楽将伝

九情承太郎

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第二章 君を守るために僕は夢を見る

十三話 さようならノブナガマン

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 元亀げんき元年(1570年)五月十一日。
 信長が復讐に来る事は想定済みの朝倉・浅井同盟軍は、早くも次の戦いを仕掛ける。
 六角も交えて、岐阜へ帰宅途中の信長を近江で挟み撃ちにする戦いをしようとはしたのだが、信長が伊勢地方から帰るルートに変更したので挫けた。
 空振りである。
 三軍で包囲しようと出撃したのに、空振りである。
 あまりにも情けないので、信長の伊勢帰宅ルートに、再び伝説の狙撃手が放たれる。
 杉谷善住房ぜんじゅうぼうである。

「ノブナガマン殺す! ノブナガマン絶対殺す!!」
 両腕の傷が癒えないのに闘志が増している杉谷善住房ぜんじゅうぼうは、千種ちくさ街道(近江と伊勢を、鈴鹿山脈で結ぶ街道)でノブナガマン(金森可近ありちか)を待ち受ける。
 険しい峠道なので、信長の周囲を守る陣形は、縦長に薄くなる。
 身を潜めた岩陰から狙撃すれば、杉谷善住房ぜんじゅうぼうの腕なら必中である。
 ちなみに信長が公に褒めまくったので、金森可近ありちかが影武者を務めた事は、周知となっている。
「…あのう、ノブナガマン(金森可近ありちか)より先に、織田信長を狙撃して欲しいのですが」
 周囲を固める甲賀忍者は、何かが微妙にトチ狂っている杉谷善住房ぜんじゅうぼうに、再々注意を促す。
 依頼する六角もサポートをする甲賀忍者も、影武者を務めた「サボり魔の中年男」(ノブナガマン)とか、どうでもいいし。
「信長の格好をしている奴を、全員狙撃するから、大丈夫だ。心配無用」
 周囲の甲賀忍者たちが、頭を抱える。
 狙撃のチャンスなど、一度しかない。
 影武者なんぞ後回しにしなければ、カウンターで鬼強い馬廻に追われて、二度目のチャンスはない。
「織田信長を、先に撃て。でないと、あんたを見捨てる」
「分かった。うん、分かった。今日は、ノブナガマン(金森可近ありちか)を忘れておこう。今日は」
 リアリストの甲賀忍者に囲まれて説教されながら潜伏していたので、杉谷善住房ぜんじゅうぼうも、だいぶ正気に戻る。
 やがて千種ちくさ街道を、信長の本隊が通過する。
 岩陰に潜伏する杉谷善住房ぜんじゅうぼうの視界に、見慣れた装束を着て見慣れた馬に乗り、美形の小姓(堀久太郎)を連れた信長が視界に入る。
 馬廻が前後を守りながら馬を走らせているが、駆け登るには険しい道なので、速度は鈍い。
(よっっしゃ! 狙撃タイム!)
 歴史的大金星獲得チャンスの到来に、杉谷善住房ぜんじゅうぼうのテンションは上がる。
 同時に、見てはいけないものも、見てしまう。
 金森可近ありちかが信長の古着を着て、さりげなく影武者ぶっているのを見かける。
 今回は仕草を信長に寄せたりせず、信長の進行方向で盾をやっている。
 杉谷善住房ぜんじゅうぼうの理性が、吹き飛びかける。
(あの馬鹿野郎だああああああああ)
(俺の神経を苛立たせる為だけに、再度ノブナガマンになりやがったなああ?!)
(今度こそ腹を撃ち抜いたるわ、ノブナガマンめがああああああああ)
(ノブナガマンとして死にやがれ、腐れ中年男!)
 杉谷善住房ぜんじゅうぼうが、信長でなく金森可近ありちかに殺気を向け始めたので、周囲の甲賀忍者たちがハリセンで頭を連打する。
(いかん、仕事中だった)
 迷ったが、杉谷善住房ぜんじゅうぼうは引き金を引く。
 一丁の火縄銃に、二発分の弾を込めて殺傷力を高めた状態で、撃つ。
 ノブナガマン(金森可近ありちか)に向けて。
(あ、違う違う。誤差修正)
 ノブナガマン(金森可近ありちか)に合わせていた照準を、無理に信長へ動かした狙撃にも拘わらず、弾は二発とも直撃した。
 織田信長の、胸元に。
 周囲が、静まり返る。
 信長は苛々と咳き込みながら、胸元に忍ばせてあった「干し餅」に、鉄砲玉が二つとも食い止められているのを周囲に見せびらかす。
「(干し餅をくれた)萬松寺ばんしょうじ(織田家の菩提寺)に、後で礼金を弾むだぎゃあ」
 胸には着弾の衝撃で打撲傷が出来たが、死ぬには程遠い「かすり傷」である。

 甲賀忍者たちは、一目散に逃げ出した。
 杉谷善住房ぜんじゅうぼうを見捨てて。
 杉谷善住房ぜんじゅうぼうも、この悪運の強い標的への仕事は、断念して逃げる。
 あまりにも恐ろしい強運を目の当たりにして、ノブナガマンへの憎悪すら消し飛んでいた。

 襲撃者の捜査と逮捕を命じ、打撲傷を手当てさせながら、信長は可近ありちかを呼ぶ。
「もう影武者は、やるな。似とらん」
「分かりました。移動時のノブナガマンは、封印します」
「宴会芸でも、やるな」
 可近が恐ろしい狙撃手に狙われないように、ノブナガマンに変身しなくていいように、気を遣ってくれている。
 という訳ではなく、危うく死にかけた記憶が蘇るのが嫌だからだ。
 可近は残念そうに、信長の古着を、着替える。
「バズった宴会芸が一つ減るのは、悲しいですが…ノブナガマンは、廃業します」
 ノブナガマンのネタで食って行く気だったのかと、周囲は戦慄する。
「茶室でも堺でも自宅でも、やるなよ」
 信長が、しつこく念を押す。
 意地汚く懐に干し餅を持っていなければ、あの狙撃で死んでいたという衝撃が、信長の激怒を喚起している。
「それと、狙撃犯(杉谷善住房ぜんじゅうぼう)は絶対に逮捕しろ!! 念入りに処刑するだぎゃあ!!」
 杉谷善住房ぜんじゅうぼうが捕まるまで、三年もかかった。
 逮捕後は、のこぎり挽きの刑で処された。
 首から下を地面に埋めて身動き出来ない状態で、切れ味の悪い鋸を用意し、通行人に一人一回だけ首を挽かせる処刑方法である。
 こんな陰湿な処刑に参加したがる者は少数なので、たいていは道を変える。
 引き返すのが間に合わなかった運の悪い通行人は、早く通りたいので一回だけ「ちょびっと」轢くので、苦痛が長引くだけでなかなか死ねない。
 中には罪人の首を好き好んで鋸で挽きたいクズもいただろうが、一回限定なので即死は許さない。
 あまりに陰惨な処刑方法なので、明治時代に入ると廃止された。
 狙撃での暗殺とは何もかも真逆の、陰湿で苦痛の長い処刑方法は、信長の味わった恐怖の裏返しなのだろう。


 岐阜に戻って可近ありちかが帰宅すると、出迎えた福が、可近の周囲を三百六十度隈なく点検する。
「無事ですよ、福。殿軍をやっても死ななかった、自分を褒めて」
「アレの影武者を務めたとか聞いたから、ノブナガ細胞を埋め込まれて、角や触手やデビルウイングが生えていないかと心配で心配で」
「影武者役は、殿から禁止されました」
 心配の方向性にはツッコミを入れず、妻が大嫌いなアレのコスプレを、もうしない旨を伝える。
「禁止も何も、可近ありちかに似合う訳ないでしょ、アイツの真似なんか」
「いえ、一部には大好評で…」
 福が、自慢しようとする可近ありちかの頬を、思いきり抓りあげる。
「あんたに少しでもアレに似ている所があったら、とっくに寝首を掻いています」
「はい、ごもっともです」
 そんな風にダメ出しされたので、金森可近ありちかは信長の影武者を務めたというネタを、言わなくなった。

 やがてノブナガマンの噂も薄れていき、「金ヶ崎の戦い」は秀吉メインの苦労話として、世間に定着していく。
 大河ドラマで秀吉の「金ヶ崎の戦い」が再現される時、金森可近が信長の影武者を務めたという面白ネタは、毎度スルーされている(2025年現在)。



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