、めっちゃ泣き出した。
殺されるとばかり思っていたのに、助かったのである。
緊張が解けて、そりゃあ泣く。
見張り番たちも、もらい泣き。
どう宥めようかと可近は気を揉むが、喜三丸は一分で泣き止む。
「驚いて泣いてしまいました。大丈夫。初めての国外旅行が、楽しみです」
「逞しい」
可近は馬に赤母衣を飾り立てると、その中に喜三丸を乗せる。
「絶対に落とさないから、喜三丸殿は、気楽に寝ていなさい」
「いいえ、起きています!」
「小牧山城には、一刻(二時間)以内に着く。妻と子供に紹介してから、自分は此処に戻る」
「忙しいのですね」
「うん、とっても忙しいよ」
付近で聞いていた同僚たちが、吹き出す。
失礼な同僚たちを気にせず、可近は馬を走らせる。
喜三丸は、六歳に過ぎない。
それでも、こんなにも丁寧に速く馬を駆る可近が、尋常ではないと理解した。
「馬とは、乗り手次第で、ここまで静かに走れるのですね」
「喜三丸殿は、まだ一人で乗った事は、ないのか?」
「誰にも見られていない所で、二度」
ヤンチャな武家の子だ。
「乗っただけです。走らせては、いません」
慌ててセーフを主張するが、可近は責任者として言っておく。
「自分が教えるから、一人ではやるな。馬に限らず、武芸も含めて、一人ではやるな」
「僕は三男坊なので、教育係を付けるような手間暇は、省いていいのでは?」
賢いが、遠慮が過ぎる子だった。
「喜三丸。君はもう、金森可近の弟子です。師匠として命令します。二度と、三男坊である事を言い訳にするな。そんなカッコ悪い真似は、認めない」
喜三丸は、可近から言い渡された言葉の意味を、噛み砕く。
小領主の三男坊ではなく、一人の弟子としての生き方を、六歳なりに自覚する。
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またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
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