楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

六十四話 岐阜ミーベイベー(5)

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 夕暮れ前に岐阜城に戻った金森可近ありちかは、蒲生がもう鶴千代の信じ難い処遇について、帰蝶きちょうに報告する。
 流石の帰蝶も、これには呆然とした。
「目から催眠光線でも出せるのかよ、そのラッキーボーイは? 異世界転生でチート能力を得た的なクソチートキャラ?」
 あんまし信じてくれなかったが、鶴千代本人を見たら即座に納得した。
「こんなイケメンの優良物件を見付けたら、唾つけて確保するのが当たり前だろ~! ノブ、ついてんな~。つまみ食いしてええええ(はあはあはあ)」
 激しく悶えて自制する帰蝶にドン引きしつつ、鶴千代は礼儀正しく、挨拶をする。
「お初にお目にかかります。蒲生賢秀がもう・かたひでの子、鶴千代です」
 ボケなしで大真面目に挨拶したので、つられて帰蝶も正気に戻る。
「織田信長のマジカル正室・帰蝶じゃ。婿入りした以上、君は帰蝶の子。帰蝶の事は、マザーと呼びなさい」
「イエス、マイ、マザー」
 すぐに馴染んだ。
 帰蝶から城内スタッフへ、鶴千代に関する指示が飛ぶ。
「湯浴みさせてから、夕食。寝室は客間で。冬姫ちゃんとの対面は、明日セッティングする。今教えたら、興奮で寝られないだろうから、黙っとけ」
 城内スタッフが、承知する。
 その場にいた城内スタッフに、鶴千代の方から挨拶をする。
蒲生賢秀がもう・かたひでの子、鶴千代です。夜分に追加の仕事を、すまない。出世したらチップを弾むので、今は礼の言葉だけで、許してほしい」
 岐阜城内での好感度ランキングで、瞬時にトップになった。
 日頃、一言で命令を済ませる紛らわしくキレやすいサイコパス上司の下で扱き使われているので、身分差を気にせずに礼儀を尽くす真っ当な人物に出会えて、涙、涙。
「金森殿も、城で食べていかないのか? 今なら余分に一膳くらい、出るだろう」
 湯浴みに案内される前に、鶴千代が可近を誘う。
「自分は、自宅でゆっくりと、寛ぎます」
「夕食を済ませたら、早く本隊に戻れよ」
「甲賀忍者の夜襲を警戒しながら夜道を進むなんて、しませんよ、危ないなあ」
「赤母衣衆だろ、甲賀忍者の十人や二十人、斬り抜けろよ」
「母の実家が忍者なので、忍者は斬りたくないのです。うっかり親戚を斬ってしまうと、後で気まずいし」
「ここまで堂々と下手な言い訳する人、初めて見た」
「(堂々と)嘘は、言っていない(ぬはははは)」
 武家としての生き方が真逆の可近に、鶴千代は絶句する。
 見かねた帰蝶が、
「鶴千代~、五郎八(可近の通称)と口論しても時間の無駄だから、放置しとけ~。ノブもそうしているよ~」
 と助言をするも、鶴千代は引かない。
「いいえ、軍律に関わる事です。疎かに出来ません」
 これは筋金入りだと感心するのだが、心配されているポイントに気付いて申告する。
「明日の朝飯後に、出立します。異存は?」
「…すまない、金森殿の馬術なら、充分間に合う。気にし過ぎた」
「ひょっとして、このままズルズルと、京都行きを何日も伸ばすつもりだと思いました?」
「重ねて、すまない。岐阜城から出ないつもりと、見ていた」
「勘違いは仕方ないよ~、五郎八は、やる気のない男だからね~」
 帰蝶がフォローというより、混ぜ返そうとする。
「可能な限り、無駄な殺生と残業を避けているだけです」
「まあ、いいや。金森殿は、俺の家来じゃないし」
 その線で妥協し、鶴千代は風呂に向かう。
 その姿を見送ってから、可近は帰蝶に感想を聞く。
「どうです?」
「父上が存命であれば、ノブと同じ事をしていたね」
 実の息子たちには期待せず、娘婿の信長に美濃を託そうとした斎藤道三を、帰蝶は重ねる。
 美濃斎藤家が没落した際のセーフティネットを、斎藤道三は見事に残していた。
 それは、縁起でもないので、口からは出さない。
「最高の褒め言葉ですね」
 可近は、気楽に返す。
 美濃斉藤家の没落をネタに出世したような男なので、織田家の没落フラグを見ても、気楽である。
 帰蝶は、
「お前、どうせ織田家が没落する時も、同じ事をする気だろ?」
 と言いたいのを堪えて、
「ふん」
 帰蝶は鼻で嗤って済ませる。
 斎藤道三の隆盛を見届けている帰蝶は、織田信長の行末に対して、楽観はしていない。
 京都を支配しようとする大名が擦り潰されていくのは、珍しくもない現象だ。

 用が済んだので、可近は自宅に一時帰宅して、福にウザがられる。
「台所の火を全て消した頃合いに寄るとか、隙間帰宅のタイミングとしては落第ですな、サボり魔殿」
「サボっていません。預かった人質を殿が気に入って、婿に迎えたので岐阜城まで送り届けてから、ついでに帰宅しただけ」
 屋台で買った焼き飯で夕飯を摂りつつ、近況報告をしておく。
「婿に迎えたという事は、殿の方が嫁になったの?」
 いつまで経っても信長を異常なキャラとして捉え続ける福に苦笑しつつ、可近は話を続ける。
「殿の次女・冬姫様の、婿」
「人質が相手なのに?」
「それだけ、気に入ったの」
「人質を好きになる、癖?」
「違う違う、優良物件と見抜いて、引き入れたの」
「それって、竹千代様の時と、同じ?」
 俄かには信じられない話なので、疑うとキリがない。
「暫くは岐阜にいるから、詳しい話は城から漏れてくるよ」
「ふうん。行ってらっしゃい」
 夕食を済ませた可近を、福は笑顔で送り出そうとする。
「夜には行かないよ、甲賀忍者の縄張りですよ、あの辺は」
「朝からで追い付けるの?」
「自分の馬なら、昼には追い付きます」
 と、余裕を見せて自宅で寝た。


 翌日の昼。
 悠々と信長の本陣に戻って来た可近を見て、信長は上機嫌でニヤリと笑いながら、南近江の地図から顔を上げる。
「京都から、三好が逃げおった」
 六角軍がたった二日で敗走し、織田連合軍の軍勢がほぼ無傷という情報から、京都の三好軍は自領への撤退を選んだ。
 綺麗さっぱり京都から兵を引き上げてしまったので、帝から信長に「禁中(皇居)警護をせよ」との命令書が届いたばかりである。
 観音寺城付近から京都までは、十二里半(約50㎞)。
 歩いて一日半で到着は出来るが、まずは後方の足利義昭を呼んで追い付かせて、身形を整えて一緒に入京しなければならない。
 待っている間に南近江を固めて六角軍の逆襲に備えると同時に、帝からの命令を最優先で執行し、上洛後の仕事を円滑に進める為の準備も進めておく。
「与一郎(細川藤孝ふじたか)の軍勢を先行させて、禁中警護を任せる」
「では、同行して、京都で遊んできます」
 とは言えないので、
「同行して、各部隊の縄張りを決めておきます」
 と申し出る。
「で、あるか」
 長い付き合いなので、信長は構わずに、可近の先行を許す。
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