楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

六十二話 岐阜ミーベイベー(3)

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 正月休みが終わらぬ内に、可近ありちかは「楽しい茶の湯教室」を内々に開いて、似た者同士の連携を図る。
 ここで織田軍の働き過ぎ上等体質に対抗する派閥作りをしておきたい、可近の危機感で発足した。
 赤母衣衆の猪子一時かずとき、黒母衣衆の津田盛月という同僚を筆頭に、茶の湯に興味がある者たちで連絡網を敷き、今後の多忙な雲行きに備える。

 永禄十一年(1568年)八月五日
 信長は馬廻二百五十騎を中心にして、上洛を開始する。
 上洛ルートの丁度中間点。
 戦国大名・六角義治よしはる&六角義賢よしたか(父)の居城・観音寺城(岐阜県近江八幡市)の手前まで進むと、使者を送って一応の確認を取る。
「真の将軍様をお助けする為の、上洛です。何卒、六角様も協力を」
 使者の和田惟政これまさが幕府での上級職を条件に出して合流を打診したが、拒絶。
「三好三人衆と手を組んだようです。六角は、軍議を終えて、三好三人衆の加勢待ちです」
 和田惟政が城内の忍者から仕入れた情報を聞かされても、信長は次の日も使者を送った。
 これも拒絶。
「六角側は観音寺城(本陣)に一千、周囲に支城を十八設けて、守りを固めています。そして和田山城に六千、箕作みつくり城に三千。
 真っ先に狙われる和田山城の防備を固め、連合軍が足止めされている隙に、他の軍勢が横や背後を突く構えです。
 割と本気で、織田軍に勝つ気です」
 金森可近ありちかの持って来た情報に苛つきつつも、信長は三回目の使者を送る。
 六角父子は、三日目の使者には、会わずに仮病を使った。
「勘が、良いな」
 使者として六角父子と会ったら、その場で誅殺する気だった猪子兵助は、金星を逃して帰路で悔しがる。
「この面子を見たら、まあ、城には入れないな」
 編笠清蔵が、帰り道を脇から見送る忍者の動きに気を配りながら、緊張感を保つ。
「某は、弓の使い手として、お会いしてみたかったのですが」
 弓衆一筋で黒母衣衆にまで採用された平井久右衛門きゅうえもんが、その点を悔しがる。
「言っておくといい。見送り連中が聞き耳を立てているから、届けてくれるぞ」
 編笠清蔵が唆すと、平井久右衛門は乗った。
 弓矢を用意すると、三連続で矢を速射し、脇の林に潜んでいた甲賀忍者の腰布だけを射抜く。
 衣服だけを射抜かれた甲賀忍者たちが、急いでその場から離脱する。
「殺さないのか?」
 猪子兵助は、腕前よりもやり方に、心底驚く。
「生かした方が、某の腕前を、触れ回れるではないか」
 逆に呆れ返す平井に対し、編笠清蔵が別の可能性を、語っておく。
「甲賀忍者は、勝てそうにない強敵に遭ったら、逃げるぞ。一目散に、他国まで」
「…矢を損した」

 三度目の使者が拒否されると、信長は一旦岐阜に引き返し、少数精鋭ではなく、新将軍足利義昭擁立連合軍を編成して、再出発する。

 永禄十一年(1568年)九月七日
 今度の軍勢は、織田軍だけで一万五千。
 同盟を結んだ徳川・浅井の援軍、上洛に加勢して美味しい思いをしたい諸侯が兵を出し、総勢五万以上の大軍勢となった。
 せっかちな信長が、何故に最初から、この大軍勢で進まなかったかというと…
「迎撃準備を整えた六角は、我々が来るまでの間、一万以上の軍勢を食わせねばなりません。
 我々が一ヶ月も『本格侵攻』をズラせば、六角の兵糧は、苦しくなります。
 兵糧が苦しいうえに、迫り来る五万の大軍。
 あと一押しで、六角の士気は崩壊します」
 可近ありちかの唱える「半ずらし攻撃」に、信長が乗ったからだった。
 今後の連戦を考えて、信長は可近ありちかの進言する妙な消耗策に、乗った。
 待った分だけ、その後は速く行動する。
 守りの厳重な和田山城に西美濃三人衆の軍勢を差し向けて動きを封じると、観音寺城には柴田勝家・森可成を向かわせて、出撃不可能にさせる。
 相手の反撃手段を封じた上で、信長の本隊は、和田山城と観音寺城の中間に位置する、箕作みつくり城へと集中攻撃を開始する。
 箕作みつくり城攻めを任されたのは、木下秀吉と、丹羽長秀。
 防備を固めた箕作みつくり城(山城)は猛攻に耐え抜いたが、夜になっても間断なく城攻めを続ける木下隊の方針に根負けし、翌朝を待たずに落城した。
 箕作みつくり城が落城すると、和田山城の兵たちは逃亡を始める。
 彼らから見たら、今逃げないと、兵站が絶たれて大軍に包囲されるだけである。これは無理もない。
 和田山城と箕作みつくり城が一日で無力化したのを知った観音寺城の六角父子は、六角家の家訓『負けそうになったら、甲賀に逃げるべし』に従い、夜逃げした。
 当主が逃げたので、観音寺城周辺の支城十八箇所は、一つを除いて織田軍に降伏する。
 そのたった一つ、降伏を拒む城の存在が、信長を面白がらせた。

 六角軍の将兵全員が、ホイホイ逃げた訳ではない。
 和田山城に詰めていた蒲生賢秀がもう・かたひでは、柴田勝家や森可成の軍勢を相手に防戦し、他が逃げても抵抗を辞めなかった。
 居城である日野城に戻ると、継戦する用意を始めたので、織田軍も呆れた。
 総勢五万の大軍を相手にして、見上げた度胸だ。
 ここまで戦意旺盛な大馬鹿野郎だと、信長の興味はめっちゃ高まる。
「あれは勿体ない。欲しい。誰かいないか?」
 言われて可近は、蒲生賢秀がもう・かたひでの妹を妻にしている者の名を出す。
神戸蔵人大夫かんべ・くらうどのたいふが、適任です」
 神戸友盛とももり、通称・蔵人大夫《くらうどのたいふ》
 半年前に織田軍に降った伊勢の武将で、信長もよく憶えている。
「あいつか」
 信長は、三男の三七(十歳)を神戸家の養嗣子ようしし(家督相続人としての養子)に捩じ込んでいるので、殊更に憶えている。
「いい機会だで」
 この機に、神戸友盛とももりが蒲生に斬られても、信長の子供が家督を継ぐだけである。
 それに気付くと信長は喜んだが、可近は同行を願い出た。
「? 猿は使わんのか?」
「木下殿は、徹夜明けですよ」
「奴は気にせんだろ」
 信長の前では疲労を見せずにハイテンションで振る舞うので、木下秀吉の多忙は嵩むばかり。
「自分が、気にします。入洛途中で使い潰していい人材では、ありません」
「行けや」
 口論する時間も惜しいので、信長は可近も行かせる。



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