楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

六十三話 岐阜ミーベイベー(4)

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「良かった~、てっきり蒲生に、あたちを始末させるつもりで、行かせるのかと。金森殿が一緒という事は、穏便な降伏勧告で決まり! …ですよね?」
 馬上で神戸友盛かんべ・とももりは、くどい程に確認する。
「はい、穏便な降伏勧告です」
 金森可近ありちかは、和かに穏便な雰囲気で、静かに馬を進める。
 日野城に着くまでに、三度はこの会話を道中でしている。
 偵察中の甲賀忍者が、日野城に報告してくれる可能性に賭けているのだ。
 可近が雇っている忍者に吹き込ませる手もあるが、今回は地元の耳に任せる。

 日野川沿いの平山に築城された日野城は、至近距離から見ると防御をよく固めた堅城だった。
 収容兵数も多く、攻めようとしたら相当に長引いただろう。
 ここを力攻めにしていたら、上洛は思わぬ足止めを喰らったかもしれない。
 城門前で用件を告げて対応を待つ間、可近はこの城の持ち主への評価を改める。
「猪武者では、ないですね」
「猪というか、鏑矢武者ですよ。何百人率いていても、必ず先頭で戦いたがる」
「悪かったな、鏑矢武者で!」
 城門までやって来た蒲生賢秀がもう・かたひで(完全武装)は、義弟の肩を叩いて歓迎しつつ、赤母衣衆の装いで来た金森可近を凝視する。
「で、その出立ちで、茶を淹れるのか?」
 甲賀忍者は、可近のキャラまで伝えていた。
「出来ます。ご披露しましょう」
「よし、飲もう」
 蒲生賢秀がもう・かたひで(完全武装)は、城門前に、筵を敷いて茶道具を運び込ませる。
 城内を見せないつもりだが、可近は攻城する気はなくなったので、気にしない。
 甲冑を着込んでいるのに音を鳴らさずに、可近は借りた道具で、嬉々と茶の湯を淹れる。
「どうぞ」
 可近の差し出した茶の湯に、蒲生賢秀がもう・かたひで(完全武装)は毒味しようとする家来を片手で制し、喉を潤す。
「美味い。俺より美味い」
 味わって飲み干すと、蒲生は義弟に話を振る。
「どうだよ、織田は?」
「同情の目に、囲まれているよ。降った国人領主(地元有力者)は数あれど、家を丸ごと乗っ取るために飼い殺しの目に遭っているのは、神戸家だけだ」
 神戸友盛かんべ・とももりは境遇を誤魔化さずに、義兄に現状を伝える。
「それにしては、前より気楽そうだな」
「見方を変えると、大大名の親戚衆に加わった。北畠や六角に挟まれて、どちらに着くかで苦労しなくて済む」
 中堅の老舗企業が、新興大企業に吸収されて、独立の代わりに安定を得た姿に似ている。
「それを聞いて、俺が織田に降りたくなるはずなかろうに」
 蒲生賢秀がもう・かたひで(完全武装)は義弟との会話を切り、金森可近ありちかに鋭い視線を向ける。
 可近は悠々と、二杯目のお茶を淹れ終えた。
「俺が織田に降らねば、今夜にでも攻めてくるよな?」
「攻めませんよ、忙しいですし」
 二杯目を差し出しながら、可近は今後の予定をスラスラと語る。
「このまま上洛し、三好勢を蹴散らして、新将軍を樹立。三好勢が反撃しないように、京の周辺国を平らげますので、五年は戦い通しでしょう。
 その後は、武田信玄や上杉謙信、中国地方の毛利や関東の北条と、戦う羽目になるやも。
 可能な限り避けたいですが」
 蒲生が、めっちゃ羨ましそうな顔をしているので、可近は、
(こいつ、相当な戦好きだな)
 と、見切りを付けた。
「ところで蒲生殿。織田軍に加わって、天下布武をする気は、あります?」
「んー、あー、そうだなー」
 継戦の見栄を切りながら降る事よりも、降る時に差し出す息子の事で、蒲生賢秀がもう・かたひで(完全武装)はまだ躊躇う。
 人質候補に、複数いる娘から選ばない辺り、この人のフェミニストぶりは徹底している。
「毎年どころか、毎月、下手をすると毎日戦争三昧の酷い労働環境なので、お誘いするのは心苦しいのですが」
 迷うバトルジャンキーに、可近がトドメを刺す。
 蒲生賢秀がもう・かたひで(完全武装)の口から、もの凄い量の涎が垂れる。
「どうします?」

 蒲生賢秀がもう・かたひでの三男、鶴千代つるちよ(十三歳)を目撃した瞬間、可近は蒲生賢秀がもう・かたひでが出し渋った気持ちを慮って泣けてくる。
 人質に出されると聞かされても甲冑を脱がずに、佩刀したまま、馬を曳いて城門前に来た。
 人質ではなく、そのまま親子で武将として織田軍に加わり、戦う気である。
 他の十三歳少年がそれをしようとしたら笑って嗜めただろうが、鶴千代つるちよの佇まいには、既に隙がない。
 この子はあと五年で龍になると言われても信じてしまいそうな程に、能力値の高さが全身から溢れ出ている。
 可近の中で、竹千代や長屋喜藏との初対面で感じた感覚が、濃厚に反応する。
 値踏みする可近の視線を、鶴千代が獅子のような目で見詰め返す。
鶴千代つるちよです。よろしく頼む」
「金森可近ありちかです」
「金森殿。何を見ている?」
 正直過ぎる目で圧をかけてくるので、父親が嗜めるが、可近は気にしない。
「君の父上は即戦力として、織田軍に編成されるでしょう。ですが鶴千代殿は、一度岐阜城に預けられます。武装は解いていいですよ、無駄に疲れます」
 将来性に見惚れていたとは言わずに、可近は武装の不必要を説いて話を逸らす。
「四半刻(三十分)前まで、五万の大軍を迎撃するつもりだった。それが降って、敵の城で留守番していろだと? 織田軍は随分と、人材豊富なのだな」
「いいえ、人材は随時募集中です。元服前の子供を戦場に出すような、非常識さを持っていないだけです」
「…父上、鶴千代の元服をしましょう、今すぐにここで」
「慌てるな。織田の殿に、烏帽子親えぼしおや(元服する者の後見役)になっていただくつもりだ」
 権力者に烏帽子親になってもらえれば、庇護対象となるので、子供の将来性が段違いである。
「ウルトラ多忙な相手に、何を期待しているのだ、父上は? 適当な相手に変な名前を付けられる前に、父上が元服させてくれ」
「お前の元服を、手早く適当に済ませる気はねえよ、分かれ!」
「そっちこそ分かれよ! 初陣をキャンセルされて、知らない城で自主練するしかない環境に置かれる息子の不憫さを!」
 親子喧嘩が長引く前に、可近が妥協案を出す。
「織田の殿様に会ってから、お決めなさい。せっかちな方なので、今日中に元服をさせて、参戦を認めるかもしれません」
 鶴千代が納得したので、蒲生親子は織田軍の本陣まで、投降しに行く。

 蒲生親子が、織田軍から好印象を持たれる事は、予想していた。
 蒲生賢秀がもう・かたひでは所領を安堵され、柴田勝家の与力として参陣する事が決まった。
 父親の処遇は、予想通りであり、関係者一同が喜んだ。
 衝撃は、鶴千代の処遇だった。
 鶴千代を見るや、信長の目の色が変わった。
 岐阜城に帰ったら烏帽子親を務めると約束しただけでは済まず、婿にすると公言する。
「信長の次女を、鶴千代の嫁にする」
 関係者一同、目が点になり、頭に草が生え、顎がカコーンと外れた。
 長男を武田信玄の五女と婚姻させ、
 長女を徳川家康の長男に嫁がせ、
 次男を北畠家の養嗣子(来年の予定)、
 三男を神戸家の養嗣子にする程に、政略結婚のカードとして子供を使ってきた信長が、
「鶴千代を婿にしたいから」
 と、次女を嫁に出すというのである。
 丹羽長秀が、金森可近の脇腹を突いて、説明を求める。
「蒲生家は、何か凄い血筋とかだったりしますか?」
「え~と確か、藤原秀郷ひでさとの系統です、直系ではないですけど」
 平将門たいらのまさかど討伐や、百足ムカデ退治の伝説で著名であり、FGOでサーヴァントにもなっている。
「俵藤太とは、殿の大好物ですね」
 丹羽長秀が、この衝撃を和らげようと、可近の説明で妥協しとく。
 それを知らぬままに、信長は初対面の直感で決めたのだが、可近は黙っておいた。

 あまりの事に呆然としたのは、鶴千代本人も同様である。
「人質として、しばしの自主練生活に甘んじる時間が惜しいので、ここで元服を済ませて、参陣をお許しください」
 と信長に直談判しようとする間も与えられずに、一目見ただけで異常に気に入られてしまい、婿入りである。
 そんな展開を予想するのは、不可能だ。
 金森可近の案内で岐阜城まで馬で行く途中、鶴千代は質問攻めにする。
 織田信秀の器用、太原雪斎の知謀、斎藤道三との会見、桶狭間の戦い、前田利家の無双、美濃での調略戦、竹中半兵衛の軍略、墨俣一夜城、信長幼少期の悪評、徳川家康との奇縁、北近江の浅井家に嫁いだ絶世の美女・市の話題まで終えた頃合いで、鶴千代は重大な質問をする。
「嫁になる姫は、いま何歳ですか?」
「八歳です、輿入れは、来年でしょう」
「そうか」
「美少女です」
「そこは聞いていないぞ」
「聞きたかったでしょ?」
「俺から訊ねたのでは、ないからな」
「知りたかったでしょ?」
「ああそうだよ、貰い手のない問題児を押し付けたのではないかと、勘繰ったよ!」
「ふむ、実は何か、問題があるのかもしれませんな。確かめに行きましょう」
「おい、何だ、その話の振りは?」
「自分が半日ほど、余分に岐阜城に留まる為の、方便です」
「顔見せにまで付き合わずに、話を付けたら、とっとと本隊に戻れ! 赤母衣衆だろうが! サボるな!」
「ぐう、厳しい!」

 蒲生がもう鶴千代。
 後に会津九十二万石の大大名になる蒲生氏郷うじさとは、茶の湯の仲間としても可近と親しくはなるが、軍律に関しては鬼のように厳しかった。



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